目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第27話 認められたい

「私が書いてるのは、私だけの世界なの」


「それは私にとっては、すごく幸せなことだよ」


 あのときの灯子は、「好き」という想いに対して、とても前向きだった。

 でも、今の彼女は、「好き」を表に出すことすら躊躇うようになってしまった。


 その原因はなんだろう……。


 話を聞くに、それが彼女の家族と関係しているのは確かだけれど。


 そのとき、オルゴールが控えめな音量で音楽を奏で始めた。

 現実世界からの通信が届いた合図だ。


「3人とも聞こえる?!」


 聞こえてきたのは、興奮気味の遠山さんと牧さんの声。


「灯子ちゃん、見つけたよ!」


 私たちは顔を見合わせて喜んだ。しかし……


「でも、灯子ちゃん、帰らないって言ってるんだ。館にも戻りたくないって……」


 どうしてそこまで戻りたくないのか。家はともかく、亜紀と一緒にいることまで拒むなんて。

 私たちは、灯子の意思を図りかねた。それに館に来ないということは、睡眠を取らないということだ。拒み続けたところで、いつかは限界が来る。


 すると、オルゴール越しに灯子の声が聞こえてきた。


「私、家族のところにも、月影の館にも帰らないよ!」


 灯子らしからぬ大きな声で、拒絶の意を表明している。


「どうしてそこまで……」


「こんな気持ちのまま、館に帰っても、きっと喰魔になっちゃう。それに、家は……絶対イヤ!」


 このまま、帰ろうと説得したところで、同じことの繰り返しだ。私は思い切って話を切り出してみることにした。


「灯子、聞こえる? 私……英江だよ!」


「英江ちゃん……?」


「灯子の話、聞かせて! 灯子のことが知りたいの」


 彼女の家族に問題があることはわかった。あとは彼女自身の話さえ聞ければ、もしかしたら、彼女の心のわだかまりを解消できるかもしれない。


「……私、小説を書いてるの」


 灯子は、しばらく迷ったように口ごもっていたが、やがてポツポツと話し出した。


「その、恥ずかしいんだけど、ネットにもあげてて。読者はあんまりいないんだけどね。でも、もっとたくさんの人に私の作品を見つけて欲しくて、もっと有名になりたくて、そのために書いてるの。」


「そのことを家族にも話した。でも、お父さんもお母さんも、『そんなことしてないで、お兄ちゃんみたいに優秀になりなさい』って言うの」


「あの人たちは私を認めてくれない。だから帰りたくない」


 本音を語り終えると、灯子は俯き、黙り込む。

 ――なるほど、それが彼女の核心か。

 なんとか灯子を説得しようと口を開きかけたそのとき、


「ゔぁぁぁぁぁ……!!」


 驚いて振り返ると、そこにいたはずの亜紀は煙のように消えており、代わりに人の形をしたなにかがいた。

 それは赤いドレスを着て、足が生えている場所には代わりに無数のマイクが生え、顔には仮面をつけている。


「喰魔?!」


 私と梶原くんは後ずさり、喰魔から距離をとる。

 喰魔はぶつぶつとなにか呟いていたが、私たちを見ると、ニヤリと口角を上げて言った。


「ハナエちゃんたちハ、私を認めてクレル?」


 その声と同時に、足のように伸びた大量のマイクから、耳をつんざくような高音が発せられた。


「うわぁっ!!」


 私たちは思わず耳を押さえ、その場にしゃがみ込む。

 しばらくして音が鳴り止むと、ふと耳に痛みを覚えた。


「痛っ」


 ハッとして、耳を押さえていた手をみると、べっとりと赤い血が付いている。

 隣を見ると、梶原くんも耳を押さえて、苦しげにうめいていた。


 どうしていきなり喰魔になってしまったのか。……いや、予兆はあった。あの記憶を見た後、明らかに様子のおかしい亜紀を放っておいたのが悪かったのだ。私は過去の自分を恨んだ。


 だが今は、そんなことを言っている場合ではない。こんな攻撃をくらい続けていてはたまったものじゃない。喰魔になったのなら、なにか失った記憶があるはずだ。それを探さないと。


「東さん、アイツ何か話してるよ」


 すると、梶原くんが喰魔の言葉に反応した。私も耳を傾ける。


――頑張ってるのに。


――なんで私を見てくれないの?


 ……そうか。亜紀はアイドルになりたいと、そう言っていた。それを認めない家族と揉めていたとも。そして、さっきの言葉。


「ハナエちゃんたちハ、私を認めてクレル?」


 彼女の心の中身が見えた気がした。


「亜紀は、認められることに固執してるんだ」


「なるほど、藤本さんは、アイドルになりたくて、色々努力してきたって言ってたね。でも、彼女の家族はそれを認めてくれなかった。……だから藤本さんは、もっと自分を見て欲しいという欲求に駆られてるってことだね」


「そう……だと思う」


 だったら……。


「亜紀! 私の声、聞こえてる?!」


キィィィン!!!


 説得を試みようとするも、私の声を遮るように爆音が響き、話す隙も与えてくれない。


「私の説得なんて聞きたくないか。……どうすればっ」


 亜紀の認められたいと言う気持ちを、真に理解していない私が説得をしたところで、さっきみたいに彼女には響かない。


 それなら……。私は声を張り上げた。


「灯子!! 亜紀が喰魔に取り込まれた! お願い。亜紀に呼びかけて、自我を取り戻させて。灯子の言葉なら聞いてくれるかも……!」


「……! そんな。でも、私なんて言ったらいいか……」


 「お願い! 亜紀は、自分の努力を認められることに囚われてる。でも、私の言葉は聞いてくれない。さっき、自分が書いた小説を認めて欲しいって言ってたよね? 亜紀の気持ち、わかるんじゃない?! この説得は灯子にしかできないの!」


 私は必死で灯子を説得する。亜紀の運命も、私たちの命も、今は灯子に掛かっている。


 お願い。どうか……




 ――向こうの世界で、灯子が息を呑む音が聞こえた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?