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第3話 ゼロ 〜チャンネル登録者数〜

 ネット、曰く。

奔放院ほんぽういんユリーザ』とは、Vtuberである。


 概要。

 Metubeで活動するゲーム実況系バーチャル配信者であり、特にホラーゲームプレイ時の迫真の叫びに定評がある。絶叫切り抜きがバズったのを期に登録者数が跳ね上がり、個人勢ながら過酷なVtuber界上位層の一角を成す。ファンからの二つ名は“プロの叫び手”。

 なぜか収益化しておらず、投げ銭も無効。公式SNSアカウントすら存在せず、ひたすらゲーム実況配信一本で活動を続けている。そんなオールド&ストイックな姿勢も人気の理由の一つ……。


「その奔放院ユリーザの中の人が、音無さん……ってこと?」

「は、恥ずかしながら……」

「声違わない?」 

「ボイスチェンジャーを使ってるので」

「なるほど」


 ……本当だろうか?

 ネットの紹介記事を読み進める。

 プロフィール。


「奔放院ユリーザは、魔界から現世にやって来たサキュバ……」


 スマホを引ったくられた。また顔が赤い。


「……いや、別にいいと思うよ。ただの設定だし」

「い、今はこれ以上、見ないでください……」


 俯いた音無さんが、僕のスマホを胸に抱いている。

 ――サキュバス、か。


「分かったよ。許可されるまで見ない。約束。これでいい? スマホ返して」

「……すみませんでした」


 スマホが返される。さっきまで音無さんが抱いていたスマホが。

 そうか、サキュバス……うん。

 よし。


「でも正直、まだ信じられないよ。そうだ、チャンネルのダッシュボード見せて貰える?」 

「あ、はい。……これです」


 ……マジだ。

 僕のダッシュボードでは永久にゼロと表示されている登録者数が、とんでもない数字になっている。


「うん、音無さんが配信やってるのは分かった。俺みたいな底辺配信者じゃなく、トップVtuberだってことも」

「そんな、底辺だなんて」

「登録者数ゼロが底辺じゃなかったらなんなのさ。まあそれは置いといて、なんでそんな音無さんが俺と一緒にホラーゲーム配信したいのさ? コラボしても炎上するだけだと思うんだけど」

「それは、その……」


 音無さんは再び顔を真っ赤に染めた。


「こ、怖いので、横にいて欲しいんです……」

「……なるほど」


 本当に、そんな子供みたいな理由で?


「それなら家族とか友達でいいんじゃないの?」

「家族は、仕事でほとんど家にいないんです。それに家族含めて配信活動は秘密ですし、頼めるようなお友達もいないんです」

「……音無さんが奔放院ユリーザだと知ってる人は?」

「朝陰君と、あと一人だけ……」

「ふむ……」


 誰だろう?

 その人じゃだめなんだろうか? ……ダメだからこうなってるのか。


「だとしても、なんで俺なの?」 

「ちゃんと一緒にゲームを見てくれて、かつ配信に影響の無い人がいいんです」

「それが俺なの?」

「あ、朝陰君の自己紹介で、同じクラスにも配信してる人がいると知って……アーカイブを見たら、初見のホラーゲームでもずっと静かで、淡々として動じなくて。この人しかいない、って……。利用するみたいですみません。あ、こ、高評価も押しました!」


 確かに、高評価は一つだけ入っていた。


「あれ音無さんだったの? ありがとう。……いや、そうじゃなくて」

「あ、断ってもくれても全然問題ないです! 無関係な朝陰君への勝手なお願いなので!」

「……カミングアウトされて今さら無関係ってのも」

「あっ!?」


 自分から見せておいて今気づいたのだろうか? 意外とポンコツなのかもしれない。かわいい。


 それより良かったのか僕にバラして。クラスメートとはいえ実質初対面。僕が悪い男だったらどうするつもりだったんだ。僕はただの善良な男子高校生だから、女の子の秘密を知った所で別にどうこうはしないけども。

 しないけども、確認は必要だ。


「音無さんの頼みを聞いたとして、俺に得るものが無くない? つまり、見返りがさ」

「そ、それは……」


 これは正当な取引だ。美少女と二人きりになれるだけでウィンウィンな気がしなくもないけど。

 音無さんは両手を胸の前で握った。かわいい。


「な、何かやります! 朝陰君がして欲しいことを!」

「えっ?」


 ――いやいやいや、ちょっと待て。

 待て待て待て待て。

 落ち着いてセーブ。セーブだ。

 ここでセーブしておかないと絶対にマズい。最悪バッドエンドルートだ。

 ……よし、セーブできたな。


「……保留にしていい?」

「保留?」

「俺が音無さんの思う通りの働きができるかどうかも含めて、一回試してみよう。見返りも、正式にやるかどうかも、それから考える。どう?」

「はい! それでいいです! ありがとうございます!」


 音無さんはぱっと表情を咲かせ、僕の手を取って深々と頭を下げた。黒髪がサラリと流れる。

 華奢な手は汗ばんでいるのに冷たく、少し震えていて、僕はそれを握り返す勇気もまだなかった。

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