ゲームの選定は、僕に任されていた。二人ともプレイ経験がなく、今後配信でもやらなさそうで、数時間でクリアできるホラーゲーム。となるとちょっと古いインディーズがいいだろう。
そして僕が選んだのは……。
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「ピイイイイイイィィ!?」
悲鳴に、僕は身をすくませた。
大きなディスプレイの画面上で、音無さんの操作するキャラクターを巨大な鬼が追い立てている。
『鬼の館』。
何年か前に話題になった、謎解き脱出系ホラーゲームだ。
「やだやだやだやだ! ヒィ!? あああ来ないで来ないで来ないでくだひぃぃいいいいーっ!?」
横のサブディスプレイには、奔放院ユリーザのアバター。音無さんの表情と連動したサキュバスが目を見開き、恐怖に
「ここどこ!? どこですか!? 行き止まァアアアアアァッ!!」
追い詰められたキャラクターが鬼に捕まり、画面いっぱいに恐ろしい鬼の顔が映し出された。
ゲームオーバー。
「ひっ、ひっ、ひっ、ひぃ~ん……」
おかしな声とともに放心した音無さんは、ソファの背もたれに倒れ込む。ズレたメガネを直す余裕もなさそうだ。虚ろな目が、僕を見た。
「……な、何回目、ですか?」
「ゲームオーバーなら、七回目かな。たぶん普通だよ。ちょっと休憩しようか。トイレ借ります」
「はい……出て左の突き当たりです……あの」
「ん?」
立ち上がった僕に、音無さんの上目遣い。
「な、なるべく早く戻ってきてください……」
かわいすぎる。着信音にしたい。
「了解」
そう答えて、僕はスタジオを出た。
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息をつく。
僕は圧倒されていた。
声のデカさにではない。かわいさにでもない。彼女のゲームに対する向き合い方にだ。ひたすら真剣に、まるで本当にゲームの中に入り込んだかのようにプレイしていた。
臨場感、没入感。
人気が出るのも頷けた。彼女を見ていると、僕も本当に鬼の館にいるかのようにすら感じたのだ。
僕はまだ、奔放院ユリーザの配信は見ていない。音無さんと一緒に見た、絶叫シーンの切り抜きだけだ。なるべく見ないで欲しいと本人に言われ、僕は律儀にそれを守っていた。
でも、今は……。
そこで気付いた。
そうか。僕のこの気持ちが、あの登録者数の理由なのか。
これに比べたら、僕は……。
トイレから戻る途中で、佐田さんと会った。飲み物の入ったグラスをお盆に乗せている。
「朝陰君どう? 仲良くやれてる?」
「はあ、まあ、たぶん」
「澄乃ちゃん、良い子過ぎてね。ちょっとは羽目を外したほうが、ってご両親も心配してるの。だから仲良くしてあげてね」
「え、ああ……はい」
「……でも」
正面から、顔を覗き込まれた。
さっきのゲームオーバー画面を思い出す。
「くれぐれも、マナーは守ってね?」
「な、何のですか?」
「……澄乃ちゃん、かわいいでしょう?」
何を言ってるんだこの人は。
「俺は配信の手伝いを頼まれてるだけで……」
「ふふ、青春だねえ。青春は十代の特権だよ。はいこれ」
お盆を押し付けられた。
なんなんだ一体……。
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「……やった? もう大丈夫? もう来ない? 終わり? 終わりですか?」
「……」
館を脱出した主人公をバックに、エンドロールが流れ始めた。どうやら終わりらしい。
時刻は七時。約二時間はクリアタイムとしては平均的だろう。
「はぁ~……こ、怖かったです……」
「お疲れ様。俺、役に立った?」
目下、一番気になるのはそこだ。僕としては、ただ黙って音無さんの横に存在していただけなんだが。
メガネを置いた音無さんが、こちらに体を向けた。
「すっごく助かりました! 安心感が段違いでした!」
それでアレなのか。今までよく一人でホラーゲームやれたな。
「でも朝陰君、本当にこのゲームやったこと無いんですか?」
「うん、無いよ。プレイ動画見たこともない」
「それでなんで、あんなに落ち着いていられるんですか?」
「いやなんでと言われても、普通にしてただけだし」
実際、内心は割とビックリしてたんだが。ゲームにも、真横で上がる悲鳴にも。
「ともかく役に立てたんなら何よりだよ」
「えっ、じゃあ……」
気付かれないよう、鼻から息を吸った。
「配信も、手伝えそうなら手伝うよ」
「あ、ありがとうございます!」
三つ指ついて土下座しそうな勢いで頭を下げる音無さん。それを見る僕は、まるで宇宙船の乗船契約にサインしたような気分だった。
顔を上げた音無さんの、形のいい鼻を見ながら僕は言った。
「これからよろしく。音無さん」
「こちらこそよろしくお願いします。朝陰君」
不思議な高揚感と、未知への不安。
どこか浮足立ったまま、やっぱり僕は普段通りの声しか出せなかった。