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第5話 ハウス・オブ・ザ・シャウト

 ゲームの選定は、僕に任されていた。二人ともプレイ経験がなく、今後配信でもやらなさそうで、数時間でクリアできるホラーゲーム。となるとちょっと古いインディーズがいいだろう。

 そして僕が選んだのは……。


 ■


「ピイイイイイイィィ!?」


 悲鳴に、僕は身をすくませた。

 大きなディスプレイの画面上で、音無さんの操作するキャラクターを巨大な鬼が追い立てている。

『鬼の館』。

 何年か前に話題になった、謎解き脱出系ホラーゲームだ。


「やだやだやだやだ! ヒィ!? あああ来ないで来ないで来ないでくだひぃぃいいいいーっ!?」


 横のサブディスプレイには、奔放院ユリーザのアバター。音無さんの表情と連動したサキュバスが目を見開き、恐怖におののいている。僕がいても、動きや表情の読み取りには問題ないようだ。


「ここどこ!? どこですか!? 行き止まァアアアアアァッ!!」


 追い詰められたキャラクターが鬼に捕まり、画面いっぱいに恐ろしい鬼の顔が映し出された。 

 ゲームオーバー。


「ひっ、ひっ、ひっ、ひぃ~ん……」


 おかしな声とともに放心した音無さんは、ソファの背もたれに倒れ込む。ズレたメガネを直す余裕もなさそうだ。虚ろな目が、僕を見た。


「……な、何回目、ですか?」

「ゲームオーバーなら、七回目かな。たぶん普通だよ。ちょっと休憩しようか。トイレ借ります」

「はい……出て左の突き当たりです……あの」

「ん?」


 立ち上がった僕に、音無さんの上目遣い。


「な、なるべく早く戻ってきてください……」


 かわいすぎる。着信音にしたい。


「了解」


 そう答えて、僕はスタジオを出た。


 ■


 息をつく。


 僕は圧倒されていた。

 声のデカさにではない。かわいさにでもない。彼女のゲームに対する向き合い方にだ。ひたすら真剣に、まるで本当にゲームの中に入り込んだかのようにプレイしていた。


 臨場感、没入感。


 人気が出るのも頷けた。彼女を見ていると、僕も本当に鬼の館にいるかのようにすら感じたのだ。


 僕はまだ、奔放院ユリーザの配信は見ていない。音無さんと一緒に見た、絶叫シーンの切り抜きだけだ。なるべく見ないで欲しいと本人に言われ、僕は律儀にそれを守っていた。


 でも、今は……。


 そこで気付いた。

 そうか。僕のこの気持ちが、あの登録者数の理由なのか。

 これに比べたら、僕は……。


 トイレから戻る途中で、佐田さんと会った。飲み物の入ったグラスをお盆に乗せている。


「朝陰君どう? 仲良くやれてる?」

「はあ、まあ、たぶん」

「澄乃ちゃん、良い子過ぎてね。ちょっとは羽目を外したほうが、ってご両親も心配してるの。だから仲良くしてあげてね」

「え、ああ……はい」

「……でも」


 正面から、顔を覗き込まれた。

 さっきのゲームオーバー画面を思い出す。


「くれぐれも、マナーは守ってね?」

「な、何のですか?」

「……澄乃ちゃん、かわいいでしょう?」


 何を言ってるんだこの人は。


「俺は配信の手伝いを頼まれてるだけで……」

「ふふ、青春だねえ。青春は十代の特権だよ。はいこれ」


 お盆を押し付けられた。

 なんなんだ一体……。


 ■


「……やった? もう大丈夫? もう来ない? 終わり? 終わりですか?」

「……」


 館を脱出した主人公をバックに、エンドロールが流れ始めた。どうやら終わりらしい。

 時刻は七時。約二時間はクリアタイムとしては平均的だろう。


「はぁ~……こ、怖かったです……」

「お疲れ様。俺、役に立った?」


 目下、一番気になるのはそこだ。僕としては、ただ黙って音無さんの横に存在していただけなんだが。

 メガネを置いた音無さんが、こちらに体を向けた。


「すっごく助かりました! 安心感が段違いでした!」


 それでアレなのか。今までよく一人でホラーゲームやれたな。


「でも朝陰君、本当にこのゲームやったこと無いんですか?」

「うん、無いよ。プレイ動画見たこともない」

「それでなんで、あんなに落ち着いていられるんですか?」

「いやなんでと言われても、普通にしてただけだし」


 実際、内心は割とビックリしてたんだが。ゲームにも、真横で上がる悲鳴にも。


「ともかく役に立てたんなら何よりだよ」

「えっ、じゃあ……」


 気付かれないよう、鼻から息を吸った。


「配信も、手伝えそうなら手伝うよ」

「あ、ありがとうございます!」


 三つ指ついて土下座しそうな勢いで頭を下げる音無さん。それを見る僕は、まるで宇宙船の乗船契約にサインしたような気分だった。

 顔を上げた音無さんの、形のいい鼻を見ながら僕は言った。


「これからよろしく。音無さん」

「こちらこそよろしくお願いします。朝陰君」


 不思議な高揚感と、未知への不安。

 どこか浮足立ったまま、やっぱり僕は普段通りの声しか出せなかった。

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