目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第6話 Five Cards at COOP

 翌日の昼休み。

 時間をずらし、音無さんと時計塔で落ち合う。そして僕たちは、協力活動における三つのルールを決めた。


 一つ。配信中、僕はリスナーに存在を悟られないよう注意すること。


 一つ。配信中の意思疎通は数種類のカードまたはスマホの文字入力で行う。カードは【離席】【相談】【緊急】【肯定】【否定】の五つ。必要そうなら他のも作る。


 一つ。僕たちの関係や活動は学校でも秘密にする。それはそのまま、音無澄乃が奔放院ユリーザであるという秘密に繋がるからだ。


 そして、ルールではないがもう一つ。


「勉強会……ですか?」

「うん。それが見返り。俺、補欠合格なんだよね。だから音無さんに勉強を教えて欲しい」


 僕、頭悪い。ウッホウッホ。

 音無さん、頭良い。

 僕、放課後、音無家で勉強、教わる。成績、上がる。親、喜ぶ。音無家、行く理由、生まれる。皆ハッピー。


「……なるほど。実際に勉強会するなら、私の家に来るのも自然です」

「できれば一度、佐田さんからうちに電話してもらえると説得しやすいんだけど……」

「たぶん、大丈夫だと思います。私たちの活動は秘密なだけで、何も悪いことはしてないですし」

「……」


 確かにそうだ。

 音無さんはゲーム配信して、僕はそれを横で見るだけ。お金も絡んでないし、後ろめたいこともしていない。

 なのになんだか、まるで秘密基地を作っているような幼稚な背徳感がある。

 それはきっと、音無さんも同じだった。そう、思いたかった。


「で、ですね、朝陰君。次の土曜日にゲーム配信をしようと思うんですけど、予定は空いてますか?」

「土曜なら……うん、今のところ大丈夫。タイトルは?」

「リスナーアンケートの締め切りが前日夜なので、当日お伝えします。ホラーゲームにならない可能性もあります。まあ、毎回ホラーなんですが」


 苦手なホラーゲーム配信を続けてるのは、アンケートのせいだったか。真面目で律儀な音無さんらしい。


「そっか。まあ、俺が事前に知っておく必要もあまりないか」 

「ところで朝陰君の、アサシンチャンネルの配信はいいんですか?」


 他人から、それも音無さんから僕のチャンネルの名を聞くと、なんだか妙な気分だ。


「平気平気。しばらく配信する気ないし。まあ、奔放院ユリーザと違って、俺の配信なんて誰も待ってないしね」

「……」


 なんか、睨まれている。


「なに?」

「あまり自分を卑下するようなこと、言わないで下さい。私は朝陰君のそういう発言、聞きたくありません」

「あ、ごめん……」


 なにも言い返せず、下を向く。

 黒ストッキングの脚が、なぜか一歩後ずさった。


「……ごめんなさい」


 予想外の言葉に、顔を上げる。音無さんが、眉根を寄せて苦しげな顔をしていた。


「え? な、何が?」

「今きっと、私は朝陰君の気分を害しました。いつもそうなんです。こうやってすぐ人を不快にして、だから人が離れていくんです」

「どうしたの急に」

「私さっき、誘われたんです。お昼を一緒に食べよう、って。他の人の悪口を言うので注意したら“音無さんてつまんないね”と……」


 僕から目を逸らすように、彼女は横を向いた。横顔も、綺麗だった。


「ただの自己満足、なんです。聞き流せば良かったのに。頭では分かっているのに……。中学でも、そうやって……。それにお願いしている立場も忘れて、朝陰君にもあんな風に……本当に、ごめんなさい」


 謝罪なんて、する必要ない。音無さんは何も悪くない。

 なんで謝るんだ。

 この子は、なんで……。


 補欠合格の頭が、受験の時よりよく回った。断片的な情報が、連鎖的に噛み合った。


 ああ、そうか。

 真面目過ぎるんだ、この学級委員は。だから、そもそもいない。家に呼べる友達が。


 僕も友達は少ない。端的に言えば陰キャだからだ。

 けど彼女は違う。

 目立ちすぎる容姿に、真面目過ぎる性格。男子にはまず下心全開で近寄られ、すぐにその性格で敬遠される。それを見た女子には疎まれる。


 そんな状態で、本人が学級委員として真面目にやろうとすればどうなるか。当然煙たがられ、さらに人が離れていく。僕でも、そんな雰囲気くらいは察せる。彼女は、カースト上位などではなかった。


 見た目の良い腫れ物。


 それがクラスでの、音無さんの立ち位置だ。僕の偏見だが。

 でも確かなことは、一つあった。彼女は、自分自身に苦しんでいる。


 僕は息を吸った。

 彼女に今、かけてやるべき言葉。

 僕だから、今だから言える言葉がある。


「あまり自分を卑下するようなこと、言わないで欲しいな。俺は音無さんのそういう発言、聞きたくないよ」


 大きな瞳が、僕を見た。

 僕は笑った。


「なんにも言い返せないでしょ?」


 音無さんも、笑った。


「本当ですね」


 そして二人で、しばらく笑った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?