翌日の昼休み。
時間をずらし、音無さんと時計塔で落ち合う。そして僕たちは、協力活動における三つのルールを決めた。
一つ。配信中、僕はリスナーに存在を悟られないよう注意すること。
一つ。配信中の意思疎通は数種類のカードまたはスマホの文字入力で行う。カードは【離席】【相談】【緊急】【肯定】【否定】の五つ。必要そうなら他のも作る。
一つ。僕たちの関係や活動は学校でも秘密にする。それはそのまま、音無澄乃が奔放院ユリーザであるという秘密に繋がるからだ。
そして、ルールではないがもう一つ。
「勉強会……ですか?」
「うん。それが見返り。俺、補欠合格なんだよね。だから音無さんに勉強を教えて欲しい」
僕、頭悪い。ウッホウッホ。
音無さん、頭良い。
僕、放課後、音無家で勉強、教わる。成績、上がる。親、喜ぶ。音無家、行く理由、生まれる。皆ハッピー。
「……なるほど。実際に勉強会するなら、私の家に来るのも自然です」
「できれば一度、佐田さんからうちに電話してもらえると説得しやすいんだけど……」
「たぶん、大丈夫だと思います。私たちの活動は秘密なだけで、何も悪いことはしてないですし」
「……」
確かにそうだ。
音無さんはゲーム配信して、僕はそれを横で見るだけ。お金も絡んでないし、後ろめたいこともしていない。
なのになんだか、まるで秘密基地を作っているような幼稚な背徳感がある。
それはきっと、音無さんも同じだった。そう、思いたかった。
「で、ですね、朝陰君。次の土曜日にゲーム配信をしようと思うんですけど、予定は空いてますか?」
「土曜なら……うん、今のところ大丈夫。タイトルは?」
「リスナーアンケートの締め切りが前日夜なので、当日お伝えします。ホラーゲームにならない可能性もあります。まあ、毎回ホラーなんですが」
苦手なホラーゲーム配信を続けてるのは、アンケートのせいだったか。真面目で律儀な音無さんらしい。
「そっか。まあ、俺が事前に知っておく必要もあまりないか」
「ところで朝陰君の、アサシンチャンネルの配信はいいんですか?」
他人から、それも音無さんから僕のチャンネルの名を聞くと、なんだか妙な気分だ。
「平気平気。しばらく配信する気ないし。まあ、奔放院ユリーザと違って、俺の配信なんて誰も待ってないしね」
「……」
なんか、睨まれている。
「なに?」
「あまり自分を卑下するようなこと、言わないで下さい。私は朝陰君のそういう発言、聞きたくありません」
「あ、ごめん……」
なにも言い返せず、下を向く。
黒ストッキングの脚が、なぜか一歩後ずさった。
「……ごめんなさい」
予想外の言葉に、顔を上げる。音無さんが、眉根を寄せて苦しげな顔をしていた。
「え? な、何が?」
「今きっと、私は朝陰君の気分を害しました。いつもそうなんです。こうやってすぐ人を不快にして、だから人が離れていくんです」
「どうしたの急に」
「私さっき、誘われたんです。お昼を一緒に食べよう、って。他の人の悪口を言うので注意したら“音無さんてつまんないね”と……」
僕から目を逸らすように、彼女は横を向いた。横顔も、綺麗だった。
「ただの自己満足、なんです。聞き流せば良かったのに。頭では分かっているのに……。中学でも、そうやって……。それにお願いしている立場も忘れて、朝陰君にもあんな風に……本当に、ごめんなさい」
謝罪なんて、する必要ない。音無さんは何も悪くない。
なんで謝るんだ。
この子は、なんで……。
補欠合格の頭が、受験の時よりよく回った。断片的な情報が、連鎖的に噛み合った。
ああ、そうか。
真面目過ぎるんだ、この学級委員は。だから、そもそもいない。家に呼べる友達が。
僕も友達は少ない。端的に言えば陰キャだからだ。
けど彼女は違う。
目立ちすぎる容姿に、真面目過ぎる性格。男子にはまず下心全開で近寄られ、すぐにその性格で敬遠される。それを見た女子には疎まれる。
そんな状態で、本人が学級委員として真面目にやろうとすればどうなるか。当然煙たがられ、さらに人が離れていく。僕でも、そんな雰囲気くらいは察せる。彼女は、カースト上位などではなかった。
見た目の良い腫れ物。
それがクラスでの、音無さんの立ち位置だ。僕の偏見だが。
でも確かなことは、一つあった。彼女は、自分自身に苦しんでいる。
僕は息を吸った。
彼女に今、かけてやるべき言葉。
僕だから、今だから言える言葉がある。
「あまり自分を卑下するようなこと、言わないで欲しいな。俺は音無さんのそういう発言、聞きたくないよ」
大きな瞳が、僕を見た。
僕は笑った。
「なんにも言い返せないでしょ?」
音無さんも、笑った。
「本当ですね」
そして二人で、しばらく笑った。