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第10話 音無のなく夜に

 僕の【離席】に対し、音無さんは【肯定】のカードを指して頷いてくれた。


 スタジオを出る。


「……」


 なんてザマだ。

 僕は……僕は逃げた。

 勝手に思い込んで、勝手に耐えられなくなって、怖くなって……頼まれた役割も放棄して逃げたんだ。

 音無さんを怖がりなどと言う資格はもう無い。真の臆病者は、僕だ。


 言い訳のようにトイレへ行き、鏡の自分から目を逸らして出る。外はもう暗い。


「いい感じだね。澄乃ちゃん楽しんでるみたいだよ」

「それは良かったです」


 リビングから出てきた佐田さん。配信を見ていたんだろう。僕はそれに、いつも通りの調子で返す。この時ばかりは自分の癖がありがたい。

 でも、楽しんでる?

 本当だろうか?


 スタジオの入り口で立ち止まる。

 合わせる顔が無い。でも戻らないわけにはいかない。配信はまだ終わっていない。


 僕が決意を固める前に、扉の方が開いた。


「朝陰君……?」


 音無さんがドアから顔を覗かせる。目を合わせられない。


「どうかしましたか? 体調不良ですか?」

「いや……」


 このまま一緒に戻って配信を続けるべきだ。終了予定まであと二十分ほど。その間、ただ座ってればいいだけだ。


「音無さんは、なんで嫌いなホラーゲームをやってるんだ?」

「えっ?」


 こんな時に聞くことか!?

 さっきから僕は何をやってるんだ?

 止まれ。


「怖がりなのに、なんであんな拷問みたいな配信を続けるんだ?」


 止まれって。


「嫌々やってるのかと思うと、見てられなくなったんだ。人気だから止められないんならVtuberなんて……」

「勝手に決めつけないで下さい!」


 唖然としていると、スタジオに引っ張り込まれた。


「私は好きで、楽しくてやってるんです! 配信も、ゲームも、ホラーも! 全部楽しくて、好きなんです!」

「でもあんなに怖がって……」

「怖くてもやりたいんです! ホラーゲームも面白くて、好きなんです! 好きだけど怖いから、朝陰君が必要なんです!」


 音無さんの真剣な眼差しが、僕の視線を捕らえて離さなかった。

 僕は……僕は本当に愚かだった。


「ごめん……」

「……いえ、私も興奮して、すみません」


 と、スタジオの外に気配。


「大丈夫?」


 佐田さんだ。さっきの音無さんの声が聞こえたんだろう。ドアを開ける。


「二人ともどうしたの?」


 僕は相変わらず平常だが、感情の昂った音無さんはそうはいかない。頬は上気し、目が潤んでいる。

 佐田さんが猜疑の目を僕に向けた。


「朝陰君? まさか……」

「マナー違反はしていません。陰キャ特有のネガティブに陥った俺を、音無さんが叱咤激励してくれただけです」

「……そうなの? 澄乃ちゃん」

「その……」


 いや、せっかくいい感じにまとめたんだからもじもじしないでくれよ。僕が悪いのは確かだが、このままでは冤罪で投獄だ。

 音無さんは俯いて、服の裾を握り締めた。


「せ……」

「せ?」

「青春……してました……」


 はあ?

 何を言ってるんだ?

 見れば、佐田さんも面食らっている。


「せ、青春? ……青春、青春かあ~! そっかそっか! あははは! それはいいねえ! 羨ましいよ!」


 なんかめちゃくちゃウケている。


「んじゃ、飲み物用意しておくから、配信頑張ってね~……。青春、ふふふ」


 佐田さんは出て行った。

 音無さんが俯いたまま言った。


「あの……ごめんなさい」

「何が?」

「変なこと言ってしまって」

「いや、別に……。それとこちらこそ、ごめん。音無さん気持ち、勝手に決めつけて」

「謝罪はもう二度目ですよ。それより配信、手伝ってもらえますか? 院長さん、倒さないと」

「うん」


 僕達はソファに座った。

 半人分の距離は、少し縮まった気がする。

 音無さんがヘッドセットを付け直した。


「奔放民お待たせ~! ちょっとペットのコウモリが暴れちゃってウワァっ!? 何ですかこれ!?」


 〈おかえり~〉

 〈スクリーンセーバーだよ〉

 〈放置ビビらせ〉

 〈ヌルの伝統〉


 ああ……一作目にもあったなあ。


「も~ホントこのゲーム性格悪い! でもスゴいこだわって作られてるな! こういうゲーム、好きだぞ! 奔放民もそうじゃない?」


 〈分かる〉

 〈そうそう〉

 〈驚かせるのが趣味の人達が作ってる〉

 〈解釈院ユリーザ〉

 〈恐怖に誠実〉


 横を見る。音無さんの目は輝いて、純粋にゲームを楽しんでいるのがよく分かる。僕はもっと、彼女の目を見るべきだったのだ。

 僕はカードを手にとって、音無さんに差し出した。


【肯定】。


「んふっ……じ、じゃあ、気を取り直して、院長さんやっつけるぞ!」


 〈いったれー〉

 〈院長強そう〉

 〈まだ時間ある〉

 〈なんだ今の声?〉

 〈がんばれー!〉


「じゃあ再開! ……ッひ! ほぁっ!? ぁあああ゛あ゛あ゛ああぁぁ――ッッ!!」


 音無さんが身体を寄せる。僕はそれに、さっきよりも力強く応えた。

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