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第11話 ドント・ストリーム

「やった? やりました? ……やったぁ! 院長さんやっづぉお゛っ……ムービーかよぉ」


 〈おおお〉

 〈うまい〉

 〈おめー!〉

 〈最後までビビり続けたの草〉

 〈ムービーにビビるなw〉


 予定時間を五分過ぎたところで廃病院をクリア。

 体の側面に感じる圧力が軽くなる。途中いろいろあったが、僕も役割は果たせただろう。


「……はい。奔放民ども、お疲れ~! ヌルリンチョの宴、ボクは楽しめたけど、どうだった?」


 〈めっちゃ良かった~〉

 〈面白すぎるw〉

 〈絶対途中でギブアップすると思ってた〉

 〈次も期待〉


 軽いアフタートークで締めといったところか。帰りはどっかでラーメンでも食べようかな。


「お、そうだね~、ボクもヌルリンチョは結構キツいって聞いてたからさ。ノンストップでできたのはビックリ! やっぱり鬼の館で慣れたのもあったかなって……」


 ん?


「あ……」


 ソファに寄りかかっていた体を起こす。

 ……音無さん、今、なんて言った?


 〈鬼の館?〉

 〈鬼の館やったの?〉

 〈配信してたっけ?〉


 ……いや、大丈夫だ。別に何もおかしくない。配信せずにやったと言えばいいだけだ。

 横を見て、息を呑む。


「あぅ、その……」


 目を泳がせ、唇を震わせる音無さん。

 なんだ? なんでこんなことでパニックになる!? あんたは人気Vtuberだろ!


 〈なになに?〉

 〈どゆこと??〉

 〈鬼の館見たい〉

 〈ユリーザ様?〉

 〈なんかまずいこと言った?〉


 奔放民たちが怪しみ始めてる。

 音無さんが、横目でこちらを見た。救いを求める目。僕は人形だ。応えられない。


「……」


 そもそも、リスクマネジメントができてなかった。デバイスの仕様、配信ソフトの操作。僕がそれらを事前に知っていれば良かったんだ。


 ……もしそうしていれば、もっといい方法を取れたはずだ。でも、そうじゃなかった。


 だから僕は、人形をやめた。


【緊急】


 音無さんの目の前にカードを差し出しながら、固まった彼女のイヤーパッドをずらした。おくれ毛の張り付いた耳の赤さに、心のなかで謝る。

 マイクに拾われないよう、僕はなるべく顔を近づけ、言った。


「企画の練習。サプライズの」

「っ……!」


 音無さんがビクンと身を縮こませる。

 ヘッドセットを戻し、音無さんの肩を叩いた。


 〈どしたん?〉

 〈なんか言ってる?〉

 〈何も聞こえんぞ〉

 〈トラブル?〉

 〈tmt〉

 〈グルグルして……ないな〉


「……き、企画のね、練習してたんです! サプライズの!」


 〈え~〉

 〈マジか〉

 〈そりゃやっちまったな〉

 〈企画倒れ草〉


 そうだ、それでいい。音無さんは顔を真っ赤にしながら弁明を重ねる。


「し、しまった~! このボクが口を滑らすとは……久々の宴で気が緩んでたかな! 奔放民ごめん! 今のは忘れて! はい、いちにの、ポカン!」


 〈何か言った?〉

 〈何のこと?〉

 〈今日も良い宴だったな!〉

 〈今時間飛んだぞ〉

 〈うっ、記憶が……〉


 ホントノリいいな奔放民。


「はい! じゃあ今日の宴はヌルリンチョの初回、廃病院の攻略完了! ってことで、次回は工場編ね! 配信予定はいつも通り、決まり次第チャンネルページに出すからよろしく! では、おつリーザ~」


 〈おつリーザ〉

 〈おつかリーザ!〉

 〈お釣り~〉

 〈ノシ〉


 配信は無事終わった。

 イヤーパッドに隠れた耳の赤さが、まだ目に焼き付いていた。

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