「やった? やりました? ……やったぁ! 院長さんやっづぉお゛っ……ムービーかよぉ」
〈おおお〉
〈うまい〉
〈おめー!〉
〈最後までビビり続けたの草〉
〈ムービーにビビるなw〉
予定時間を五分過ぎたところで廃病院をクリア。
体の側面に感じる圧力が軽くなる。途中いろいろあったが、僕も役割は果たせただろう。
「……はい。奔放民ども、お疲れ~! ヌルリンチョの宴、ボクは楽しめたけど、どうだった?」
〈めっちゃ良かった~〉
〈面白すぎるw〉
〈絶対途中でギブアップすると思ってた〉
〈次も期待〉
軽いアフタートークで締めといったところか。帰りはどっかでラーメンでも食べようかな。
「お、そうだね~、ボクもヌルリンチョは結構キツいって聞いてたからさ。ノンストップでできたのはビックリ! やっぱり鬼の館で慣れたのもあったかなって……」
ん?
「あ……」
ソファに寄りかかっていた体を起こす。
……音無さん、今、なんて言った?
〈鬼の館?〉
〈鬼の館やったの?〉
〈配信してたっけ?〉
……いや、大丈夫だ。別に何もおかしくない。配信せずにやったと言えばいいだけだ。
横を見て、息を呑む。
「あぅ、その……」
目を泳がせ、唇を震わせる音無さん。
なんだ? なんでこんなことでパニックになる!? あんたは人気Vtuberだろ!
〈なになに?〉
〈どゆこと??〉
〈鬼の館見たい〉
〈ユリーザ様?〉
〈なんかまずいこと言った?〉
奔放民たちが怪しみ始めてる。
音無さんが、横目でこちらを見た。救いを求める目。僕は人形だ。応えられない。
「……」
そもそも、リスクマネジメントができてなかった。デバイスの仕様、配信ソフトの操作。僕がそれらを事前に知っていれば良かったんだ。
……もしそうしていれば、もっといい方法を取れたはずだ。でも、そうじゃなかった。
だから僕は、人形をやめた。
【緊急】
音無さんの目の前にカードを差し出しながら、固まった彼女のイヤーパッドをずらした。おくれ毛の張り付いた耳の赤さに、心のなかで謝る。
マイクに拾われないよう、僕はなるべく顔を近づけ、言った。
「企画の練習。サプライズの」
「っ……!」
音無さんがビクンと身を縮こませる。
ヘッドセットを戻し、音無さんの肩を叩いた。
〈どしたん?〉
〈なんか言ってる?〉
〈何も聞こえんぞ〉
〈トラブル?〉
〈tmt〉
〈グルグルして……ないな〉
「……き、企画のね、練習してたんです! サプライズの!」
〈え~〉
〈マジか〉
〈そりゃやっちまったな〉
〈企画倒れ草〉
そうだ、それでいい。音無さんは顔を真っ赤にしながら弁明を重ねる。
「し、しまった~! このボクが口を滑らすとは……久々の宴で気が緩んでたかな! 奔放民ごめん! 今のは忘れて! はい、いちにの、ポカン!」
〈何か言った?〉
〈何のこと?〉
〈今日も良い宴だったな!〉
〈今時間飛んだぞ〉
〈うっ、記憶が……〉
ホントノリいいな奔放民。
「はい! じゃあ今日の宴はヌルリンチョの初回、廃病院の攻略完了! ってことで、次回は工場編ね! 配信予定はいつも通り、決まり次第チャンネルページに出すからよろしく! では、おつリーザ~」
〈おつリーザ〉
〈おつかリーザ!〉
〈お釣り~〉
〈ノシ〉
配信は無事終わった。
イヤーパッドに隠れた耳の赤さが、まだ目に焼き付いていた。