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第13話 謎の姉妹

『臨時ニュースです。先ほど、大和市海森区にて「ベータ144」と呼ばれる突然変異生物が目撃され、現在警察および特殊捜査機関による封鎖が行われています。ベータ144は、これまでにも報告されている異常個体の一種とされており、地域住民には厳重な避難指示が出されています。この生物に近づくことは極めて危険であり、当局は近隣住民に対し速やかな避難と安全確保を呼びかけています。なお、この生物に関する詳細な情報はまだ発表されておらず、現在調査が続けられております』


『WHO(世界保健機関)の声明によれば、ベータ144に類似する突然変異生物の存在が、他国でも確認されているとのことです。これらの生物は突如変異を起こした生体として国際的な注目を集めており、その原因は未だ解明されていません。WHOは世界各国の研究機関と協力し、この現象の解明に向けた取り組みを強化していると発表しました。一方で、ベータ144を目撃した大和市海森区では、住民にさらなる避難指示が出されており、事態は緊迫した状況にあります』


『小林首相は本日、記者会見を開き、ベータ144の事態に関する政府の対応方針を発表しました。「この突然変異生物の脅威に対し、政府は全力で取り組むとともに、住民の安全を最優先とすることを約束します。現在、特殊部隊を含む捜査機関が現場に派遣され、徹底した封じ込め作戦を進行中です。また、国内外の研究機関と連携し、原因の解明および今後の対応策を早急に打ち出してまいります」と述べました。』


小林首相の発表は全国に緊張をもたらし、ベータ144に関する情報が次々と報道されていた。テレビ画面に映し出される異常な光景に、視聴者たちは不安を隠せない。街中の大型スクリーンでも緊急ニュースが放送され、人々は立ち止まってその映像を見つめている。


『理化学研究所によると、ベータ144は通常の生物と比較して異常な変異を遂げており、従来の生態系では確認されていない特異な生態を持つとされています。研究者たちは、この変異が遺伝子レベルでの変化によるものか、それとも外部要因による突発的な影響なのかを解明するため、調査を進めています。しかし、現時点では解明が難航しており、原因についてはまだ不明です。』


家電店に展示されるテレビ画面には封鎖された海森区の様子が映し出され、厳重な警戒態勢の中、特殊部隊が展開している様子が確認できる。住民たちは避難指示に従い、必死に現場を離れる姿が映し出されていた。


大和市の街中では既に緊張が張り詰め、人々がざわめきながら避難指示に従って動いていた。行き交う車両がサイレンを響かせ、緊急車両が次々と海森区へ向かう姿が目立つ。子供を抱えた母親や荷物を手にした人々が、避難所へと急ぐ姿が見られ、周囲には一種の緊迫感が漂っていた。


時間が経つその頃。その様子を見つめていた謎の二人の少女が、ビルの屋上から避難する人々を静かに見下ろしていた。片方の少女は長い黒髪を風になびかせ、鋭い目つきで封鎖区域を見つめている。その表情には、どこか冷徹さと焦燥感が交じり合っていた。もう一人の少女は、短い銀髪を持ち、少し怯えたような表情で仲間の肩越しに下の混乱した光景を見ていた。


「これが……ベータ144か……」黒髪の少女が低い声でつぶやいた。その声には怒りとともに何かを決意するような響きがあった。


「姉ちゃん、どうするの?こんなところでじっとしていていいの?」銀髪の少女が不安そうに問いかける。彼女の名前はケリーだった。


黒髪の少女は年上の女性の問いかけに目を細め冷静な表情で答えた。「もう少し、いいタイミングで始めるわ」


黒髪の少女はしばらく沈黙を保ちながら、海森区の封鎖されたエリアを鋭い目で見つめていた。彼女の名前はリナ。特殊な力を持つ姉妹として幼少期から数々の危険な任務を乗り越えてきた。彼女はアビリティーインデックス12位、危険度メリディアンであり、戦闘能力や判断力で知られる存在だった。その名を聞いた者の間では畏怖と尊敬が入り混じった感情を引き起こす、まさに特異な存在だ。


幼少期から特殊な力を持つリナとケリーの姉妹は、常に過酷な訓練と試練を課されてきた。幼少期から彼女たちは、普通の人々が決して理解することのできない異能を持って生まれていた。その能力ゆえに政府の監視下に置かれ、秘密裏に任務をこなしてきたのだ。


リナはアビリティーインデックス13位、危険度メリディアン。冷静沈着であり、圧倒的な戦闘能力と鋭い判断力を持ち、どんな状況でも動じない強さを備えていた。一方、ケリーは姉と異なり、優れた感受性を持ち合わせており、その力で危険を察知したり、周囲の気配を読み取ることができた。


二人は特別な訓練施設で育てられ、過去にさまざまな任務を成功させてきた。彼女たちが直面してきた危険な任務の数々は、数え切れないほどある。しかし、今回の「ベータ144」に関する事態は、二人にとってはこれまでの任務よりもさらに困難で予測不能な挑戦であった。


ベータ144の知能がこれまでの異常個体と異なる進化を遂げている可能性が示唆されており、その行動パターンが極めて予測困難であると研究者たちは警鐘を鳴らしていた。従来の異常個体は攻撃的な特性や破壊衝動を見せることが多かったが、ベータ144は独自の知能や戦術を持ち、人間の行動を冷静に観察しているという目撃証言が増えていた。そのため、捜査機関や特殊部隊も対応に苦慮しており、従来の封じ込め作戦が効果を発揮しない恐れが高まっていた。


リナはそんな情報を得て、目の前の状況に対して自らの判断を練っていた。海森区の封鎖エリアには、すでに多くの捜査機関の職員が配置されているが、リナにはそれでも状況が制御不能に陥る危険性が見えていた。ベータ144がどのような力を持ち、何を目指しているのかが不明である以上、いかなる備えも万全ではないからだ。しかし相手はゲノム少女、彼女は戦闘経験豊富なのだ。


「ケリー、準備はいい?」


ケリーは目を伏せながらも小さく頷いた。リナは静かに息を吐き、冷たい眼差しを再び封鎖区域へと向けた。


「Lady……GO!!」


リナの号令とともに、ケリーは意を決したように一歩前へ出た。ビルの屋上から彼女たちは風を切り、音もなく宙を舞う。特殊な能力によって、空中で驚異的なスピードをもって移動することが可能であった。二人は夜の闇に溶け込むように封鎖区域の方向へ飛び込み、姿を消していった。


地上では、特殊部隊と警察がベータ144に対する封じ込め作戦を展開していたが、事態は複雑化の一途をたどっていた。ベータ144は不規則な動きと知能的な戦術を駆使し、攻撃を受け流すだけでなく、まるで相手を翻弄するかのように誘導を見せていた。隊員たちの間には緊張が走り、通信機には上官の指示が飛び交っていた。


「状況はどうだ!」上官の声が響く。「無理です!止まりません!」


そのとき、突如としてベータ144が鋭い叫び声を上げた。目に見えない衝撃波が放たれ、周囲の建物の窓ガラスが砕け散る。衝撃で隊員たちは後退を余儀なくされ、一時的に作戦が中断された。しかし、その隙に闇の中からリナとケリーが現れた。


「私が来た!」リナが強く言い放つと、周囲の特殊部隊の視線が一斉に彼女たちへ向いた。誰もが驚愕の表情を見せるが、彼女たちが政府に従属する特殊部隊の任務を請け負う存在であることを知っている者も少なくなかった。


リナが鋭い視線をベータ144に向けると、その姿が薄闇に現れた。巨大で異形な姿を持つその生物は、鋭利な爪としなやかな体躯を持ち、人間のように立ち上がり彼女たちを睨んでいた。何かを理解しているかのような眼差しには知性が宿っており、その瞳は日差しの中でも赤い輝きを放っていた。


「これが突然変異体?ベータ144じゃない?」


リナはその言葉をつぶやきながら、異形の生物を凝視した。その姿は、これまで目にしてきたどの異常個体とも異なり、ただの暴力的な生物とは違う異様な存在感を放っていた。知性を感じさせる目つき、合理的とも思える行動の数々。それらは、これまでの生物兵器や異常個体をはるかに超えた進化を遂げている証だった。


「姉ちゃん、こいつ……ただの化け物じゃない……何かを考えてる。」ケリーが不安を押し殺しながら言った。その言葉にリナもまた同意を示し、眉を寄せた。確実に、この生物には何か意図がある。自らが人類にとっての脅威であると知りながら、あえて自らの姿を曝け出すような行動をしているのだ。


「知ってる」リナは鋭い眼差しをベータ144に向けながら、冷静に構えを取った。その瞬間、ベータ144の全身がわずかに震えるように光を放ち、何かを解き放とうとしているかのようだった。異常な生物が何をしようとしているのか、予測できない危機感が二人の胸を打つ。しかし、リナはその視線を逸らさず、ゆっくりと一歩前に進んだ。ベータ144の全身がわずかに光を帯びると、周囲の空気が一瞬にして重くなり、異様な圧力が彼女たちを包み込んだ。目の前に立ちはだかる異形の生物は、ただの化け物ではない。その目には、何かを訴えながら彼女たちを睨みつけるような、異様な光が宿っていた。


「ケリー、構えて」リナが冷静な声で指示を出すと、ケリーは即座に散弾銃を構えた。二人は長年の訓練で培ったチームワークを活かし、ベータ144の動きを注視しながら戦闘態勢を整えた。


ベータ144の体が一瞬のうちに膨張するように見え、鋭利な爪が地面を引き裂く音が響いた。その巨大な体躯と異様なエネルギーが、周囲の空気を震わせる。


「おい、聞こえるか?」


リナが冷静にベータ144を見据え、まだ自我があるように語りかけた。「聞こえているなら、応えろ。私たちの声を理解しているのか?」


その言葉に対して、ベータ144は一瞬動きを止めたかのように見えた。その目の奥に、わずかに何かを考えているような光が宿っている。


「おい」


『……Salvation』


「え?」


リナは思わず言葉を失った。ベータ144が何かを呟くように発した言葉が、はっきりと彼女の耳に届いたからだ。「Salvation」――その響きには、単なる言葉以上の意味が込められているように思えた。異形の生物が持つ知性、そしてこの場での振る舞いは、単なる野生的な攻撃性とはかけ離れていた。


「何だって?」リナは眉を寄せ、慎重に間合いを取ったままベータ144を見据えた。「もう一度言ってくれない?」


その問いかけに、ベータ144は再びわずかに反応を見せた。その赤い瞳が揺れ動くように光り、周囲の空気がさらに重苦しいものになっていく。まるで周囲の状況を理解し、言葉の重みを考えるかのような仕草を見せている。


「姉ちゃん、早く!」ケリーが不安げに言葉をつぶしたが、リナは彼女を制するように手を上げた。「分かってる。でも待って」


リナは再びベータ144に語りかけた。「貴方は私たちを攻撃するの?それとも、何かを伝えたいの?」彼女の声は冷静だったが、その内心では緊張が極限まで高まっていた。どんな反応が返ってくるか分からない――それでも、相手が単なる破壊者ではなく、何かを訴えようとしているのならば、耳を傾けるべきだと感じていた。


ベータ144は一瞬沈黙を保ち、やがて低い唸り声を上げるように体を震わせた。その声の中に、苦しみとも取れるような響きが混ざっていた。そして、再びその口が動く。


『Salva…』


その言葉を聞いた次の瞬間、ベータが野生のように暴走したかのように動き出した。ベータ144の赤い瞳が一層強い輝きを放ち、全身が激しく震えた。突然、周囲の空気が一変し、圧倒的な衝撃波が発生した。リナとケリーはすぐに地面に身を伏せ、その激しいエネルギーに耐える。衝撃波が一帯を包み込むと、地面が激しく揺れ、ビルの窓が粉々に砕け散る音が響き渡った。


「やば!」リナが即座に身を起こし、周囲の状況を把握しようとするが、ベータ144の動きはすでに加速していた。異常な速度で地面を這うように動き出し、鋭利な爪を振りかざしながら、目の前の障害物を次々と破壊していく。その姿は、まるで怒りと苦しみを爆発させたように見えた。


「もー結局分かんなかったじゃない!」


リナが即座に拳銃を取り出し目の前で暴れ狂うベータ144の姿を見据えながら、連続して発砲した。しかし、弾丸はその異常な生物の体に命中しても、まるで硬い装甲に弾かれるような音を立てるだけで、ほとんどダメージを与えているようには見えなかった。ベータ144はさらに激しい動きを見せ、周囲を巻き込むように地面を引き裂きながら暴れまわる。


「9ミリじゃあ駄目かな?」


リナは9ミリ弾が効果を発揮しないことを悟り、即座に別の策を講じる必要があると判断した。彼女は冷静にケリーに指示を出した。「ケリー!例の物を」


ケリーは姉の言葉に即座に応じ、特殊弾を装填したライフルを手に取った。彼女の目には緊張と覚悟が宿り、狙いを定める手が震えることはなかった。「了解、姉ちゃん。狙いは確実に!」


リナは特殊な装填弾を自らの銃にセットし、深く息を吸い込んでから冷静に引き金に指をかけた。


リナは暴れ狂うベータ144に向けて冷静に口笛を吹き、その音が周囲に響いた瞬間、ケリーは特殊弾を装填したライフルを持ち、狙いを定めて一瞬の隙を見つける。リナの口笛は合図であり、ベータ144の注意を一瞬引くためのものであった。そのわずかな隙に、ケリーは全力で引き金を引いた。


「くらえ!」


特殊弾がベータ144の脳天に命中した瞬間、その装甲の隙間に深く突き刺さり、内部から圧力が急激に高まるような衝撃が走った。血が吹き出すように噴き出し、周囲の空気が一瞬にして重くなる。


「普通のベータと変わらないじゃない」


「早く終わったね」


リナとケリーは、一瞬の静寂が訪れた戦場で互いに目を見合わせた。ベータ144の動きが止まり、異様な静けさが辺りを包んでいた。危機的状況から解放された特殊部隊の隊員たちは、一瞬の静寂に包まれた現場で息をつきながら、一人の隊員がリナとケリーに話しかけた。


「ありがとう。君たちがいなければ、我々ではどうすることもできなかっただろう」特殊部隊の隊員の一人がリナとケリーに声をかけた。その顔には安堵と感謝の表情が浮かんでいた。しかし、リナはその言葉を受け止めながらも、険しい表情を崩さなかった。リナは険しい表情のまま倒れたベータ144を見つめ、眉をひそめた。

「いや、何かおかしい……ベータが一体だけで行動することなんて、今まで一度もなかった。必ず群れや、あるいは背後に操る存在がいたはずだ」


その言葉にケリーも神経を研ぎ澄ませ、周囲の空気を感じ取ろうとした。


「いやいや、きっと迷子だ。ただ群れに残された一匹だったのかもしれないよ」と一人の隊員は軽く笑みを浮かべて言ったが、その目は鋭く周囲を警戒していた。彼女の感受性が示すものには、常に耳を傾けるべきだとリナもわかっていたからだ。


その時、倒れていたはずのベータ144がわずかに体を震わせるのが目に入った。リナとケリーは瞬時に構え直したが、その瞬間、離れた場所から隊員の叫び声が響き、二人が叫び声の方へ駆けつけると、そこには片腕を抉られ、血を流しながら倒れ込んでいる特殊部隊の隊員の姿があった。彼の周囲には、地面が裂け、鉄の爪が抉ったような痕跡が点々と残されている。リナは瞬時に状況を理解し、ベータ144がまだ完全に無力化されていないことに気づいた。


リナが特殊部隊の隊員に駆け寄り、素早く状況を確認した。「しっかりして!まだ生きてる!」彼女の言葉に、隊員はかすかな意識を取り戻したように目を開け、苦しそうに息をつきながら「気をつけろ……やつはまだ……」とつぶやいた。リナは特殊部隊の隊員の出血を見て、一瞬で状況の深刻さを把握した。彼の傷口は深く、血が止まらない状態だった。リナは迅速に止血帯を用意し、彼の腕を縛って応急処置を施した。その間にも、周囲の空気は異様に重くなり、何か不穏な気配が漂っていた。


「ケリー、こっちを頼む!」リナがケリーに声をかけると、ケリーは頷き、慎重に周囲を見渡しながら構えを取り直した。彼女の感受性が示す警戒信号は強まりつつあった。ベータ144がまだ完全に無力化されていない――その可能性は、彼女たちの脳裏を離れない。


リナが特殊部隊の隊員の手当を終えると、遠くで金属をぶつける音が聞こえた。


その金属音は鋭く響き渡り、場の空気をさらに張り詰めさせた。リナとケリーは即座に身構え、音の出所に意識を集中させた。周囲の瓦礫や崩れかけた建物の陰が不穏な動きを見せているかのように見える。


「行くぞ」と隊長が冷静に声をかけると、特殊部隊の3人の隊員も即座に反応し、武器を構えながら彼女たちの背後に集まった。隊長は険しい表情を崩さず、リナの指示を待つように目配せをした。彼らはこの場がまだ安全ではないことを察していた。


「音の出所を確認する。慎重に進もう」と隊長が低い声で言うと、全員が息を潜めて歩みを進めた。瓦礫や壊れた建物の陰に潜む不穏な気配が、彼らの緊張感を一層高めていた。ケリーもその気配を感じ取り、目を細めて周囲を見渡していた。


「奴を見つけたら即撃て」隊長が小声で警告すると、隊長の言葉に頷き、さらに警戒を強めた。その瞬間、再び重い金属音が響き渡り、



街はまだ混乱の最中にあったが、少しずつ平穏を取り戻しつつあった。ニュースでは政府からの公式発表が行われ、ベータ144の一部地域は一時的に鎮圧されたことが伝えられていた。


リナとケリーは一時的な拠点となった施設で休息を取っていた。リナはデータ端末を操作しながら、今回の任務の報告書をまとめていた。一方、ケリーは窓の外を見つめながら、先ほどの出来事を振り返っていた。


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