渋滞した車列を見て、渋滞の中進むのが不可能であることが明白だった。道を完全に塞いでいる車列はまばらに散らばっており、遠回りする以外に選択肢がなかった。
「これ以上進めないな。地図によると、この先の小山を越えれば現場まで1時間くらいだ」
空が地図アプリを指差しながら言う。ユキとアリスも地図を覗き込むと、険しいルートが表示されているのを確認した。
「……行くしかないか」アリスはため息をつきながら装備を手に取った。「それにしても、こんな夜中に小山に車走らせるなんて……本当に任務は大変ね」
「仕方ない。人生何事も楽じゃないさ」と空が肩をすくめながら高速道路を諦め、車を迂回ルートに向けて走らせた。
「ここから先は険しい道のりになる。みんな、気を引き締めていこう」と空が言うと、アリスとユキは頷き、それぞれの装備を確認し始めた。
道は徐々に狭くなり、舗装されていない未開の小道へと変わっていった。車のヘッドライトが荒れた道を照らし、木々が車体を掠める。遠回りすることで時間がかかるのは分かっていたが、進む以外に選択肢はなかった。
「地図ではこの先で道が完全に崩れてる箇所がある」アリスがスマホを見ながら言った。
「いや、この装甲車両は馬力と運動性能がある。多少の崩落や荒れた道でも進める限り進んでみるさ」空が自信を込めて言い、アクセルを踏み込んだ。
しかし、道は予想以上に険しかった。小山に差し掛かると、木の根が張り巡らされた地面や、ぬかるんだ泥道が車体を揺らし続ける。車内の緊張感は次第に高まり、アリスが何度も窓から外を確認していた。
「遅いね。降りたほうがいいんじゃない?」アリスが警告を発した。
「いや、降りると逆に泥濘に嵌ったり土砂崩れで巻き込まれて死亡するかもしれない。それに、車は最低限のシェルターにもなる」空は冷静に答えながら、ハンドルをしっかり握り、慎重に進んだ。
ユキは後部座席で不安げに外を見つめていた。「でも、このままだとエンジンが……無理をしすぎないほうがいいと思う」
その時、タイヤが大きなぬかるみに入り込み、車体が大きく揺れた。エンジンが唸りを上げるが、タイヤが空回りする音が響いた。
「くそっ、スタックした!」空がハンドルを叩き、車を止めた。「降りて様子を確認する。アリス、ユキ、周囲の警戒を頼む」
3人は車を降り、懐中電灯を手にぬかるんだ地面を調べた。タイヤは深く泥に埋まり、車体が傾いていた。空はジャッキや牽引具を取り出し、修理の準備を始めた。
「ここは本当に危険だわ……」アリスが周囲を見回しながら呟いた。木々が密集し、風の音さえもかき消すような静寂が辺りを包んでいる。遠くで動物の鳴き声が一瞬響いたが、すぐに消えた。
「おーいアリス!俺がアクセル踏むから車を押してくれ!ユキは懐中電灯で周囲を照らして、安全確認を頼む!」
空が手を泥まみれにしながら声を張り上げると、アリスは不満げに眉を寄せながらも車の後部に回り込んだ。
「押せって簡単に言うけど、この車、かなり重いんだけど!」
アリスは装備を外して体を車体に押し付けるように準備を整えた。
ユキは懐中電灯をしっかり握りしめ、警戒しながら周囲を見渡していた。「わかった、こっちは見張ってる。でも……なんか気味が悪いよ。あたりが静かすぎる」
空はエンジンを再びかけ、アクセルを慎重に踏み込んだ。タイヤが泥を撒き散らしながら少しずつ動き始めた。アリスが全力で車体を押し、車はなんとかスタックから抜け出した。
「よし、抜けたぞ!」空が喜びの声を上げたが、その瞬間、ユキが鋭い声を上げた。
「ちょっと待って!何か動いてる!」
ユキが懐中電灯を照らした方向、密集した木々の間に、何かがゆっくりと動いている影が見えた。黒いシルエットが不自然な動きを見せ、まるでこちらを観察しているようだった。
「何だ……?」空が車から降り、手元の装備を構えた。
アリスも車体から離れ、武器を手に取った。「嫌な予感がする。さっきの痕跡の続きがここに……?」
影はじっと動きを止めたかのように見えたが、その次の瞬間、信じられない速度で木々の間を駆け抜け、別の方向へと消えた。その動きは人間のものとは明らかに違い、音もなく滑るような感覚を伴っていた。
「今の、見た?」ユキが息を飲んで言った。「あれ……何か生物だった?」
「分からない。でも、ここには何かがいる」空は目を細めながら懐中電灯を影が消えた方向に向けた。「進むしかないが、全員、警戒を怠るな。あの動きからして、ただの動物じゃない」
アリスが小声で「こんな場所で……最悪ね」と呟きながらも準備を整えた。
3人は車に再び乗り込み、エンジンをかけた。空が慎重にハンドルを握りしめながら言った。「これ以上、何か起こる前に現場まで急ぐぞ。ここは居心地が悪すぎる」
車は再びぬかるんだ小道を進み始めた。しかし、その背後では、先ほどの影が再び姿を現し、密かに彼らを追跡している気配があった。
湿った土や盛り上がった木の根から脱出することに成功した車は、細い小道を徐々に速度を上げて進み始めた。しかし、車内の空気は緊張に包まれていた。背後に感じる何か得体の知れない気配が、3人を無言にさせていた。
「アリス、周囲を確認してくれ。ユキ、ライトを後方に向けておけ。後ろから何か追ってきているかもしれない」
空が短く指示を出すと、アリスは窓を少し開け、鋭い視線を闇に向けた。ユキも懐中電灯を車の後方に向けて、その光を闇の中で動かした。
「何も見えない……でも、感じる」アリスは窓越しに外を注視しながら低く呟いた。
ユキも不安そうに振り返りながら、「さっきの影……また出てくるかもしれない」と声を震わせた。
車が進むにつれ、小道はさらに険しくなり、木々がますます密集してきた。ヘッドライトの光が道を照らしても、その先が何かで覆われているように見える。霧が出始めており、視界が次第に悪化していった。
「霧か……これじゃ視界がほとんどない」空が眉をひそめる。
その時、車の側面でガサガサという音が響いた。アリスがすぐに反応して、「止まって!何か動いてる!」と叫んだ。空は急ブレーキを踏み、車がわずかに揺れる。
3人は一斉に車を降り、装備を構えて辺りを警戒した。霧の中からは何の音も聞こえず、ただ湿った冷たい空気が肌にまとわりついていた。
「おい、今の音、どっちからした?」空が低い声で尋ねた。
「こっち……でも、すぐに消えた」アリスは先ほど音がした方向を指差したが、霧が濃すぎてその先は何も見えない。
ユキが懐中電灯を左右に動かしながら、「これ、完全に私たちを誘ってるんじゃないかな……」と恐る恐る呟いた。
その言葉に空も同意するように頷いた。「あり得る。注意しろ。無闇に進むな」
しかし、次の瞬間、霧の中から低い唸り声が響いた。その音はどこからともなく聞こえ、まるで霧そのものが生きているかのような錯覚を覚えさせた。
「……来るぞ!」空が叫び、武器を構えた。
霧の中から現れたのは、先ほどの影ではなく、さらに巨大で異様な存在だった。6本の脚を持つ不規則な形の生物が、霧を裂くようにして姿を現した。その表面は滑らかで金属的な光沢を帯び、赤黒い目のような器官が3人を睨みつけている。
「またあいつか……!」アリスが狙いを定めながら叫んだ。
「違う!これはさっきのよりも大きい!」ユキが懐中電灯でその姿を照らしながら言った。
異形は一瞬の静止の後、突然前方に向かって突進してきた。その速度は尋常ではなく、3人は咄嗟に散開して攻撃態勢を取った。
「ユキ、あの赤い部分を狙え!」空が指示を出しながらライフルを連射する。
アリスも弾を放ちながら叫んだ。「距離を取れ!こいつ、近づくと危険すぎる!」
ユキは震える手で懐中電灯を異形の中心に向け、その赤い部分を必死で照らした。その光が直撃すると、異形は一瞬動きを止めた。しかし、すぐに反撃に転じ、鋭い刃のような脚を振り回して周囲の木々を薙ぎ倒した。
「効いてる!もっと集中して攻撃するんだ!」空が叫び、さらに激しく銃弾を浴びせた。
異形の体からは赤黒い液体が噴き出し、地面に染み込んでいく。その液体が触れた草木は瞬く間に枯れていった。
「やっぱり腐食性がある……!」アリスが呟きながら、さらに正確な射撃を続けた。
やがて、異形の動きが鈍り始め、その巨体がゆっくりと地面に崩れ落ちた。赤黒い目が最後に一度だけ光を放ち、完全に沈黙した。
「倒したか……?」ユキが息を切らしながら言った。
「多分な。でも、気を抜くな。こいつが最後とは限らない」空は武器を構えたまま、異形の死骸を見つめて言った。
霧の中に再び静寂が訪れたが、3人はまだ緊張を解くことができなかった。背後に追手がいるかもしれないという不安が、彼らを苛んでいた。
「車に戻ろう。ここでじっとしているのは危険すぎる」空が短く言い、3人は車へと急いだ。
車内に戻った3人は、エンジンを再びかけ、小山を越えるべくさらに進むことを決意した。険しい道が続く中、霧は徐々に晴れてきたが、3人の心に刻まれた不安は消えなかった。
「次に何が待ち構えているか分からないけど、気を抜かないでいこう」空がハンドルを握りながら言った。
「そうね。あの異形が単独でいるとは思えない。これが何かの序章だとしたら……」アリスが静かに続けた。
ユキも小さく頷きながら、「私たち、これに立ち向かえるかな」と呟いた。
車は再び静かに進み始め、現場までの道のりをひた走った。
3人が車内で緊張を保ちながら進む中、霧がさらに薄れ、少しずつ夜明けが近づいていることを感じさせる微かな光が差し始めた。しかし、その光景が安心感をもたらすには至らず、むしろ異形がこれまでとは違う形で襲ってくる可能性を思い起こさせた。
「空、次の分岐点までどれくらい?」
アリスが助手席で地図を確認しながら尋ねた。
「まだ1時間くらい。でも道を抜ければ、現場まで直接つながる広い道に出るはずだ」
空はハンドルを握る手に力を込めながら答えた。
「広い道に出れば少しは安心……ってわけでもないか」
ユキが後部座席で懐中電灯を握りしめながら呟いた。「あの異形、もし群れで動いてたらどうするの?」
アリスが少し振り返り、「その可能性もあるわね。でも、何かしらの手がかりを掴まないと状況は変わらない。とにかく現場に向かうしかないわ」と静かに答えた。
車はぬかるんだ小道を進み続ける中、3人は緊張感を保ちながら周囲の様子を伺い続けていた。徐々に霧が晴れ、夜明けの兆しが見え始めたが、彼らの心に刻まれた恐怖は簡単には消えない。
「空さん、これ以上の接触があるなら、現場で何が起きているかも同時にわかるはずだよね?」ユキが後部座席から問いかけた。
「その通りだが、現場に着く前にあの異形の群れが出てきたら、どう戦うかを考える必要がある」と空は短く答えた。
アリスが助手席で地図を見つめ、「でも、何もわからない現状で対策を考えるのは無理があるわ」と声を漏らす。
「無理を言ってるんじゃない。ただ、これまでにわかった情報をもとに行動しなければならないということだ」空は視線を前方に固定し、車の速度を落とさないように慎重に進んだ。
その時、アリスの地図アプリがピンと音を立てた。彼女がすぐに確認すると、小山付近に異常を示す赤い警告マークが表示されていた。
「!?空!!避けて!!」
アリスの叫び声に反応したその瞬間、山の斜面から現れた3メートルの化け物に体当たりされ、車体が大きく浮いた。衝撃でハンドルを取られ、車は道の端に吹き飛ばされるように地面に叩きつけられる。
「全員、大丈夫か!」空が叫びながら車内を確認する。アリスは助手席でシートベルトに守られたものの肩を押さえたが、ユキは窓の衝撃で割れ、髪の毛や服に硝子の破片が散らばっていた。彼女は額と右側頭部に擦り傷を負っており、飛び血と意識不明のように見えた。空はすぐにユキに駆け寄り、彼女の状態を確認した。「ユキ!大丈夫か!聞こえるか!」と声をかけるが、全く反応がない。ユキの額から血がにじみ出ているが、呼吸はかすかに感じられる。空はすぐに応急処置を施すべく、自分のバッグから医療キットを取り出した。
「アリス、動けるか?周囲を警戒してくれ!ここでじっとしてるわけにはいかない!」
空は焦りを抑えながらも冷静に指示を出した。
アリスは肩を押さえながらうなずき、武器を構えながら車の外に出た。「分かった。でも、何が襲ってきたのか確かめないと……あの斜面に何かいる!」と叫びながら懐中電灯を照らした。
霧の中から姿を現したのは、先ほどよりもさらに巨大な異形だった。その鋭利な刃のような脚と、無数の目のような器官が不気味に光っている。生物というより、機械のような無機質な存在感が漂っていた。
「くそっ、こんな状況で……!」アリスが懐中電灯を向けながら射撃を開始するが、異形の硬い外殻に弾丸が弾かれる音が響く。
「効かない……!?空、どうする!」アリスが叫ぶ。
空はユキの傷口を応急処置しながら、「とにかく時間を稼ぐ!ユキが意識を取り戻すまでここを守るんだ!」と叫び返した。彼はユキの頭を固定し、包帯で血を止める作業を続ける。
アリスは車の反対側に回り込み、異形の注意を引こうと懐中電灯の光を激しく振った。「こっちだ、来い!」彼女は叫びながら数発の銃弾を放つが、異形は動じる様子もなく車に向かって前進してくる。
「空!!そっちに来る!!」
アリスの叫び声が響く中、異形が車に向かって巨大な腕を振り上げた。その動きは迷いがなく、圧倒的な力を感じさせた。
ボールのように軽々と車を投げ飛ばし、車は宙を舞って地面に激突した。金属のきしむ音とともに車体は大きく変形し、窓ガラスが砕け散った。空とユキは車内にいたまま衝撃を受け、空はユキを守るために彼女を覆いかぶさるようにして体を固定した。
「いってぇ……」
空は呻きながら顔を上げ、変形した車内でユキの状態を確認した。彼女はまだ意識を取り戻していないが、かろうじて呼吸は続いている。
「ユキ、大丈夫だ……」と声をかけながら、空は左腕と背中に刺さった破片を感じながらも無理やり体を起こした。痛みに顔を歪めながらも、ユキを守るという強い意志が彼を突き動かしていた。
「アリス!まだ動けるか!」
空が車外にいるアリスに向かって叫ぶと、彼女の返事がすぐに返ってきた。
「なんとかね!でも、あの異形、私たちの攻撃を完全に無視してる!」
アリスは木の陰に隠れながら、異形の動きを監視していた。その異形は車を投げ飛ばした後、しばらく静止していたが、再び動き始めていた。その目のような器官が、じっと車の方向を睨んでいる。
「こいつ、こっちを完全に狙ってる……!」アリスは焦りを押し殺し、空に向けて叫んだ。「ユキをここから出せる?車の中にいると危険すぎる!」
「分かってる!」空はユキを慎重に抱きかかえ、壊れた車体の隙間から外に出ようと試みた。破片が体に食い込み、背中に鋭い痛みが走ったが、彼は歯を食いしばりながら動きを止めなかった。
しかし、さっきの衝撃でドアが完全に変形しており、開けることが困難だった。空は息を整え、なんとか力を込めてドアを押し開けようと試みたが、びくともしない。
「くそっ!フロントガラスなら」と空が思いつき、すぐにフロントガラスの状態を確認した。砕け散ったガラスの破片がまだフレームに残っているが、ここなら脱出可能だと判断する。
「アリス!ユキをガラス越しに渡す!手伝ってくれ!」
「今それどころじゃない!化け物がしつこいくらい狙ってきてる!」アリスが叫びながら、異形の注意を引くために懐中電灯を振り回し、さらに銃撃を続けていた。
「くそっ!自分でやるしかないか」
空はユキを慎重に抱え、砕けたフロントガラスの枠を確認した。ガラスの破片を手で払いながら、慎重にユキを持ち上げて車外に出そうとした。しかし、ユキの意識が戻らないままであることが、作業をさらに困難にしていた。
「重すぎる……」空は苦しそうに呟きながら、全身の力を込めて彼女をガラスの隙間から引き出した。
「あと少し……」
その瞬間、背後から轟音が響き渡り、異形が車に近づいてきているのが分かった。空は必死に振り返りながら、「アリス!時間を稼いでくれ!」と叫んだ。
「わかってる!」アリスは異形の正面に立ち、手にした銃で再び攻撃を仕掛けた。「こっちを見ろ、化け物!」
異形は一瞬動きを止め、赤黒い目のような器官をアリスに向けた。その間に空はユキを車外に出し、腕に抱えたまま地面に膝をついた。
「よし……ユキ、もう少しだ。絶対に守るからな」空は彼女を地面に横たえ、安全な場所を確保しようと周囲を見渡した。
しかし、その間にも異形はアリスを圧倒的な速度で追い詰めていた。アリスは木々を利用して素早く身を隠しながら、攻撃のチャンスを伺っていたが、異形の動きは予想以上に早く、どんどん距離を詰めてきた。
「空、なんとかしないと……このままじゃやられる!」アリスが焦りの声を上げた。
空は咄嗟に車に戻り、装備を確認した。そして、車内に残されていた爆発物に目を止めた。それは予備の発煙弾だったが、火力を上げる工夫が施されていた。
「これしかない……」空はその発煙弾を手に取り、アリスに向かって叫んだ。「アリス!こいつを使う!あいつを誘い込んで、爆発させる!」
アリスは一瞬驚いたが、すぐに状況を理解し、頷いた。「了解!うまく誘導するわ!」
空は発煙弾をセットし、アリスの指示に従って異形の進行方向に向けて投げ込んだ。発煙弾が着地すると、すぐに白い煙が勢いよく吹き出し、周囲を覆い始めた。
異形は煙に気を取られたのか、動きを鈍らせながら煙の中に入り込んだ。その隙にアリスが素早く距離を取り、空の元へ戻ってきた。
「そっちに渡して!」 アリスが走りながら叫ぶと、空はユキをフロントガラスの外に出すとアリスはユキを受け取り、彼女を安全な場所まで運び出そうと急いだ。「大丈夫!?しっかりして!」とアリスは頬を叩きユキに声をかけながら、異形の目の届かない木陰に彼女を寝かせた。
一方、空は発煙弾の爆発タイミングを見計らいながら異形の動きを注視していた。煙の中で、異形の赤黒い目が不気味に光り、その巨体が徐々に煙をかき分けるように動いているのが見える。
「今だ!」空は叫び、銃をフルオートで連射し、化け物の目を重点的に狙った。弾丸が異形の赤黒い目に当たると、異形は大きくのけぞり、痛みとも怒りともつかない低い唸り声を上げた。その瞬間、空は発煙弾のスイッチを押した。
「アリス、伏せろ!」空が叫ぶと、アリスはすぐにユキをかばうようにして地面に伏せた。
手榴弾が赤い閃光とともに爆発し、煙の中で大きな衝撃音が響いた。異形の巨体が煙に包まれ、その中で暴れる音が聞こえる。煙は周囲の視界を完全に遮り、爆発の熱が地面を焦がす。
「うまくいったか……?」空は息を切らしながら煙の中を凝視した。
爆発の煙が徐々に晴れていくと、異形の姿が見当たらなくなっていた。爆発の衝撃で周囲の木々が倒れ、地面には黒い焦げ跡と異形がいた痕跡だけが残されている。
「倒せたのか?」空が半信半疑で呟きながら、銃を構えたまま慎重に近づいた。
「気をつけて、まだ油断できない」アリスが警戒しながらユキを守る位置から少し前に出た。彼女の目は周囲を鋭く警戒している。
するとアリスは木々の方に気配を感じ取り、すぐに手を挙げて警告を発した。「待って!まだ何かいる……!」
その言葉に空も身構え、銃を再び構えた。爆発の中心地から少し離れた場所、木々の間に再び動く影が見えた。影はゆっくりと姿を現し、その異形の存在感はさっきの個体よりもさらに巨大で、不気味な輝きを放っていた。
「くそ……次のが来たってのか!」空は歯を食いしばりながら構えを崩さなかった。
アリスがユキの方に振り返り、「ユキはまだ意識が戻らない。私たちだけでやるしかないわ!」と叫んだ。
「アリス、俺たちで時間を稼ぐ。その間に何とかユキを安全な場所に移動させるんだ!」空が冷静に指示を出した。
アリスは一瞬逡巡したが、すぐに頷き、ユキを抱きかかえるようにして後退し始めた。「分かった。でも無理はしないで!」
空は彼女を見送りながら異形に向き直り、深く息を吸った。「さて、お前の相手は俺だ。来いよ……」
異形は再び低い唸り声を上げながら空に向かって動き出した。その巨体は木々をなぎ倒しながら前進し、圧倒的な力を誇示していた。
空は意を決し、異形の目のような器官を狙って正確な射撃を繰り返した。弾丸が命中するたびに異形は一瞬動きを止めるが、すぐに再び突進してくる。
「効き目が薄い……やば!?」
目の前に迫る異形の巨大な脚が、空のすぐ横をかすめて地面に叩きつけられた。その衝撃で土煙が上がり、空は体勢を崩しながらも咄嗟に後ろに跳んで距離を取った。
「硬すぎる……!」空は小声で呟き、弾倉を交換しながら再び狙いを定めた。
異形はその巨大な体を使い、さらに執拗に空を追い詰めてきた。地面を引き裂くような動きと、鋭利な刃のような脚が脅威を増している。空は必死にそれを回避しながら、弱点を探し続けた。
その時、後方からアリスの声が響いた。「おい!!これでも食らいな!!」
機関銃のような轟音が後方から鳴り響き、アリスが携行していた大型の火器で異形に集中砲火を浴びせていた。閃光が夜闇を切り裂き、弾丸の雨が異形の体に直撃する。
「ナイス!その火力ならいけるかもしれない!」空が叫び、アリスの方向に視線を送った。
「分かってる!でもこれ、弾が持たないわ!」アリスは手を休めることなく、目の器官を狙い撃ち続けていた。
弾丸が異形の表面を貫通し、ついに赤黒い液体が噴き出し始める。異形は金属的な悲鳴を上げ、動きが一瞬鈍った。その隙を逃さず、空もさらに攻撃を加えた。
しかし、危機を感じた異形は体から鱗を生やすようにして防御を固めた。それはまるで鎧が再生するかのような動きで、攻撃を跳ね返し始める。
「くそっ!防御を強化してきたぞ!」空が叫びながら射撃を続けるが、異形の再生速度は予想以上に速く、攻撃が効かなくなりつつあった。
「こんなのどうすれば……!」アリスも焦りを感じながら弾倉を交換した。
その時、横から異形に体当たりする謎の存在が現れた。巨大な獣のような影が、異形に向かって突進し、信じられない力でその巨体を押し倒した。異形が金属的な悲鳴を上げながら地面に崩れ落ち、衝撃で周囲の木々がさらに倒れる。
「何だあれは……?」アリスが驚きの声を上げた。
煙と土埃の中から現れたのは、異形と同じく巨大な存在だが、その姿はまるで動物のように四足歩行で、鋭い牙と光る瞳を持っていた。その体表は滑らかな金属のような質感で覆われており、明らかに自然界の生物ではなかった。
「味方……なのか?」空が呟きながらも銃を構えたまま警戒を続けた。
新たな存在は異形に向かって再び突進し、その体に鋭い爪を突き刺した。異形の防御のために生えた鱗が粉々に砕け、赤黒い液体が勢いよく噴き出す。その光景に、空とアリスは言葉を失った。
「これ、何かの……新種?」アリスが声を震わせながら言った。
異形と新たな存在は激しい戦いを繰り広げ、地面を引き裂くような音と衝撃が辺りに響き渡る。異形は必死に反撃を試みるが、新たな存在のスピードと力には敵わないようだった。抵抗も出来ず噛み千切られるたびに、異形はさらに苦しそうに悲鳴を上げた。
やがて、新たな存在が異形の体を強く咥え、力任せに地面に叩きつけた。その衝撃で異形の体は砕け、赤黒い液体が周囲に広がった。そして、異形は完全に動かなくなった。
「やった……倒せたのか?」空が息を切らしながら言った。
新たな存在は一瞬じっと動きを止めた後、空とアリスの方にゆっくりと向き直った。その光る瞳が2人を見つめ、低い唸り声を上げる。
「こっちを見てる……撃ったほうがいい?」アリスが警戒しながら呟いた。
「待て、撃つな」空が手を挙げて制止した。「まだ何をするつもりか分からない。攻撃してくる気配はない……今は」
新たな存在はしばらく2人を見つめていたが、やがて静かにその場を離れ、闇の中へと姿を消していった。
「一体、何だったんだ……?」アリスが放心したように言った。
「分からない。でも、あれがいなければ俺たちはやられていたかもしれない」空は銃を下ろしながら、遠ざかる影を見つめていた。
アリス気配が後から感じ取れるように振り返ると、暗闇からピンク色の瞳を放ち、こちらに向かってくるユキの姿が見えた。しかし、その様子はどこか異様だった。ユキの目はピンク色に輝き、彼女の動きは人間らしさを感じさせない、滑らかで不自然なものだった。
「ユキ……?」アリスが不安げに呼びかける。
空も驚いてユキの方を見つめた。「おい、大丈夫か?意識が戻ったのか?」
ユキは何も答えず、静かに2人の方に近づいてきた。その顔には表情がなく、淡々とした動きがどこか冷たさを感じさせた。ピンク色に輝く瞳は、まるで周囲のすべてを見透かしているかのようだった。
「ユキ……聞こえるか?俺たちだ」空が慎重に声をかけながら、少しずつ武器を下ろしていく。
ユキはハッとその言葉に反応し、ピンク色に輝いていた瞳が一瞬だけ明滅した。その後、彼女の動きが止まり、まるで何かを考えるように静止した。
「ユキ、大丈夫なのか?」アリスが声を震わせながらもう一度呼びかけた。しかし、ユキは微動だにせず、ただ静かに立ち尽くしていた。ピンク色の瞳は次第に光を失い、普通の目に戻っていく。
「……あれ?私……何が……?」ユキがようやく声を発した。
その瞬間、空とアリスはほっと胸を撫で下ろした。ユキが普段の様子に戻ったかのように見えたからだ。
「ユキ!無事でよかった!」アリスは彼女に駆け寄り、その肩を支えた。「でも……さっき何があったの?」
ユキは頭を押さえながら答えた。「分からない……車が投げられたときの衝撃で意識を失ったみたい。でも、目が覚めたらすごく奇妙な感覚があって……」彼女の言葉が一瞬止まり、瞳に不安が宿った。「私、何か変な夢を見ていたみたい。あの異形の中にいるような……」
空は慎重にユキの顔を覗き込んだ。「夢か……?それにしては、瞳がピンク色に光っていた。普通じゃない」
「ピンク色……?そんなことあるはずないでしょ」ユキは信じられないといった様子で首を振ったが、自分の体に何か異変が起きているのではという不安を隠せなかった。
アリスがユキを支えながら静かに言った。「少なくとも、今は大丈夫そうね。でも何があったのか、あとで詳しく調べる必要があるわ。現場に着けば、もしかしたら手がかりが見つかるかもしれない」
空は深く頷き、再び全員を見渡した。「そうだな。まずはここを抜けて現場に向かう。それから、ユキの体調もチェックしよう。異形も、ユキに起きたことも、全部つながっている気がする」
「行きましょう……ここにいても危険なだけだわ」ユキは少し不安げながらも立ち上がり、空とアリスに向けて小さく笑みを浮かべた。
3人は壊れた車を後にし、慎重に次のルートを進み始めた。霧はさらに薄れていき、夜明けの光が木々の間から差し込んでいた。しかし、ユキの目が一瞬だけピンク色に再び明滅するのを、空とアリスは見逃さなかった。
その瞬間、空とアリスは言葉を失い、互いに一瞬だけ視線を交わした。ユキの瞳が再びピンク色に輝いたのはほんの一瞬だったが、それは見間違いではなかった。
「……ユキ、もう一度聞くけど、本当に大丈夫なのか?」空が慎重に問いかけた。声には優しさと緊張が混じっていた。
ユキは戸惑った表情で首を振った。「わからない……ただ……」彼女は言葉を飲み込み、少し不安げに続けた。「時々、頭の中で誰かが話しているような感じがするの。」
「誰かが話している……?」アリスは眉をひそめ、ユキの顔をじっと見つめた。「具体的に何を言ってるの?」
「それが……はっきりしないの。ただ、ざわざわとした声が聞こえるような気がするの。でも、何かを命令してくるわけじゃなくて、ただ……見ているような感じ。」
その言葉に、空とアリスの間に緊張が走った。ユキが経験している現象は明らかに異常で、あの異形との接触によって何かが彼女の中で変わった可能性を示唆していた。
「ユキ、これからは何か異変を感じたら、どんな小さなことでもすぐに教えてくれ」空がしっかりとユキの目を見つめて言った。「君が安全かどうかが一番重要だ。無理をしないでくれ。」
ユキは少し戸惑いながらも頷いた。「わかった。でも、本当に大丈夫だと思う。私はちゃんとここにいるから。」
アリスはユキの肩に軽く手を置いて「私たちがついてるわ」と言いながらも、心の中では警戒を強めていた。
3人はその後も慎重に森を抜ける道を進み続けた。夜明けの光が霧を払い、次第に視界が広がり始めた。しかし、森の不気味な静寂はそのままで、周囲にはまだ得体の知れない不安が漂っていた。
現場まではあと少しだったが、彼らの心の中にはユキの異変が何を意味するのか、そしてあの異形との関係性がどのようなものなのかという疑念が深く刻まれていた。
「この任務、想像以上に厄介なことになりそうね」アリスが独り言のように呟いた。
空は頷きながら前方を見据えた。「そうだな。でも、俺たちで解決するしかない」
ユキは静かに歩きながら、時折自分の手を見つめていた。彼女の目に一瞬の不安がよぎったが、すぐにそれを押し隠すように微笑んだ。
「現場に着けば、何かヒントが見つかるはずだよね、行きましょう」と彼女は言った。
「そうだ、まずは目的地までたどり着こう」と空が答える。
彼らは険しい小道を進み続け、薄暗い森の中を抜けるために集中していた。夜明けが訪れたとはいえ、周囲の静寂と異常な気配は彼らの緊張を解いてはくれなかった。
現場はどのような状況なのか?そして、ユキに起きている変化とは何か?
その答えを探すため、3人は一歩ずつ進んでいった。
道が徐々に広くなり、森の密集度も薄れていく中、現場までの道のりが近づいていることを実感した。しかし、静寂の中にある微かな音や、風が巻き起こす不気味なざわめきは消えない。
「地図によると、ここを抜ければ現場はもう目と鼻の先だ」空が地図アプリを確認しながら言った。「だが、ここからは特に慎重に進むべきだ。異形がこれだけ出没しているんだ。何が待っているかわからない。」
アリスが銃を確認しながら続けた。
「フレアを使う」
アリスは手元のフレアガンを取り出しながら、空とユキに短く説明した。
「この霧や暗がりの中では、フレアの光が私たちの視界を確保するだけでなく、もし何かが近づいてきても早めに気づけるはず。フレアの位置を目印にして行動しよう。」
空は頷き、「それがいい。大体ここらへんに焚けば見つかると思う」
「了解」とアリスが返事すると、フレアガンを発射した。
空を赤く染める閃光が夜明けの霧の中で炸裂した。フレアの光は森の暗がりを一瞬にして明るく照らし、周囲の状況を浮かび上がらせた。
「よし、これで少しは見通しが良くなるはずだ。」空がフレアの明かりを頼りに前進しながら言った。
その光景に、ユキはしばらくじっと見入っていた。顔にはわずかな緊張が浮かんでいるが、何かを思い出そうとしているようにも見える。
「ユキ、何か感じることはあるか?」空が気遣うように声をかけた。
「空、もうよして。あの光なんて知らないってユキから聞いたでしょ?もうそれ以上しつこく聞くのはやめて」とアリスが間に入るように言った。
空は一瞬言葉に詰まったが、すぐにうなずいた。「分かった。ただ、ユキに何かがあれば俺たちで支える。無理はしなくていい。」
ユキは小さく頷き、ぎこちない笑顔を浮かべた。「ありがとう。でも、本当に大丈夫。先を急ごう。」
3人はフレアの明かりを頼りに、霧の中を慎重に進んだ。道が開けるにつれて、彼らはついに現場へと近づいている実感を得た。地図の位置では、ここを抜ければ峠を出るはずだった。
しかし、小道を歩く瞬間、目の前に3体の異形が立ちはだかっていた。
それらは先ほど戦った異形よりも小型で、身体は薄い黒い膜で覆われ、動きはしなやかで素早そうだった。だが、その無数の赤い目が光を反射し、まるで彼らを観察しているかのようだった。
「まずい……複数体いるぞ」空が声を潜めて言い、銃を構えた。「動きをよく見ろ。こいつら、速そうだ。」
「小型だけど油断できないわね」とアリスがフレアの光で周囲を確認しながら答えた。「ユキ、私たちの後ろにいて。何かあればすぐに隠れるんだ。」
ユキは頷きながらも、どこか様子がおかしかった。彼女の体が震えるのをアリスが横目で捉えた。
「……ユキ、大丈夫?」アリスが不安そうに聞く。
「大丈夫、私は平気」とユキは力強く答えたが、その声には微かな違和感があった。
その時、異形の1体が音もなく素早く地面を駆け抜け、アリスに向かって突進してきた。
「来た!」アリスは即座に反応し、銃を連射した。弾丸は異形の薄い膜を貫通し、赤黒い液体を噴き出させたが、それでも勢いを止めることはできなかった。
「こいつ、タフすぎる!」アリスが叫びながら、さらに射撃を続けた。
一方で、空も別の異形に狙いを定めて発砲した。小型の異形は素早く動き回り、攻撃を避けながら近づいてくる。その動きは予想以上に俊敏で、狙いをつけるのが困難だった。
「動きが速い!囲まれるな!」空が警告を叫びながら射撃を続ける。
ユキは後方で懐中電灯を手に状況を見守っていたが、突然目を閉じ、頭を押さえ始めた。
「ユキ!さっきのピンクの光やって!」
ユキはぎこちなく目を開け、震える声で「どうやってやったのか分からない……」と呟いた。その言葉にアリスと空は一瞬驚きながらも、異形の方に集中させた。
異形たちは次々と彼らに迫り、包囲網を狭めていた。アリスと空は必死に射撃を続けながらも、異形の数と速度に圧倒され始めていた。
「ユキ!急いで!」アリスが叫ぶ。
「無理です!どうやってやったのか覚えていないの!」ユキが恐怖に声を震わせながら叫び返した。その間も、異形たちは容赦なく距離を詰め、3人を包囲しようとしていた。
空が素早く判断し、「ユキ、思い出せなくてもいい!俺たちで時間を稼ぐ!お前は隠れて安全を確保しろ!」と叫び、銃を構え直した。
アリスも応戦しながら、「私たちが持ちこたえる。ユキ、隠れる場所を探して!」と叫んだ。
ユキは躊躇しながらも頷き、近くの木陰に身を隠そうと移動を始めた。その瞬間、何処からか無数のプロペラ音が響き渡った。
「何だ……ヘリコプターか?」空が一瞬手を止めて空を見上げた。音の方向は霧の向こうから聞こえてくる。
「来たぁぁあ!!ブラボー!!」
アリスも射撃を続けながら、嬉しそうに叫んだ。
霧の向こうから現れたのは、一機ではなく複数のヘリコプターだった。そのうちの一機が低空飛行で近づき、機体の横に取り付けられた強力なスポットライトが異形たちを照らし出した。ライトの眩しい光に一瞬ひるむような動きを見せた異形たちに向かい、ヘリコプターから機銃の激しい銃撃が放たれた。
「救援が来たぞ!これで形勢逆転だ!」空が叫びながら、再び銃を構えて応戦した。
機銃の音が森全体に響き渡り、異形の薄い膜を貫いて赤黒い液体が周囲に飛び散る。ヘリコプターの火力は圧倒的で、異形たちの動きが徐々に鈍っていくのが見て取れた。
「やった!これで勝てる!」アリスも歓喜の声を上げながら、残りの異形に向かって射撃を続けた。
一方、ユキは木陰に隠れながらその光景を見守っていたが、その表情はどこか不安げだった。彼女は再び頭を押さえ、小さな声で何かを呟いている。
「ユキ、大丈夫か!」空が一瞬振り返り、彼女に呼びかけた。
ユキはふらつきながら立ち上がり、震える声で答えた。「私……大丈夫。でも……頭の中が……おかしい……」
その言葉を聞いたアリスが急いで駆け寄り、ユキの肩を掴んだ。「しっかりして、ユキ!私たちがここにいるわ!」
しかし、ユキの瞳が再びピンク色に輝き始め、彼女の動きが一瞬止まる。そして、低い声で呟いた。
「……近づいている……もっと大きなものが……」
その瞬間、ヘリコプターのパイロットから通信が入った。「こちらBAチーム、目標の殲滅を確認中。しかし……複数の複数の反応が接近中こちらにも支援を要請する!」
「またかよ……!」空が叫び、銃を再装填しながら周囲を見渡した。
異形の小型個体が全て撃破され、辺りが静寂に包まれたかと思った瞬間、地響きのような音が遠くから近づいてきた。霧の中で複数の影がゆっくりと動いているのが見える。
「来るぞ……これまでのどれよりも多い……!」アリスが警戒しながら銃を構えた。
霧を切り裂いて姿を現したのは、これまでの異形の量をはるかに超える異形の群れだった。小型から大型まで多種多様な形状の個体が混ざり合い、地面を埋め尽くすように動いていた。その中央には、他の異形とは比較にならない巨大な存在が、地を揺るがすような足音を立てながら進んでくる。
「こんなのどうやって相手にするのよ!」アリスが絶望的な声を上げた。
「わからない!でも、やるしかない!」空は銃を構えながら、機銃を放つヘリコプターを見上げた。「援護を頼む!できる限り撃ちまくってくれ!」
ヘリコプターは次々と攻撃を開始し、空中からの銃撃が群れを切り裂くように炸裂した。しかし、異形たちはまるでそれに意を介さないかのように動きを止めず、徐々に3人に迫ってきた。
するとその時、上空から笛を鳴る音が聞こえると同時に巨大な閃光が辺りを包んだ。それは爆撃のような威力を持つ光弾で、異形の群れに直撃した瞬間、凄まじい爆発音と共に地面が揺れた。爆発の中心にいた異形たちは跡形もなく吹き飛ばされ、残されたものは焦土と化した地面だけだった。
「なんだ今の!?援軍か?」空が驚きの声を上げた。
上空を見上げると、ヘリコプターとは別方向から現れた大型の無人航空機が次々と同じような爆撃を繰り返し、異形の群れを狙い撃ちにしていた。その正確な攻撃と圧倒的な火力は、まるで戦場そのものを制圧するかのようだった。
「新しい支援部隊が来たみたいね。でも、あれは普通の軍用機じゃない……」アリスが焦点を絞りながら呟いた。
「確かに……あの機体、見たことがない形だ」空も不審そうに無人航空機を見つめた。「どこから来たんだ?」
その時、通信機から女性の声が響いた。
「こちらBC01、神薙くん。私だよ後ろ見て」
「……後ろ?」空は驚きの表情で振り返った。そこには、一機の大型輸送ヘリが静かに降下してきていた。ヘリの側面には見覚えのあるエンブレムが描かれている。通信機越しの女性の声はどこか懐かしく、同時に緊張を漂わせていた。
「まさか……」空が低く呟きながら、そのヘリから降り立つ人影を見つめた。
霧の中から現れたのは、黒いジャケットに身を包んだ女性だった。短い黒髪が風になびき、鋭い眼差しが状況を一瞬で見極めているかのようだった。手には高性能なライフルを携えており、周囲に漂う緊張感をものともしない落ち着いた立ち振る舞いだった。
「神薙くん、危なかったね。私が居なかったらどうなったやら」女性は冷静な口調で言いながら、空に向けて歩み寄る。
「レ、レナ!?どうしてここに!?」空は驚きの表情を浮かべながら問いかけた。
「事情はあとで説明するわ。それより、早くヘリ乗って基地へ向かうわ。ここに長居していると、さらに厄介な状況になる可能性があるわ。」レナは鋭い目つきで周囲を警戒しながら言った。
空は一瞬戸惑いを見せたが、状況の深刻さを理解してすぐに頷いた。「分かった」
「へー、ヤリ女としてはいい手伝いじゃないの?」とアリスが軽く皮肉を混ぜながらも安堵の笑みを浮かべた。
「アリスちゃん、後で面談室ね。さあ、急いで」とレナが手を差し伸べると、空とアリスはユキを支えながらヘリに向かって歩き出した。レナの冷静な態度と的確な判断が、彼らに一瞬の安心感を与えた。
ヘリに乗り込むと、内部には最新鋭の装備が整っており、複数の兵士が武器を点検していた。レナは指揮官のように振る舞い、素早く指示を出していた。
「彼女がユキね?」レナが静かに尋ねる。
「そうだ。彼女が……何かおかしいんだ。瞳がピンク色に光ったり、異形に関することを話したり……説明がつかないことばかりだ」と空が答えた。
「なるほどね。その兆候はすぐに解析が必要ね」とレナが冷静に言い、ユキに優しい視線を向けた。「怖い思いをしたわね。でも大丈夫、ここからは安全だから。」
ユキはかすかに頷きながら、「……ありがとう。でも、もう大丈夫です」と安心そうに呟いた。
レナはその言葉を重く受け止めた様子で、「詳しく調べるわ。君たちはしばらく休むべきね。ここから先は私たちが対応する」と力強く言った。
ヘリは異形の群れが残された地帯を飛び越え、安全な拠点へと向かい始めた。しかし、窓の外にはまだ動く異形の影がちらついていた。
「終わりじゃないな、これは」と空が低く呟いた。
「そうね。これが始まりである可能性が高い」とレナが静かに答えた。
ヘリコプターの音が徐々に遠ざかり、地平線に薄く光が差し始める中、彼らは荒れ果てた地帯を後にした。空、アリス、そしてユキはそれぞれ複雑な思いを抱えながらも、一時的な安堵を感じていた。しかし、レナの言葉が彼らの心に影を落としていた。