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第18話 午前4時34分 対象地域C-12エリア内

ヘリの中で過ごした数十分は、緊張とわずかな安堵が交錯する不思議な時間だった。疲労の中にも、異形との遭遇やユキの異変に対する不安が全員の胸に影を落としていた。外から聞こえるプロペラ音だけが一定のリズムで響き、彼らの心を落ち着かせるのには程遠い。


ついにヘリが基地へ近づくと、周囲の景色が変わり始めた。広大な森林を抜けた先に現れたのは、異形対策のために建設されたバリケードに囲まれた施設だった。高いフェンスと監視塔が見える敷地は、まるで小さな要塞のようだ。外周には砲台が並び、侵入者を徹底的に排除する準備が整えられているのが一目でわかった。


「見ろ……あれが基地か?」アリスが窓の外を見ながら低く呟いた。


「まるで世界が終わった後の避難所みたいだな」と空が答えた。その声には安堵よりも、どこかやりきれない気持ちが滲んでいた。


「これだけの設備があっても、異形が押し寄せてきたらどこまで持つか……分からないわね」とアリスが続けた。


「今はそれを考えるより、ここで何ができるかを考えるべきだろう」と空が静かに返す。窓の外に広がる異形対策施設を見つめながら、彼は拳を握りしめた。


ヘリが着陸すると、エンジン音が徐々に静まり、機内にいた全員が出口へと向かった。外では防護スーツを着たスタッフが彼らを出迎え、迅速に誘導を始めた。


「こちらへどうぞ。検査とブリーフィングの準備が整っています」と自衛隊の一人が冷静に声をかける。


ユキは少し戸惑いながらも、空とアリスに支えられて歩き出した。レナは3人を見渡し、「すぐに状況を整理して対策を考えるわ。私が案内するからついてきて」と短く指示を出した。


彼らは施設内へと足を踏み入れた。中は近未来的なデザインで統一され、清潔で効率的な空間が広がっている。廊下の壁にはさまざまなモニターが埋め込まれ、異形に関するデータや映像が次々と映し出されていた。


「すごいな見た目とは裏腹に……完全に異形との戦争を想定した場所だ」と空が感心したように言った。


「ここは最先端の設備が整っているけど、それでも全てが未知数よ」とレナが答える。「私たちが直面している脅威は、これまでのどんな戦争とも違う」


彼らは検査室に案内され、それぞれ簡単な身体チェックを受けた。ユキは特に詳しく調べられたが、医療スタッフたちの表情は硬く、結果について多くを語ろうとはしなかった。


検査が終わると、レナが再び彼らを会議室へと案内した。そこには大きなモニターと作戦図が設置されており、複数の軍事関係者が待機していた。


「まず、今回の異形の特徴と行動パターンを整理する。そして、ユキの状態についても話すわ」とレナが説明を始める。


モニターに映し出されたのは、先ほど彼らが遭遇した異形たちの映像だった。スタッフが解析結果を報告する中、レナが静かに続けた。


「今回の異形は以前にも増して多様化している。小型から大型まで、これまで確認されていないタイプが多数含まれていたわ。そして、彼らは単なる生物ではない可能性が高い。何かしらの意志や目的が感じられる。」


空はその言葉に眉をひそめた。「意志?それは……どういうことだ?」


「詳細はまだ分からないけれど、まるで彼らが何かに操られているかのような動きが見られるの」とレナが答えた。


「操られている……?」アリスも驚いたように呟いた。


ユキは静かに座りながら、その会話を聞いていた。彼女の瞳に一瞬不安がよぎったが、すぐにそれを隠すように目を伏せた。


「そして、ユキの状態についてだけど……彼女は異形と何かしらの接触があった可能性が高いわ」とレナがユキに視線を向けた。


「どういう意味ですか?」ユキが小さな声で尋ねる。


「君の中で何が起きているのか、まだ正確には分からない。ただ、一部のデータでは君の脳波に異常が見られた。まるで外部からの信号を受信しているかのような波形だったわ」とレナが慎重に説明する。


「外部からの信号……?」空はユキを見つめながら驚きを隠せない様子だった。


「もしかすると、彼女は異形と何らかの形でリンクしているのかもしれない。それが偶然なのか、それとも意図的なものなのかはまだ不明よ」とレナが続けた。


その場に緊張が走る中、ユキは戸惑いながらも静かに言った。


「私……自分がどうなっているのか分からない。でも、何かが私の中にいるような気がして怖いんです。」


その言葉に、空とアリスは彼女を支えるように寄り添った。レナも冷静な表情を崩さずに言った。


「大丈夫よ、ユキ。私たちが必ず解明してみせる。そして、君を守る方法も見つけるわ。」


その瞬間、モニターに緊急警報が表示され、施設内の照明が赤く点滅し始めた。スタッフたちが慌ただしく動き始め、緊張感が一気に高まった。


「どうした?」空が身構える。


「外部で異形の反応を検知!群れがこちらに向かっている!」スタッフの一人が叫ぶ。


「なんてこと……!準備を急がなきゃ!」レナが即座に指示を出した。


空とアリスもすぐに立ち上がり、武器を手に取った。ユキは動揺しながらも、震える手で懐中電灯を握りしめた。


「またかよ……休む間もないってわけか」と空が苦笑しながら言った。


「いいえ、ここで迎え撃つのよ。全力でね」とレナが冷たい決意を込めて答えた。


施設全体が戦闘態勢に入る中、彼らは再び異形に立ち向かうため、準備を整え始めた。


施設内の警報が鳴り響く中、緊張がピークに達していた。赤いランプが廊下を照らし、軍事スタッフや研究者たちが次々と指示を受け、対応に追われている。空、アリス、そしてレナは、戦闘準備のために武器庫へと急いだ。


一方ユキは心身を落ち着かせるため、鼻歌を小さく口ずさみながら椅子に座っていた。彼女の瞳は一瞬ピンク色に輝いたが、すぐに元に戻った。その変化に気づいた誰もが、一瞬息を飲むが言葉には出さなかった。


武器庫に到着すると、レナが手際よく最新の武器を取り出し、空とアリスに渡した。「これを使いなさい。通常の銃火器より威力が高いし、異形の硬い外殻にも対処できる設計になっているわ。」


「まじか……これカスタムされたグロックじゃないか。しかも貫通弾だ」と空が感心しながらピストルを手に取り、作動確認を始めた。


アリスも銃を手にしながら、「これであの群れに対抗できるのね?」とレナに尋ねた。


「できるだけの準備はしているけど、過信は禁物よ。あの異形の進化スピードは予測を超えている。私たちの装備がどこまで通用するかは、やってみないと分からないわ」とレナは冷静に答えた。


その時、通信機からスタッフの声が響いた。「敵群れまでの距離はあと500キロ!侵入まで5分と予想されます!」


「全員、配置に着いて!施設を守り抜くわよ!」レナが全体に向けて指示を出し、空とアリスに目を向けた。「あなたたちは南側の防衛ラインを任せる。ここが最も弱点になりやすい箇所だから、全力で抑えて。」


「了解!」空とアリスが同時に応じ、南側に向かって走り出した。


ユキは立ち上がり、震える手を握りしめて自分に言い聞かせた。「私も……役に立たなきゃ。」


「ユキ、無理はしないで。ただ、君が何か異変を感じたらすぐに教えてほしい。それが重要だ」と空が優しく声をかけた。


「分かった……できる限り頑張る」とユキが答えた。


南側の防衛ラインに着くと、周囲の状況が見えてきた。森の中から黒い波のように押し寄せる異形たちが、次第にその全容を明らかにしていく。


「来たぞ……数が多すぎる!」アリスが驚きの声を上げた。


「でも引けない!ここで食い止めろ!」空が叫び、銃を構えた。


異形の群れは雷鳴のような足音を立てながら、次々と迫ってくる。空とアリスは息を合わせて攻撃を開始し、弾丸が次々と異形の前線を貫いていった。レナが配置した兵士たちも火力を集中し、防衛ラインを維持しようと必死だった。


しかし、異形の数は減るどころか、さらに増え続けていた。彼らは戦闘の中で次第に疲労を感じ始めていたが、退くことは許されなかった。


その時、ユキがふと遠くを見つめ、低く呟いた。「……あれが来る。」


「何だって?」アリスが振り返った。


「分からないけど、すごく……強力な何かが近づいてる……」ユキの瞳が再びピンク色に輝いた。


「ユキ、何を見てる?」空が問いかける。


「分からない。でも、凄いものが……」ユキの言葉は途切れ、彼女の体が震え始めた。


その瞬間、地面が大きく揺れ、施設全体が地響きに包まれた。遠くの森から、これまで見たことのないほど3メートルの巨大な人型の異形が姿を現した。その圧倒的な引き締まった筋肉質と存在感に、全員が息を飲む。


「やばいやばい……!」アリスが驚愕の声を上げた。


「これが化け物……!」空が銃を構え直した。


アリスはその場に立ち尽くしながら、「あたしがどうにかしないと!」と呟いた。


「アリス、待て!」空が止めるが、アリスはまるで仲間を救うように巨大な異形の方に走り出した。


「アリス!戻れ!」空は叫ぶが、アリスは振り返らなかった。

アリスは意を決した表情で巨大な異形に向かって突き進んでいった。彼女の手には新しく配備された高威力の武器が握られていた。


「化け物め!!」アリスは叫びながら、全力で異形の懐に飛び込む。


「くそっ、アリス!」空は叫びながらも、彼女の意志の強さを理解して援護に徹する決断をした。「おいそこの部隊!あそこ女が危ない!あの巨人に集中攻撃しろ!」


部隊がすぐに空の指示に従い、アリスを支援するために射撃を開始した。高威力の弾丸が巨大な異形の外殻を直撃し、赤黒い液体が飛び散る。しかし、異形は怯むどころかさらに暴れるように動き始め、巨大な腕を振り回して攻撃を繰り出した。


「アリス、気を付けろ!」空が叫び、精密な射撃で異形の攻撃を阻止しようとする。


アリスは鋭い動きで異形の足元を回り込み、手にした武器で一気に攻撃を仕掛けた。巨大な異形の脚部に集中して爆薬を取り付けると、素早く離脱しながら叫んだ。


「爆破します!」


アリスは空たちに指示を出し、全員が後退して安全な距離を取った。アリスはスイッチを押し、爆薬が炸裂する。凄まじい爆発音とともに異形の片足が吹き飛び、その巨体が大きく傾いた!


「やったぞ!」アリスが歓声を上げた。


しかし、異形は片足を失ってもすぐ再生した、今度は腕を地面に突き刺して支えながら前進を続けた。その動きはますます凶暴で、彼らの防衛ラインを脅かしていた。


「これでも倒れないのか……!」空が歯を食いしばりながら叫ぶ。


巨大な異形に圧倒されそうになっていたその瞬間、上空から新たな音が響いた。空を振り返ると、戦闘機が低空飛行しながら現れ、その腹部からさらにミサイルや500ポンド爆弾が次々と放出されていた。爆弾音を放ちながら異形に向かって次々と炸裂していった。巨大な異形の周囲に凄まじい爆風が広がり、施設全体を震わせるほどの衝撃が走った。爆撃の威力は圧倒的で、周囲の地面がえぐられ、煙と破片が舞い上がる。


「まじか……これで決まったか?」アリスが後ずさりながら呟く。


爆風が収まると、異形の巨体は地面に沈んでいくように崩れていた。その再生能力も、これほどの破壊の前では機能しないようだった。異形の表面からは黒い液体が噴き出し、ついには完全に動かなくなった。


「やった……倒した!」空が息を切らしながら叫んだ。


戦闘機はその場を旋回し、通信が施設内に入る。


「This is Hornet. Target destruction confirmed. No further threats currently detected.」


戦闘機「ホーネット」からの通信が響き渡り、基地全体に一瞬の静寂が訪れた。その言葉は、彼らが直面していた巨大な脅威がついに排除されたことを告げていた。


「……本当に終わったのか?てか誰だあの部隊?」空は銃を構えたまま、慎重に周囲を見渡した。煙の中から異形の巨体が完全に崩れ去り、跡形もなく溶けていくのを確認すると、ようやく肩の力を抜いた。


「神薙くん、あの部隊は厚木基地から支援に来てくれた特殊部隊よ。彼らは支援爆撃に特化した航空部隊で、最新鋭の装備を持っているわ」とレナが通信機を操作しながら説明した。


「厚木基地の特殊部隊……ずいぶん手厚い援護じゃないか」と空が安堵と疑念が入り混じった声で答えた。


「それだけ、この戦いが重要だということよ。今回の戦闘で得られたデータは、これからの作戦に不可欠になる」とレナが冷静に付け加えた。


アリスは少し肩で息をしながら、「それにしても、さっきの異形……再生能力まであるなんて、今後の戦いはもっと厳しくなるわね」と言った。


「厳しいどころじゃないさ。あんな化け物があと何体いるのかも分からないんだ」と空が言い、深い息をついた。


その時、ユキがゆっくりと前に進み出て、異形が崩れ去った場所をじっと見つめた。彼女の瞳は再び一瞬ピンク色に光ったが、すぐに元に戻った。


「ユキ、大丈夫か?」空が気遣うように声をかけた。


「……うん、大丈夫。ただ、まだ何かが近くにいる気がする」とユキは不安そうに答えた。


「近くにいる?」アリスがその言葉に眉をひそめた。


「気のせいじゃない。私の中で何かがざわめいているの。あの異形たちと同じ感覚が……」ユキが続けた。


その言葉に、レナは深刻な表情を浮かべた。「やはり、ユキは異形と何かしらのリンクを持っているのかもしれない。これを解明するためには、さらに詳しい調査が必要ね」


「今のところ、ユキに危険が及ばないようにするのが最優先だ」と空が毅然とした口調で言った。


「もちろん。そのためにここに来たのだから」とレナが答える。


戦闘が終わり、一時的な静寂が訪れたとはいえ、彼らの心の中には不安が残っていた。異形の存在、ユキの異変、そして次に何が起こるのか――その答えを見つけるため、彼らは再び施設の中へと戻り、これからの戦いに備える決意を新たにした。


「終わりじゃない。むしろここからが始まりだ」と空が低く呟いた。


アリスはその言葉に頷きながら、「次はもっと厳しい戦いになるわね。でも、私たちは負けない」と力強く答えた。


レナは3人を見渡しながら、「大丈夫、私たちにはまだやれることがある」と言った。


「いや……そうじゃない。もっと強力な敵が来る予感がする」ユキが言葉を続けた。「これまでの異形は序章に過ぎない。あいつらには明確な目的があるように感じる」


「目的……?」アリスが不安げに尋ねる。


戦闘機が煙を吹き出しながら急旋回し、制御を失って墜落していく姿が、彼らの視界に飛び込んできた。


「なんだと……!」空が驚愕しながら叫んだ。


墜落した戦闘機は基地の外縁部に激突し、地面に激しい爆発を引き起こした。炎と黒煙が立ち上り、そのエリアは一気に混乱の渦に飲み込まれた。警報音がさらに激しく鳴り響き、基地内のスタッフが慌ただしく動き始める。


「何が起きたんだ!?墜落の原因は!?」レナが通信機で指示を出しながら叫ぶ。


「不明です!墜落直前にパイロットからの通信がありましたが、詳細は不明!異形の妨害もなし!原因不明のエンジン損傷があった可能性があります!」スタッフが緊迫した声で答える。


「くそっ、あの異形が原因か……」空は拳を握りしめ、歯を食いしばった。


その時、ユキが再び頭を押さえ、苦しそうに顔をしかめた。「……また……何かが来る……もっと強い……」


「ユキ、大丈夫か?」アリスが彼女の肩に手を置いて声をかける。


「分からない……でも、すぐ近くにいる気がする……大きな何かが……」ユキは震える声で答えた。


その瞬間、基地内にロケットが突如として飛来し、基地の弾薬庫を爆風とともに吹き飛ばした。ドーム型の爆風が施設を揺るがし、激しい衝撃音とともに周囲が閃光に包まれた。爆風の圧力で窓ガラスが砕け、施設内の設備が大きく揺れた。警報音がさらに激しさを増し、スタッフたちの叫び声が響き渡る。


「何だ……!?攻撃を受けてる!」空が身を低くしながら叫んだ。


「被害状況とどこからの攻撃か確認して!」レナが通信機で指示を飛ばす。


「被害状況は砲台、弾薬庫、電気系統室に大規模な損傷!攻撃の発信源は不明、依然として確認中!」通信機からの緊迫した報告が響き渡った。


「なんてこと……完全に奇襲を受けてる!」アリスが身を低くしながら呟く。


その時、施設の外壁モニターが急に切り替わり、複数の異形が基地に向かって進軍している映像が映し出された。それだけでなく、モニターにはこれまで見たことのない大型の異形が中心に位置し、まるで軍隊の司令官のように群れを指揮しているように見えた。


「……これはまずい。あの大型の異形、ただの暴走じゃない。あれが指揮を取っているのかもしれない」とレナがモニターを見つめながら言った。


「指揮する異形……つまり、知性があるってことか?」空が問いかける。


「その可能性が高い。今の攻撃も、ただの偶発的なものじゃない。計画的だわ」とレナが冷静に答えた。


「なら、あの大型を優先的に倒すべきだな。指揮を失えば、群れの行動も混乱するはずだ」と空が決意を込めて言った。


「ただし、あのサイズと耐久力じゃ、正面からの攻撃は無謀だわ。何か作戦を考えないと」とアリスが武器を握りしめながら言った。


その時、施設の外から再び激しい爆発音が響き渡り、さらに大きな衝撃が基地全体を揺さぶった。照明が一部消え、非常灯が点滅し始めた。


「電力が落ち始めてる!このままじゃ防衛システムが無力化されるわ!」スタッフが叫ぶ。


「電力室の修復チームを派遣して!同時に防衛ラインの強化を急ぎなさい!」レナが指示を飛ばす。


空はアリスと目を合わせ、「行くぞ。俺たちもあの大型を止めに行く!アリス!化け物を特定してくれ!」と言った。


アリスが頷き、「了解した」と付け加えた。


空とアリスはレナとともに防衛ラインへと向かい、最終的な作戦を立て始めた。基地全体が緊張感に包まれる中、彼らは再び異形に立ち向かうための準備を整えていった。



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