音が弾けるように響き渡り、ユキのすぐ後ろを弾丸がかすめた。
誰かが撃ったのか、それとも罠だったのか。全員がその音に反応し、一瞬の静寂が訪れる。
ユキはあまりの驚きでその場に立ち尽くしてしまった。ユキの肩が微かに震え、彼女の瞳は恐怖に彩られていた。耳元でまだ弾丸の余韻がこだまし、身体は硬直して動けない。するとその時、その静寂を破るように、後方から乾いた音が響いた――ハイヒールの音だ。
カツ、カツ、カツ――重くもなく、しかし鋭いリズムを刻む音が戦場に不気味な緊張感を生み出す。全員がその音の主に目を向けた。
霧の中から現れたのは、一人の少女だった。彼女は流れるような黒いロングコートをまとい、その下には精巧に装飾されたドレスのような衣装が見え隠れしていた。手には銀色のリボルバーを握り、肩からは赤黒いオーラが淡く漂っている。顔は冷徹で美しく、その目には計り知れない知性と狂気が宿っていた。
「これは……誰だ?」レナが息を呑むように呟きその姿に警戒を抱きながら銃を構えた。「まさか、あれは……エリザベス!?」
「エリザベス?」レナがその名を繰り返した。
レナは拳を握りしめながら、視線を霧の中から現れた少女に固定した。その表情には明らかな動揺と、何かを振り払うような決意が見え隠れしていた。
「エリザベス・シルフィー……アビリティーインデックス1位のゲノム少女の支配者の一人とされる存在よ。」
その言葉に、レナは驚きを隠せなかった。
「エリザベス・シルフィー……?」
レナの口調には明確な緊張が含まれていた。その名前に覚えがあるようだったが、まさかここで目の当たりにするとは思わなかった。
「アビリティーインデックス1位……それってどういう意味なの?」アリスが銃を構えたまま問いかける。
「ゲノム少女の中でも、人間の知性と力を併せ持つ超越的な存在。彼女はその頂点に君臨する、いわば支配者のような存在よ」とレナは唇を噛みしめながら答えた。「彼女一人で戦場を制圧する力があるって話は聞いてたけど、都市伝説だと思っていた……」
ユキはその少女――エリザベス――から目をそらせずにいた。彼女の体から放たれるオーラは圧倒的で、ただ立っているだけで空気が震えるようだった。ユキの中で何かがざわめき、頭痛が強まる。
「Bonjour」エリザベスが冷たい微笑を浮かべながら、流暢なフランス語で挨拶する。
「何しに来た」空が怒りに満ちた声で応じた。
エリザベスはゆっくりと周囲を見渡し、全員を見据えた。「賭け事してみない?」
「賭け事?」
空が眉をひそめ、銃を構え直しながらエリザベスに問いかけた。「何を企んでる?」
エリザベスは微笑を崩さず、ゆっくりと銀色のリボルバーを回転させながら答えた。「退屈なのよ。あなたたちのような弱い存在をただ壊すのは面白くない。だから、少しゲームを提案したいの。」
「ゲームだと?」アリスが警戒心をあらわにしながら身構えた。「私たちをおもちゃにする気?」
エリザベスは肩をすくめるような仕草を見せた。「おもちゃ?全く違うよ、むしろチャンスを与えてあげるの。勝てば命を保証してあげるわ。」
その言葉に、全員が一瞬だけ沈黙した。明らかな罠の匂いが漂う中、ユキが震える声で口を開いた。
「どんな……賭けですか?」
エリザベスはユキの方に目を向け、そのピンク色に光る瞳をじっと見つめた。「簡単よ。あなたたち全員、私に投票するだけ。そいつに勝ったらここを去ると約束するわ」
「そんなの……」アリスが苛立ちを隠せずに言葉を詰まらせた。「勝ったらだなんて簡単に言うけど、あんたの力がどれだけなのかも分からないのに!」
「だからこそ、賭けなのよ」エリザベスはくすくすと笑いながら言った。「でも、失敗すれば。全員キルしまーす!」
その場の空気が一層張り詰めた。
「何をふざけたことを……!」アリスが拳を握りしめ、今にも飛びかかりそうな勢いで叫んだ。
空はアリスを制止するように手を上げ、「待て。ここで頭に血を上らせたら相手の思うつぼだ」と静かに言った。
一方、エリザベスは何も恐れることなく、全員を見下すような態度で微笑み続けていた。「さあ、どうする?あなたたちに選択肢はないわよ。」
「どんな条件を呑もうが、あんたを信じられる理由なんてどこにもない」と空が低い声で返す。
「信じる必要なんてないわ。選択肢がないだけ。賭けに応じるか、全員ここで死ぬか。それだけのことよ。」エリザベスの声は冷酷だった。
レナが冷静な声で口を開く。「エリザベス、あなたの目的は何?ただ退屈を紛らわせるだけのために、こんなことをしているとは思えないわ。」
エリザベスはその言葉に反応し、軽く微笑みを深めた。「さすがね、鋭い質問。でも、今は答える必要がないと思う。ゲームに勝てば、少しだけ教えてあげてもいいわ。」
「そのゲーム……俺が全員分投票してやるね」
「「ムラト!?」」空とアリスが同時に叫んだ。
ムラトがエリザベスの後ろに現れた瞬間、場の空気が凍りついたように感じられた。彼女の表情は無表情で、まるでエリザベスの後ろ盾であることを示すかのようだった。ムラトの登場により、状況はさらに不穏なものとなった。
「ムラト……お前、どうしてここにいるんだ……!」空が驚愕しながら問い詰めた。
エリザベスは満足そうに微笑み、ムラトの肩に軽く手を置いた。「あら?誰かと思ったら征服者じゃない」
「『征服者』だなんて、そんな称号に興味はない。」
ムラトの声は低く関心なかった。目の前にいるムラトの登場が、彼の心にかつてない動揺を与えていた。
ムラトはエリザベスの背後から一歩前に出て、その鋭い眼差しを空たちに向けた。彼の瞳にはかすかに光る赤い線が走り、まるで感情を失ったかのような冷たい視線を向けていた。
「久しぶりだな、空。……いや、今はそんな感傷に浸る時間じゃないな」
エリザベスが優雅に微笑みを浮かべながら言葉を挟んだ。「征服者さん、あの正義ぶってた野郎を処理してしまうのも手よね。」
その言葉に、ムラトは冷ややかな視線をエリザベスに向けた。「私はお前の命令で動いているわけじゃない。ただ、こちらにも都合がある。」
「都合?」空が銃を構え直し、ムラトを睨みつけた。「ムラト、どうしてお前がこいつと一緒にいるんだ?」
ムラトは軽く肩をすくめた。「俺は俺の目的のために動いているだけだ。エリザベスと利害が一致した、それだけだよ。」
「利害が一致……?お前の目的ってなんだ、ムラト!」空が怒りに声を震わせながら問い詰めた。
エリザベスが笑みを浮かべながら、ゆっくりと前に出た。「空、そんなに熱くならないで。ムラトの目的なんてどうでもいいじゃない。それより、あなたたちには今、選択肢があるのよ。」
「選択肢なんて言葉で誤魔化すな!」アリスが叫び、銃をエリザベスに向けた。「お前たち二人をここで倒せば、全て終わる!」
エリザベスはその言葉に反応し、大袈裟な驚いきと怯える素振りを表した。「キャァァア〜怖い怖いぃぃい〜冗談だってぇぇ〜許してよぉぉぉ〜……。ふふっ、別に貴方達をキルしようなんて1ミリも考えていないわ。ただ、遊び相手が欲しいだけよ」とふざけた表情から素に戻ったエリザベスは軽い調子で言い放った。
しかし、その無邪気な口調とは裏腹に、彼女の目は冷たく鋭い光を宿していた。その目は、すでに全員の命運を完全に掌握しているかのように見えた。
「征服者、貴方もそうでしょ?」エリザベスが振り返りながら問いかける。
ムラトは冷淡な表情のまま、「暇つぶしには最適だな。だが、あまり退屈なゲームなら興味はない」ムラトは言葉を続けた。「あいつらがどれほど抗うか、それだけが俺の関心だ。」
その言葉に、空は歯を食いしばった。「ムラト……お前、本当に俺たちを捨てたのか?」
ムラトは目を伏せ、しばらく沈黙していた。しかし次の瞬間、彼は再び冷たい目で空を見つめた。「さぁ?」
「さぁ……?」空の声は震えていた。
エリザベスが愉快そうに笑いながら、ムラトの隣に立った。エリザベスが軽やかにリボルバーを構え、冷たく微笑みながら言葉を続けた。
「So, shall we enjoy it? Or should we give up?(さぁ、楽しみましょ?それか……諦める?)」
彼女の声が静寂の中に響く。ムラトはその隣で無言のまま立ち、冷たい目で全員を見つめていた。その存在感だけで場を圧倒している。
「Of course, first」すると二人は全員とは反対の、レオナと異形の大男に目を向けた。エリザベスとムラトの視線が交差する瞬間、戦場の空気がさらに重くなる。
「水色の少女と大男ね……」エリザベスはその方向に視線を向けながら、不気味な微笑を浮かべた。「彼らもこの場を楽しんでいるようだけど、少しだけ整理が必要みたい。」
ムラトは無言のまま一歩前に出ると、大男とレオナを見据えた。その眼差しには、冷徹さと計算が宿っていた。
「俺が相手をする。」ムラトが静かに言葉を放った。
エリザベスが軽く頷き、「いいわ、ムラト。あっちのおっさんを掃除してちょうだい。私は正義野郎を倒すね」と言う。
その言葉を聞いたムラトは、小さく肩を震わせながら不敵な笑みを浮かべた。「掃除されるのはどちらかしらね……?」彼女の声は幼さを残しつつも、毒々しい響きを帯びていた。
「楽しませてくれるといいが。」ムラトが短く応じると、ゆっくりと構えを取った。
その瞬間、戦場が一気に動き出した。
大男の異形が機関銃を振り回しながらムラトに向かって射撃を開始する。凄まじい火力が周囲の地面を抉り取り、弾丸が飛んでくる中、ムラトは軽やかにその弾丸をかわしていく。
「遅い……遅いよ?」ムラトは冷静に大男を挑発しながら、瞬く間に距離を詰めた。そして、彼の手には黒く輝く反り返った刃が現れていた。
「これが……ムラトの力……!」空がその光景に驚きを隠せず、呟く。
その間にエリザベスはリボルバーを回転しながらレオナに向かって挑発的な視線を送る。「久しぶりだね、正義野郎さん。あなたがまだ生き残ってるなんて驚きだわ」
レオナは冷たい表情でエリザベスを見据えた。「エリザベス……あなたがここにいることが、全ての異形の進化の鍵を握っているというわけね。」
エリザベスは軽くリボルバーを肩に担ぎ、挑発的な笑みを浮かべた。「あら、そんなに私が特別だと思っているの?でも、まあ確かに私がいることでこのゲームは面白くなるでしょうね。」
レオナの目が一瞬だけ細まり、彼女の全身から冷たいオーラが漂い始めた。「私は正義なんかじゃない。ただ、あんたをここで終わらせる。それだけよ。」
「興味深いわね。その決意、どれほど続くのか見せてもらいましょう。」エリザベスが足を一歩前に進めた瞬間、彼女の瞳から赤い光がさらに濃密になった。
戦場の空気が一層張り詰める中、エリザベスがゆっくりと前進を始める。彼女の全身から放たれる赤い光が、まるで場を支配するかのように広がり、その威圧感に誰もが言葉を失っていた。
一方、ムラトは大男の異形と正面から向き合っていた。その刃は異形の鋼のような体をも切り裂くほど鋭く、大男の攻撃をかわしながら反撃の一撃を繰り出していく。大男の巨体が地面を揺るがせながら前進しようとするも、ムラトの動きは圧倒的に速く、機関銃の弾丸が彼に命中することはなかった。
「やるじゃないか……だが、これでどうだ?」大男の異形が地面に拳を叩きつけると、周囲の地面が爆発するように砕け散り、巨大な破片がムラトに向かって飛び散った。
しかし、ムラトはその破片の中を軽やかに跳躍し、空中から大男の首元に刃を振り下ろした。「お遊びか?」
刃が大男の首元を切り裂き、黒い液体が勢いよく噴き出す。その巨体がぐらりと揺れるが、大男はその傷を無視するように再び拳を振り上げた。
「あー、再生能力か……手間がかかるな」ムラトは舌打ちをしながら、大男に止めを刺す機会を伺う。
その時、大男の異形は再生する傷口をかばうように、巨大な腕でムラトを叩きつけようとする。しかし、ムラトは驚異的な反射神経でその攻撃を回避し、軽やかに後方へ跳躍した。
「再生能力だけで勝てると思ったら甘いな。」ムラトは不敵な笑みを浮かべながら、再び大男の周囲を素早く駆け回った。「ここまで鈍重なら、力を使うまでもない。」
彼の動きは、まるで影のように滑らかで速い。大男はムラトを捕まえようと懸命に追いかけるが、その巨体では到底ムラトの速さにはついていけなかった。
「子供みたいな速さだな。ネズミに追いかけられてるみたいだ」ムラトは冷ややかに笑いながら大男を嘲るように言った。「お前がいくら強い腕力を持っていても、その鈍重さでは俺には勝てない。」
大男の異形は怒りに燃えるような目でムラトを睨みつけ、さらに力を込めて機関銃を撃ちまくった。しかし、ムラトはその場に残像を残すようにステップを踏み、まるで彼がそこにいないかのような速さで大男の攻撃をかわしていく。
「力押しだけでは、この俺には届かない。」ムラトは静かに刃を構え直し、一瞬の隙を突くように再び大男の足元に斬撃を加えた。
その刃が触れるたびに、異形の肉体が切り裂かれ、黒い液体が周囲に飛び散る。
「ほら一本」
大男の異形は激しい怒りを込めた咆哮をあげながら、足元の痛みにもかかわらずムラトに向かって突進しようとする。しかし、その巨体はもはや足の傷によってバランスを崩していた。ムラトはその状況を見逃すことなく、素早く大男の背後に回り込む。
「一本、そして……」ムラトは低い声で呟きながら、再び刃を振り下ろし、大男の腰を深く切り裂いた。「これで終わりだ。」
その瞬間、大男の側頭部から血が凄まじい勢いで噴き出し、巨体が崩れ落ちた。
「あ?エリザベスお前やったな?」ムラトは刃を振り払いながら冷ややかにエリザベスに声をかけた。彼の背後では、異形の大男が地面に崩れ落ち、再生しようとする黒い液体もその勢いを失いつつあった。
エリザベスは微笑を浮かべたまま、リボルバーを指先でくるりと回して応じた。「あら、ごめんなさいね。わざとじゃないんだ。けど、あなたが倒すの遅すぎだから片付けるのを手伝っちゃったみたい」
ムラトは冷たい視線をエリザベスに送り、刃を納めながら短く言った。「手を出すなら最初からそう言え。俺一人で十分だった。」
「まぁまぁ、そんなに怒らないで。せっかくのゲームなんだから、少しくらい楽しまなきゃ損じゃない?」エリザベスは肩をすくめながら、不敵な笑みを浮かべた。
その時、崩れ落ちた異形の大男の残骸から、再び黒い液体が流れ出し、小さな渦を作り始めた。その光景を見たエリザベスは少しだけ興味深そうに目を細めながら質問する。「どうやって倒すと思う?」
ムラトは黒い渦を冷静に見つめながら、低い声で答えた。
「渦の中心を破壊する。それが再生能力の核だ。そこを狙えば、二度と立ち上がらない。」
彼の言葉には一切の迷いがなかった。彼は刃を握り直し、再び構えを取った。
エリザベスは微笑みを浮かべながら、リボルバーを軽く持ち上げて言った。「ピンポーン〜大当たり〜。さすが征服者さん、鋭いわね」
「舐めてるのか?」ムラトの声が低く響き、彼の目は冷徹な光を放っていた。
エリザベスは肩をすくめ、相変わらずの笑みを浮かべながら答える。「舐める?いやらしいわね」
「あ?なんて?」その場の空気が一瞬で冷え込んだ。エリザベスの軽口にムラトは冷たい視線を送りながら、刃を構え直した。彼の瞳には怒りとも呆れとも取れる鋭い光が宿っていた。
「まぁまぁ、そんなにピリピリしないでよ。紳士らしくらいわ」エリザベスは余裕を崩さず、黒い渦に目を向けた。「でも、あなたが核を破壊するところは見てみたいわ。お願いね」
ムラトは軽く舌打ちをしながら、大男の異形の残骸が作り出す黒い渦に歩み寄った。その刃が不気味な輝きを放ち、まるで獲物を仕留める瞬間を待つ猛獣のようだった。
「渦の中心だな……」ムラトは静かに呟き、力強く刃を振り下ろした。その動きは一瞬で、渦の中心部にある黒い液体を正確に貫いた。
その瞬間、黒い渦が激しく揺れ動き、周囲に衝撃波が広がった。異形の大男の再生能力の核が破壊され、渦が収束していく。残骸だった異形の体が一瞬にして黒い灰となり、風に流されるように消えていった。
「これで終わりだ。」ムラトは刃を振り払いながら冷たく言い放った。
エリザベスはその光景を見ながら満足そうに微笑んだ。「やっぱり素敵ね、あなたのその冷静さ。でも……これで終わりだと思わないでね。」
その言葉にムラトは眉をひそめ、彼女を睨みつけた。「どういう意味だ?」
エリザベスは再びリボルバーを回転させながら答えた。「これからが本番よ。あなたたちが本当にこの戦場で生き残れるか、見せてもらうわ。」
その言葉と同時に、霧の中から新たな影が現れた。それはこれまでの異形とは異なる、より異質で巨大な存在だった。その姿はまるで進化した異形の最終形態を思わせ、見る者すべてに圧倒的な恐怖を与えた。
「……まだ終わらないってわけか。」ムラトが低く呟いた。
「ええ、これが本当の『ゲーム』よ」エリザベスは冷たく微笑みながら、新たな異形の登場を歓迎するような仕草を見せた。
ムラトは眉をひそめながら、目を細めて彼女を睨む。「自分の獲物くらい、自分で処理する。」
エリザベスは肩をすくめ、挑発的に笑った。「まぁ、見ていて楽しかったから許してあげる。でも、もう少し綺麗に終わらせたらどう?」
一方で、レオナとエリザベスの間の緊張は極限に達していた。エリザベスが再びリボルバーを構え、ゆっくりと歩み寄ると、レオナもMP5に構えを取った。
「私はを止める。たとえ何があろうと。」レオナの声には揺るぎない決意が込められていた。
「その熱意、嫌いじゃないわ。でも、あなたにそれができるかしら?」エリザベスの瞳が一層赤く輝き、彼女の周囲の空気が歪むように感じられる。
突然、エリザベスが素早くリボルバーを放った。その弾丸は空間をねじ曲げながら進み、まるで生き物のようにレオナに向かって襲いかかった。
レオナはその動きに即座に反応し、剣を振るって弾丸を弾き飛ばす。「その手は読めている!」
「ふふ、面白い。」エリザベスは余裕の笑みを浮かべながら次々と弾丸を放つ。
「もしかして、手を貸しすぎたかしら?」
彼女は軽やかに笑いながら、ムラトと大男と対決する戦場を見下ろした。その態度は、まるで全てを支配しているという自信に満ちていた。
ムラトは刃を静かに下ろし、エリザベスを冷たく睨む。「お前、倒しきってないじゃん」
エリザベスは肩をすくめて見せ、「まぁまぁ、そんなに怒らないで。少しのハーフタイムを与えたからそれで勘弁してね」と気楽な調子で返した。その声には、挑発的な響きがあった。
その瞬間、ムラトが大男の背後に現れた。彼の手には黒い光を帯びた刃が輝いていた。「力だけでは勝てないって言っただろう?」低く呟くと同時に、大男の背中にその刃を突き立てた。
刃が異形の再生能力を妨害するかのように黒い光を放ち、大男の巨体が一瞬にして硬直する。ムラトは冷酷な目で大男を見つめた。
「これで終わりだ」
鋭い刃が音もなく空気を切り裂き、ムラトの一撃が大男の胸を貫いた。その瞬間、異形の巨体が激しい衝撃と共に地面に崩れ落ちる。黒い液体が飛び散り、地面に染み込むように広がる。だが、その液体の動きは次第に鈍くなり、やがて完全に止まった。
「これで終わりだ。」ムラトは冷徹な声で呟きながら、刃を軽く振り払った。黒い血が飛び散り、彼の顔に冷たい微笑が浮かぶ。まるで、この瞬間すら楽しんでいるかのような狂気がその瞳に宿っていた。
背後から静かな拍手が聞こえる。エリザベスだ。
「素晴らしいわ、ムラト。あなたの動き、無駄が一切ないのね。まさに芸術的だわ……でもあと一歩だったけどね」
ムラトは振り返りながら、エリザベスの言葉を受け流すように微笑んだ。その表情には、どこか挑発的な余裕が漂っている。
「あと一歩だと?」
「Yes―ー見てごらん」
ムラトがエリザベスの指差す方を振り返ると、大男の崩れた巨体が再び微かに動き始めているのが見えた。黒い液体がゆっくりと逆流し、その巨体に吸い込まれるように戻っていく。筋肉が再び膨れ上がり、破壊されたと思われた部分が瞬く間に再生していく。
「……なるほどな」ムラトは低く呟きながら構えを取り直した。その鋭い目は次の動きに備えて全身の緊張を高めている。
「彼らは一度や二度で倒れる存在じゃないのよ」エリザベスは冷静に語りながら、彼女の手の中に輝く小さな水晶を握り締めた。その水晶が淡い光を放ち始める。
「イかれてるな。こんなもんRPGゲームでしか見たことがないぞ。」ムラトは皮肉を込めて呟きながら、ゆっくりと距離を詰め始めた。その視線は決して大男から逸れず、再生する怪物を一瞬たりとも見逃すまいとしている。
エリザベスは微笑みながら水晶を掲げた。「ゲーム? これは現実よ、ムラト。私たちが生き延びたいなら、ここで奴を完全に消滅させなければならないわ。」
「だったら、お前のそのおもちゃでなんとかしてみせろ。」ムラトは冷たく言い放ち、大男の再生がほぼ完了したのを確認すると、再び刀を握り直した。彼の呼吸は一定で、まるで戦いの中心にいても心を乱されることがないかのようだ。
「それができるなら最初からやってるわ。でも、これはお互いの力が必要な相手よ。」エリザベスは呪文の詠唱を始め、水晶から放たれる光が次第に明るさを増していく。
「チッ、面倒なことだな」ムラトは舌打ちし、まるでエリザベスの支援を待つのが気に入らないかのように眉をひそめた。しかし、彼は自分一人ではこの化け物を完全に仕留められないことを理解していた。
「いくぞ!」大男が再び動き始め、今度はその目に禍々しい光が宿っている。再生するだけではなく、以前よりも強力な存在となっているようだ。巨体が地面を砕きながら突進してくる。
「遅いよ!」エリザベスが叫び、彼女の手元で水晶がより強烈な輝きを放つ。
ムラトは短く頷き、大男の攻撃をいなしながら正確無比な剣技を繰り出す。彼の動きはまさに一流の剣士そのもので、巨体の隙間を縫うようにして致命的な攻撃を繰り出していた。しかし、化け物の再生能力は彼の攻撃を嘲笑うかのように効力を薄めていく。
「早くしろ!」ムラトがエリザベスに怒鳴った瞬間、彼女の呪文が完成した。水晶が砕け散り、その破片が宙に舞い上がると、そこから眩い光の矢が放たれた。
「これが奴の核を破壊する唯一の方法!」エリザベスは光の矢を操り、大男の胸に向けて一気に放った。
大男の動きが一瞬止まり、異様な咆哮を上げながらその巨体が光に貫かれる。まるで世界そのものが揺れるかのような衝撃と共に、怪物は崩れ落ち、その黒い液体が今度こそ蒸発していく。
「おい……これで終わりか?」ムラトは息を切らせながら、刀を下ろした。
エリザベスは疲れた表情を見せながら、それでも微笑を浮かべた。「えーまだっぽい」
しかし、二人の耳に僅かな振動音が届いた。その音は地の底から響くようで、不吉な兆しを感じさせた。
「まだ何か隠してやがるのか?」ムラトは再び刀を握り、視線を周囲に巡らせた。
エリザベスは険しい顔をして呟いた。「ゲームの話、続きがあるとしたら……次は第二形態かもしれないわね」
ムラトは鋭い目つきでエリザベスを睨んだ。
「今第四形態だわ。間違えんな」
エリザベスは肩をすくめ、皮肉な笑みを浮かべた。
ムラトは鋭い目つきでエリザベスを睨んだ。「第四形態だと? ふざけてんのか?」
エリザベスは肩をすくめ、皮肉な笑みを浮かべた。「あら、ごめんなさい。時間の感覚が狂うほど、楽しいんじゃないかと思っていたわ。」
「楽しいわけあるか。クソッ、こいつらが何形態持ってるのか正直知りたくもない。」ムラトは不満を漏らしながら、周囲の異様な空気を感じ取ろうと集中を研ぎ澄ませた。
地面が微かに振動し、遠くから響く音が徐々に大きくなっていく。その音はどこか生物的でありながら、金属が擦れるような不協和音を伴っていた。明らかにただの余韻ではなかった。
エリザベスがそっと囁いた。「ムラト、もし第五形態が来るとしたら、私たちの計画を少し変更しないといけないわね。」
「計画?」ムラトは眉をひそめた。「聞いてないぞ、そんなもん。」
「そうね、言ってなかったもの。」エリザベスは静かに視線を上げ、その瞳には不気味な覚悟が宿っていた。「私が時間を稼ぐから、次はあなたが核を狙いなさい。」
ムラトは呆れたように鼻で笑った。「冗談だろ? さっきの一撃でさえギリギリだったってのに、次は俺がやれってか?」
「あなたならできるわ。」エリザベスは即答した。その声には揺るぎない信頼が込められていた。
「……信じてるなら文句は言わないがな。」ムラトはため息をつきながら、改めて刀を握り直した。「ただし、俺が倒れたら、次はお前が全責任を取れ。」
「そのつもりよ。」エリザベスは微笑み、手元に新たな呪文の陣を展開し始めた。
その瞬間、巨大な影が地面を突き破り、目の前に現れた。それは第四形態を超越した異形の怪物だった。以前の巨体よりもさらに大きく、そして不気味なまでに複雑な姿に変化していた。無数の触手と鋭い棘が体から伸び、見る者の心に直接恐怖を刻み込むかのようだった。
ムラトは冷静な顔を装いながらも心中で毒づいた。「第五形態だと? 冗談じゃねえ……」
エリザベスが声を張り上げた。「準備はいい? 今度こそ、本当に終わらせるわよ!」
「……次で終わりにしろよ」ムラトは一歩前に出ながら、全身を戦闘モードに切り替えた。
怪物の咆哮が響き渡る中、二人は最後の戦いへと挑む準備を整えた。
「本気出すか」
ムラトは低く呟き、体中に力をみなぎらせた。その瞳には、これ以上ないほどの覚悟が宿っている。
怪物は異様なオーラを放ち、周囲の空気を震わせていた。その巨体から発せられる威圧感は、これまでの戦いとは比較にならないほどだった。
「ムラトと言ったな。この俺に勝てると思うか?」
怪物の口が開き、人間のような声が不気味に響いた。その声は深く、地の底から直接耳に届くような感覚を与える。
ムラトは一瞬だけ目を細めたが、すぐに冷たい笑みを浮かべた。「おしゃべりな化け物だな。だが、俺は言葉より結果を重んじる主義なんでな。」
怪物が嘲笑するように唸り声を上げた。「結果だと? 面白い……ならば、その薄っぺらい覚悟、今すぐ叩き潰してやる!」
巨大な触手が勢いよく振り下ろされ、地面が砕け散る。衝撃波が広がり、空気そのものが唸りを上げるほどの破壊力だった。しかし、ムラトはそれを紙一重で避けると、地面を蹴って一気に間合いを詰めた。
「お前の手数が増えたところで、狙う場所は変わらねえ!」
ムラトの刀が閃き、怪物の触手の一部を正確に斬り落とす。その動きは流れるようで、まさに人知を超えた技術の結晶だった。
「流石!」背後でエリザベスが喝采する。
「そっちも早く倒せ!」ムラトは叫びながら、さらに深く怪物の核心部を狙い始めた。しかし、怪物はただの巨体ではない。その再生能力と無数の触手がムラトの動きを封じようとする。
「しつこい野郎だ!」ムラトは再び切り込むが、怪物の動きは先ほどよりもさらに洗練されていた。一撃を加えても、それをすぐに再生し、逆に隙を作ろうと攻撃を仕掛けてくる。
エリザベスはそんな状況を冷静に見つめ、ついに呪文を完成させた。「ムラト、次の攻撃がチャンスよ! この一撃に合わせて核を狙って!」
「おっけー!」ムラトは短く答えると、全神経を集中させた。
エリザベスの手から放たれた光の波動が怪物を直撃し、その巨体を一瞬だけ硬直させる。その隙を見逃さず、ムラトは全力で跳躍した。
「ここだ!」
ムラトの刀が怪物の胸部にある核を正確に貫いた。その瞬間、怪物が耳をつんざくような悲鳴を上げ、懐から手榴弾を取り出すと無理矢理に口に押し込んだ。
「あばよ!」
その言葉が途切れた瞬間、手榴弾の引き金が引かれ、爆発的な衝撃が広がった。周囲の空気が振動し、爆風がムラトとエリザベスを巻き込む。光と熱が一瞬にしてすべてを包み込み、周囲の地面が揺れ、破壊される。ムラトは爆風を受けながらも、瞬時に身をひるがえして背を向け、エリザベスを守るように体をかばう。
爆発の後、すべてが静寂に包まれ、煙と塵が立ち込める中で、ムラトはゆっくりと立ち上がった。目を細めながら煙を払いのけ、周囲を見渡す。残されたのはただの破壊された空間と、消し飛んだ怪物の痕跡だけだった。
エリザベスもその場に立ち、少し息を整えながら冷静に言った。「完全に消し飛ばされたわね。でも、あの一撃で本当に終わったのかしら?」
ムラトはしばらく無言で周囲を警戒しながら立ち尽くした後、低い声で答えた。「見れば分かるだろ?跡形も無く消えた。ただ、確認したいなら君が直接確認すればいい。」ムラトは冷静に言いながら、再び周囲を警戒しつつ、エリザベスに視線を向けた。爆風の中で彼の鋭い目は、消えた怪物の痕跡を追い続けている。焦ることなく、むしろ冷徹に状況を観察しているようだった。
エリザベスは少し考えると、慎重に前に進みながら辺りを見回す。「ふーん、確かに何も残ってないわね。『合格』っと言いたいところかしら」
彼女の言葉通り、周囲の空間は破壊され、あたりには黒い煙と塵が漂っているが、怪物の姿はどこにも見当たらない。爆発がすべてを消し去ったかのように見える。
「だろ?確実に木っ端微塵にしたからな」ムラトが小さく呟き、足元を見ながら慎重に歩みを進めた。
その言葉が途切れると同時に、ムラトは視線を前方に集中させ、確信を持ったようにうなずいた。爆風が収まり、煙が晴れた空気が少しずつ流れ込んでいく中で、彼は再び刀を構えた。
「んで、あの水色の少女をどうする?」
ムラトの声は冷静でありながらも、どこか危険な響きを含んでいた。周囲の煙が薄れ、視界が少しずつクリアになっていく中で、彼はエリザベスに向かって目を細めた。その目線は一瞬、焦点が合い、そして再び周囲を警戒しながら戻った。
エリザベスは少し沈黙した後、冷徹な表情で答えた。「彼女は……後回しよ。」
その言葉には、どこか意味深い響きがあった。水色の少女という存在は、戦いの中で一度も登場していなかったが、明らかに重要な役割を果たしている人物であることは彼女自身も感じ取っていた。だが、今はそれどころではない。
「後回し?」ムラトは眉をひそめ、少し不満げに呟いた。「今、戦いが終わったわけでもないだろう。あいつのことを後回しにしている間に、何か起きる可能性もあるんじゃないか?」
エリザベスはその言葉に対して軽く肩をすくめ、「そうね。美味しい物は最後まで取っととく。あの少女に対する試合はもう少し後にしないと、つまらないからね」と、再びその冷徹な表情を見せた。
ムラトはその言葉を黙って聞き、しばらく考え込んだ。確かに、目の前の脅威が完全に消えたわけではない。まだ何かが潜んでいる、もしくは隠れている可能性がある。それに、あの少女の存在が今後の戦いにどう影響を与えるのか、まだ完全に把握していなかった。
「分かった。」ムラトは一瞬ため息をつくと、刀を構え直して再び周囲を警戒し始めた。「だが、次は早めに片を付けろよ。」
エリザベスは無言で頷き、彼とともに周囲を見回しながら慎重に進んでいく。その姿勢からは、次なる危機に対する警戒心が強く感じ取れた。