あれは、風が歌っていた朝のことだった。
太陽がまだ半分眠たげに雲の端に腰かけているころ、谷の奥深くにある「ことりの宿」では、一枚の地図がテーブルの上に広げられていた。
「これが……“風の忘れ物”の地図だよ」
そう言ったのは、自由を愛し、いつもどこかへ旅に出たがっている青年――悠誠。彼の目は地図の中に吸い込まれそうなほど真剣だった。
「本当にあると思うの? “風の忘れ物”なんて」
隣に座る凪が眉をひそめた。彼女は誰よりも思慮深く、伝説と現実を切り分ける判断力を持っていた。でも――彼女の胸の奥にも、どこか、まだ名前を知らない“希望”が揺れていた。
「あるさ。信じる心が、道になるんだ」
ぽんと背中を叩いたのは、いつも軽口ばかりのゆうきだ。誰かに何か言われてもすぐに水に流すその性格は、旅に出る仲間の緊張を和らげるのに十分だった。
「ふふ、じゃあ、さっさと準備して出発しないとね! あたし、早起きしたから寝ぐせ取ってくるね!」
そう言って部屋を飛び出していったのは、忘れっぽいけれど行動力なら誰にも負けないかなこ。テーブルの上には彼女のパンの欠片が散らばっていたが、誰もそれに突っ込まなかった。いつものことだからだ。
「ルート確認完了。必要物資は僕とだんごが整えてある。五分後に玄関前に集合を」
冷静に言葉を告げたのは、えいじ。どんな状況でも慌てない彼の存在は、まるで隊の司令塔のようだった。
そしてその隣では、まなみが空を見上げながらつぶやいた。
「風が、呼んでる。今日、きっとなにかが始まる」
「……そういうの、記録しておきなよ」
ぽつりと呟いたのは、さとし。静かにノートを取り出して、まなみの言葉をそのまま書き留めていた。
そして、最後にぬっと現れたのは、リュックを背負っただんご。彼は黙って指を一本立てた。
一分早い到着――それが、だんごなりの「準備万端」の合図だった。
こうして、七人と一匹(実はかなこのリュックに小鳥のピッピが乗っている)の旅が始まった。