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出席番号0番
出席番号0番
乾為天女
ホラー都市伝説
2025年05月09日
公開日
1.6万字
連載中
舞台はごく普通の地方高校。しかしその教室には、いつからか「誰も座っていないのに空気だけがある席」がひとつ存在していた。出席番号0番――それは存在しないはずの番号。けれど“誰か”がそこにいたという記憶だけが、生徒たちの中にかすかに残っていた。 主人公・陸人と仲間たちは、ある深夜、校舎裏の廃屋で奇妙な現象に遭遇する。その日を境に、出席番号のズレ、音のしないチャイム、記録の抜けた名簿、校内放送に混じる知らない声――“名を呼ばれなかった存在”が徐々に現実に干渉を始めていく。

第一章 それは午前0時にしか見えない

 風が通り抜けた後の街は、空っぽの箱のように音を失っていた。

 住宅街に面した坂の途中、小さな廃屋がひとつだけぽつんと取り残されている。窓は板で打ちつけられ、壁には「立入禁止」の貼り紙が何枚も重なっていたが、誰かが剥がしたのか、真ん中の一枚だけが剥き出しになっていた。

 陸人は、その貼り紙の前に立っていた。

「本当に、ここに……出るっていうのか?」

 スマホの時刻は、23時56分を示している。日菜の話では、0時ちょうどの一分間だけ、この家の二階の窓に“何か”が映るという。

 正体を見た者はいない。なぜなら、それを見た人間は皆、翌日には姿を消すから――そう噂されていた。

「ちょっと、やっぱりやめようか?」

 後ろから声をかけたのは日菜だった。手には懐中電灯。だがそのライトの先は地面を照らすだけで、目の前の家は照らしていない。彼女もまた、本気で怖がっているようだった。

「行くって言ったのは、日菜のほうだろ?」

「そ、それは……。でもあんた、あたしのこと“怖がり”って笑ったじゃん」

「……笑ってないし。そういうの、確認しておかないと気が済まない性格だって知ってるだろ」

 陸人の言葉に、日菜は視線を逸らした。

 二人は中学の頃からの付き合いで、怖いものを見つけると、なぜか一緒に行動するのが癖になっていた。陸人は誰かの気持ちに巻き込まれやすい。だから、日菜の“やってみたい”に対して、たいてい断れないでいる。

 時計は23時59分を回った。

「……もう戻れないね」

「まだ戻ろうと思ってるのかよ」

 言葉とは裏腹に、陸人の心臓もばくばくと高鳴っていた。

 何かが起こる、というより、“何も起こらなかった時の静けさ”が一番怖かった。

 ぴたりと、世界が止まったような気がした。

 0時。

 二階の窓が、かすかに光った。――見間違いではない。

 月明かりとは違う。ガラス越しに何かが動いた。

「見た……?」

 日菜が小さな声で尋ねた。

 陸人は、無言でうなずいた。

 だがそのとき、ガサリ、と後ろで草を踏む音がした。

 慌てて振り向いた先にいたのは、海夏人だった。手には三脚付きのカメラを持っている。

「やっぱり来てたか。二人だけで見るなんてズルいぞ」

「お前、ついてきてたのかよ」

「ま、ちょっと興味があってね。ここの話、昔から地元じゃ有名だったから。あとで映像確認するから、しっかり撮れてるといいけど……」

 彼は冷静だった。

 だがその表情の端にも、確かに“異物”を見たという確信が浮かんでいた。

 その夜、彼らは“それ以上”のことは起きないと判断し、帰ることにした。

 だが翌日――

 クラスメイトの一人、佐紀子が学校に来なかった。

「……昨日の夜、あの家の前に立ってた。誰かと一緒にいたけど、誰だったか思い出せないの」

 詩旺埋がそう言ったのは、放課後のことだった。

 鼓大郎と克宣もその場にいたが、言葉を失っていた。

 佐紀子はあの夜、陸人たちの知らぬ間に、同じ場所を訪れていたのだ。

「“それ”って、見たら連れていかれるんだよな……?」

 克宣が唾を飲む音がはっきり聞こえた。

「でも俺たちは何もされてない。……それに、海夏人のカメラに、映ってるんじゃないか?」

 皆の視線が一斉に海夏人へ向く。

 彼は静かにうなずいた。

「今夜、確認するよ。だけど……見たことを、他のやつに話すのはやめた方がいい」

「なんで?」

 鼓大郎が問い返した。

「“それ”は、自分のことを話されたくない。……そんな気がした」

 誰かが口を開きかけたそのとき、教室の窓の外に、ふと――“誰かが覗いている”気配がした。

 終


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