その日、バイトはないので朝比奈の家を訪ねていた。
訪ねたんだけど。
まずかったんだろうか。
「ねえ、真昼君。下着取ってくれないかしら。流石に裸じゃまずいでしょう」
「えー、下着つけちゃうのかよ。真由さんは生まれたままの姿が一番綺麗なのにさあ」
「そうかしら。それじゃあ、もう少しこのままでいようかなあ。真昼君にそんな風にいわれたら、下着なんてつけられないわ」
「うんうん。今何か飲み物持ってくるから、座っててくれよ。田島もな」
朝比奈も真由さんという若い女性も全裸である。俺はどこに目をやっていいのかわからずに、ただ俯いていた。そんな俺に差し出されたのはマグカップに入った豆乳。朝比奈は何も出来ない男で、お茶の入れ方も知らない。牛乳より豆乳が好きなので豆乳を出している、それだけだ。朝比奈は俺の目の前に座ると胡座をかいた。いやいや、それでは貴方様の大事なブツが丸見えでしょうよ。それとも見せたいのか、変態なのか。まあ、全裸で客を迎えている時点で正気ではない。そんな正気ではないこの男に相談事をしようというのだから、俺も正気ではないかもしれない。
「あの、朝比奈。その、あの。実は相談があってきたんだ」
「相談か。残念ながら、俺もお前に貸してるほど余裕ねーんだよな」
「お金の相談じゃないよ。それが、涼のことなんだ」
「ふーん、涼のことで相談か。何だ、肩を抱かれてキスでもされたか?」
「え、何で知ってるの」
「そうなのか。冗談のつもりだったんだけどな」
「あら、肩を抱かれてキスなんていいじゃない。私もされたいわ」
「真由さん、俺がしてやるからちょっと待っててくれ」
えー、今がいい。などとじゃれ合う二人。やっぱり、朝比奈が全裸で迎えてくれた時点で帰るべきだった。まさか女性までいると思わなかったから上がったんだけど。今、猛烈に後悔している。俺はとりあえず変な緊張で渇いた喉を豆乳で潤す。朝比奈は今現在全裸の女性といるわけだけど、男の方も歓迎なタイプなので、相談するには適任かと思ったんだけど。
「田島はどう思ったんだよ。キスされて。あるだろ、嫌だったとか気持ち悪かったとか、鳥肌が立ったとか寒気がしたとか」
「何で全部否定する感じなんだよ」
「あら、それじゃあ嫌じゃなかったのかしら。むしろときめいちゃってどうしていいか分からないとか、そういうこと?」
「ときめいたっていうのかどうかは分からないけれど、嫌な感じはしなかったかな、正直」
「じゃあ、もう一度キスしたいと思うか?」
「え、それはどうなんだろう」
真由さんは均整のとれた肢体を隠すことなく、俺のことを覗き込む。朝比奈は話を振るだけ振っておいて、ずるずると豆乳をすすった。俺は考え込んだ。もう一度キスしたいかどうか、か。積極的にしたいとは思わないけれど、もうしないっていわれたらそれはそれで寂しいのかも。寂しいっておかしいのかな。でも、涼が急に冷たくなったら寂しいだろうな。でも、それは質問の答えとは違うし、本当にどうなんだろう。キスしたいのかしたくないのか、全く分からなかった。
「なあ、キスされた後に涼のところには行ったのか?」
「行ったよ。涼はいつも通りで俺だけ気にしてるのはおかしいのかなって思ったけど。だから相談に来たんだよ」
「あらあら、行ったの。付き合ってるわけじゃない男からキスされたわけでしょう?」
「普通は行かないよな」
「え、行くよ。仕事だし」
俺の言葉に二人はきょとんとしていた。たとえどんなに嫌なことがあっても行かなければならないのが仕事だろうと思っている。涼のことは嫌なわけじゃないから行かないという選択肢はない。
「何だあ、悩み相談を横から眺めて楽しもうと思ってたけど、もう答えが出てるんじゃない」
「えっ、答え出てますか。俺、まだ悩んでますけど」
「田島、お前本当に鈍感だな。普通、キスされたら嫌だろ。それが嫌じゃないんだから、何とも思ってないわけないだろ。キス以外に何かされてないか?」
「何かって、何もされてないよ。スキンシップは濃いなと思うけれど、それはハーフだからかなって思うし」
「ハーフだって好きでもない相手、しかも男に濃いスキンシップなんかしねーよ。それをされて嫌じゃないお前は涼に好感以上のものを持ってるってことだ」
「そうかなあ」
「まあ、頑張れ。つかず離れずでいるなり、くっつくなり好きにしろよ」
涼と付き合うってことか。男と付き合うってどうなんだろう。朝比奈にそういうところも聞きたいけれど、もう解決したということで朝比奈と真由さんが絡み合っている。もう聞ける状態じゃない。これは自分で判断しろってことか。まずは涼のことを本当に好きかどうか、ゆっくり考えてみようか。分からないで誤魔化していけることじゃないから。
俺は裸の二人に背を向けて、朝比奈のマンションを後にした。