その日は日曜日。涼と話している間に翔が俺のアパートの部屋を掃除しておいてくれるというので部屋の鍵を預けていた。涼は相変わらずスキンシップが濃くて、ときどき冗談のようにキスをする。俺はそれが嫌ではなくて、気がつくと待っているようになった。朝比奈と真由さんにいわれてじっくり考えたのだけれど、やっぱり俺は涼のことが好きみたいだ。会う度に胸が高鳴るのだから、好き以外のなにものでもないだろう。いくら俺が鈍くたって、そのくらいは分かる。ただ、問題は好きとは分かったものの、これからどうするかということだ。
「敏、敏。どうしたの、今日はぼーっとしてるね。俺といるのはつまらないかな?」
「ここのところ寝不足続きでぼーっとしてるんだよ。つまらないなんてことはないから安心して」
「寝不足続きなんだ。ホットミルク飲むとか対策はしてる?」
「ホットミルクかあ。考えもしなかったなあ。今晩はホットミルク飲んでみようかな」
「今晩はホットミルクを飲んでも眠れないかもしれないよ?」
「眠れないって、どうして」
「どうしてだろうね。そのうち分かると思うよ」
涼は意味ありげに微笑んだが、そのうち何が分かるというのだろう。そのうちというのだから、今は考えても無駄なのかもしれない。一旦そのことを考えるのはやめにした。しかし、涼は俺の寝不足の意味が分かってるんだろうか。涼のことを考えていて寝不足になってるんだけど。涼の方は俺のことをどう思っているのか。俺に抱きついたりキスをしたりするわけだし、それなりに俺のことを思っていてくれるんだと思う。ただ、冗談めかしてばかりなので、どこまで本気かは分からない。
「翔が掃除に行って結構経つよね。そろそろかな」
涼がそういってしばらくすると、廊下で物音がし始めた。俺がドアの方を見ると、涼は廊下を見ておいでよといった。涼はずっと笑みを浮かべている。もしかして、何か企んでいるのだろうか。企むといったって、何をどうしようというのか。俺は取り敢えず廊下の物音が気になったので、ドアを開けてみた。すると、廊下にたくさんの荷物がおかれていた。
ん?
この棚、見たことあるな。こっちの置物とか、俺が昔買ったものによく似ている。他にも、服や本などが積んである。服も本も見たことがあるものだ。もしかしなくても、これは俺のアパートにおいてあった荷物じゃないんだろうか。ちょうど翔と円城寺家の末の弟の輝が大きな棚を運んできた。
「翔、これは」
「いや、恨まないでくれ。涼に頼まれて仕方がなくやったんだ」
「涼、どういうこと?」
「いや、敏と一緒にいたかっただけだよ。せっかく荷物を運んでもらったことだし、俺の部屋に荷物入れて一緒に住まない?」
「え、聞いてないよ」
「いってないもの」
翔が掃除してくれるなんておかしいと思ったら、俺の荷物を運び出すためだったのか。確かに、一緒に住めばずっといられるけれど、いきなり同棲ってありなんだろうか。涼は俺の返事を待っているようだ。どう返事をするべきだろうか。俺は少し悩んだ。迷惑にはならないのかとかいろいろ考えたけれど、発案は涼で翔も計画に乗っている時点で迷惑ってことはないんだろう。
「うん、わかった。俺、ここに住むよ」
「ありがとう敏。やっと俺の想いが届いて嬉しいよ」
「やっと。会ってからまだそんなに経ってないと思うけど」
「再会してからはね。俺、中等部と高等部の生徒会の交流会があったときに敏に会ってるんだよ。生徒会の役員やっていたでしょ」
「やってたよ。中等部の生徒会との交流会なんてあったっけ」
「あったよ。そのときに俺一目惚れしたんだよ。めちゃくちゃ可愛いなあと思って」
そうだ。三年のときに中等部との交流会があったな。涼はいただろうか。記憶の糸を手繰っていくと、記憶の片隅に当時高等部の生徒会長だった朝比奈と盛り上がっていた生徒がいたのを思い出す。確か、金髪に近い茶色の髪をした美人。そうか、それが涼だったのか。何で覚えていなかったんだろう。こんな目立つ生徒普通は忘れようと思っても忘れられないだろうに。
ああ、思い出した。あのときは進路のことで親ともめていて、それどころじゃなかったんだ。だから、その辺りの記憶が薄いんだ。
「うん、思い出したよ。忘れていてごめんね」
「いいんだよ、思い出してくれれば。これからは敏と一緒にいられるんだし、文句はないよ。今晩が楽しみだね。寝不足のところ悪いんだけど、今日も寝られないよ」
「え?」
「その意味が分からないほど子どもじゃないでしょ」
俺はその意味に気付いて顔から火が出そうだった。涼って俺とそういうことがしたいってこと。いや、俺だって嫌なわけじゃないけれど、こうもはっきり宣言されると赤面して固まる以外ない。俺が頑張って笑ってみせると、涼は満面の笑みを浮かべた。