自室へ戻ったのは日付が変わってからだった。
涼と敏の話を聞いて、洗濯をしながら軽く掃除をし、明日のお弁当とおやつの支度をしたらこの時間である。涼と敏についてはあれでよかったのだろうか。話を聞くつもりだったが、そもそも和解する気がなさそうだった。元凶の涼には謝る気はないし、敏はそんな涼を許さないだろう。困ったものだ。涼が一言謝れば敏も受け入れると思うんだが。なかなか、上手くはいかないものだ。何も出来なかった俺は何だか罪悪感を覚えている。
ベッドで少し本を読んでから寝ようか。気分転換しないと眠れそうにない。ちょうど昨日一冊読み終わっていて、新しく買った本の中から気に入ったものを手に取った。ベッドの上に寝転がると、部屋のドアがノックされる。また何か問題が起きたんだろうか。出てみると、パジャマ姿の涼が立っていて、少し疲れている様子だった。
「涼、どうした」
「中に入っていい?」
招き入れると、涼は迷うことなくベッドの端に座った。俺は頭を抱える。まだ仲直りしてなかったのか、この二人は。俺はため息を吐きながらドアを閉め、涼の隣に座った。涼は肩を落として深く息を吐く。
「どうしたんだ?」
「泣くんだよ、敏が。どうしていいか分からないから逃げてきた」
「涼が一言謝れば丸く収まることなんだぞ。敏がいながら別の女とキスしてたんだろ。そりゃ敏も怒るよ」
「そうなのかな。気に入った子とキスして何が悪いの。敏のことは好きだけど、その子も気に入ったんだもん、しょうがないじゃないか」
根本的に、涼は恋人を複数作ることを悪いと思っていない。それが問題なのだ。敏にはそれを許すことは出来ないのだろう。涼と付き合うってことは浮気は覚悟の上でないと無理なんだが、敏との仲は急速に発展したのでその覚悟がないまま付き合うことになってしまった。そこが問題なんだろうなあ。涼に誰か一人を好きでいろっていうのは難しい話だし、そこを敏にどう説明するかなんだろうなあ。一度敏と話をした方がいいだろうか。
「泣かなくてもいいじゃんね」
「涼、敏を大事にしないと逃げられるぞ」
「それは嫌だなあ。せっかくいい関係になれたのに」
涼は黙ってしまった。流石に敏がいなくなるというのは嫌だろう。少しは謝る気になっただろうか。俯いているし、流石に反省したか。と思いきや、俯いた涼の視線は俺の本に落ちていた。俺が読もうとしている本に興味が移ったらしい。本を手に取るとぱらぱらとめくり、興味をなくしたのかすぐに横に置いた。こういう移り気なところも魅力ではあるんだろうが、浮気はよくない。何をいったら涼の心に響くだろう。そんなことを考えていると、涼が俺にもたれかかってきた。
「ねえ、翔。寂しいから抱いてよ」
上目遣いの涼が妙に色っぽく見えた。こういうときほど冷静にならなくてはと思うが、心臓が騒がしい。全身に力が入ってしまう。涼は明確に認識しているのかは分からないが、本能的には分かっている。俺が涼によからぬ感情を抱いていることを。思わず触れたくなる衝動をぐっとこらえる。
「寂しいからってなんだよ。寂しいなら敏のところに戻った方がいい」
「俺は翔のそばにいたいよ。今夜は泊まっていっていいでしょ」
「よくないだろ。敏が一人で部屋にいるんだぞ。戻らないと」
「だって、敏が泣くんだもん。俺、どうしていいか分かんない」
「謝ればいいんだよ、難しいことじゃない」
涼の眉間にしわが寄る。これは謝れといい過ぎたかな。涼はストレスを感じているようだ。涼はストレスがたまると体調を崩すことが多い。今回もそうならなければいいのだが。と、甘やかすのがまたよくないのかもしれない。
涼の吐息が首筋にかかる。涼の体調のことでも考えていないと、理性が持っていかれそうだ。俺とは違う淡い茶色の髪に触れかけて、やめた。
「ねえ、翔。抱いてよ」
「抱いてといわれてもな、俺たちは兄弟なんだぞ、分かっているのか?」
「分かってるよ。でも、兄弟だから何。いいじゃん、別に」
「よくないだろ。敏に抱いてもらえよ」
「よくない意味が分かんないんだよ。何でみんな怒るのかなあ。とにかく、今夜はここに泊まるよ」
涼はそういってベッドに横たわった。敏のところに戻るようにという俺の意見なんか聞いてくれないんだろうな。敏が泣いているから戻れよ、という俺。でも、本当は理性が持たないから戻ってくれと思っているのだから、俺の方も十分身勝手だ。今までも、涼は何かあるごとに俺の部屋に泊まっていった。俺がそれを毎回受け入れていたのがいけないんだと思う。いつも理性を保つのに苦労していたけれど、今日は特別苦労しそうだ。あんな上目遣いで見たらダメだろ、反則だ。
俺は涼が寝てから、リビングで寝ることにした。