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第9話 秘めた想い・4

 気が付くと朝だった。

 どうやら小早川の店で気を失い、坂戸が家まで運んでくれたようだ。坂戸は気を遣って、俺をリビングに寝かせて帰ったらしい。迷惑をかけてしまったな。あとで謝っておかなければならない。そう思いつつ、自室の涼の様子を見に行くと、何だか顔が赤く唸っている。まさかと思って熱を計ってみると、三十九度の熱があった。ストレスが極限に達したのか、風邪でも引いたのか。どちらにしろ、よくない状態であることに変わりはない。病院に連れて行った方がいいのは分かるが、俺はどうしても出なければならない会議がある。どうしたものかと考えた結果、俺は敏に頼むことにした。


「敏、起きてるか?」

「うん、起きてるよ。どうしたの」


 ドアを開けると、昨夜も泣いていたのか腫れぼったい目をした敏が身支度を整えていた。お前が涼を早いところ許していれば、涼は熱を出さなかったかもしれない。そんな考えがふっとよぎって自己嫌悪に陥る。俺は何を考えているんだ。今回の件で悪いのはあくまで涼だ。涼が謝るべきであって、敏に責任はない。分かってはいるが、それでもちらつく考え。俺は嫌な奴なのかもしれない。


「実は涼が熱を出したんだ。だが、俺は今日どうしても出なければならない会議があって病院にはつれていけない。もしよかったら、敏が連れて行ってくれないか」

「熱、どのくらいあるの?」

「さっき計ったとき三十九度あったよ」

「風邪かな。何か別のものに感染しているといけないから、俺が病院に連れていくよ。昨日の夜は熱なかったの?」

「それが、昨日は飲みに行っていて気が付かなかったんだ。朝起きて様子を見たら、もう熱があったんだよ」


 情けない。俺が涼をおいて飲みにに行ったばかりに、熱出してるのに気が付けなかったなんて。兄、失格だよな。いろんな意味で失格だ。敏は身支度を整え終わると、俺の部屋へ向かう。俺はただその後をついて行った。


「涼、大丈夫」

「あ、敏。大丈夫、何かふわふわするけど」

「全然大丈夫じゃないよっ。今日病院に行こう」

「嫌だよ、病院は嫌い。寝てれば治るから」

「ダメだよ。最近はいろんな感染症が流行っているからね。病院に行ってちゃんと検査してもらおう。熱を放っておいて肺炎にでもなったら大変だよ」

「うん。分かったよ。敏がそこまでいうのなら行くよ」

「病院が開くまでにはまだ間があるね。それまで少し冷やそうか」


 敏に保冷剤か何かがないか聞かれ、俺はキッチンに保冷剤を取りに行くことにした。さっきの涼と敏の会話を思い出す。涼は病院嫌いである。その涼がこんなに素直に病院に行くというなんて驚きだ。俺がいっても絶対に首を縦に振らなかっただろう。敏だから、なのだろうな。ありったけの保冷剤を持って戻ると、涼がうっすらと笑っていた。俺といるときには見せない穏やかな笑顔だ。涼のこんな笑顔を見たのは久し振りな気がした。


「敏、保冷剤持ってきたぞ」

「これをタオルでくるんで、首と脇の下と股に挟む、と」

「そうだ、涼は朝ごはん食べられそうか?」

「いらない」

「じゃあ、お粥にしような。もうすぐ輝も起きてくるだろうし、朝ご飯の支度をするよ。敏は涼についててくれ」

「分かったよ」


 部屋から出ると敏が追いかけてきて、こそっといった。


「朝ごはんいらないなんていってるけれど、お腹は空いてるはずだから、何が食べたいのか聞いておくから」

「悪いな」

「ううん、いいんだよ。少しでも食べた方がいいからね。ただでさえ、涼は少食なんだから」


 何だろう、この虚しい感じ。涼が俺の手を離れて、敏のものになってしまった。いや、事実そうなのだが。分かっていることなのにツラい。それでも、朝ごはんの支度をしながら弁当を詰める。緊急なので、涼のお粥は冷凍してあったごはんを使う。


「翔、涼が鮭フレークと目玉焼きが食べたいって」

「ああ、ありがとう。そうだ、敏にいっておくことがある。病院で検査しても何も出ない可能性があるんだよ」

「それはどういうこと?」

「涼は昔からストレスに弱くて、強いストレスがかかると熱を出すんだ。だから、病院で検査して何も出なかったらストレスの可能性がある」

「ストレス。それは俺のせいかな」

「原因は涼だからな。謝らなかった涼の自業自得だよ」


 俯く敏。遠くで涼が敏を呼んでいる。そう、涼が呼ぶのは俺じゃなく敏だ。涼をあんな穏やかな笑顔にしたのも敏。最初から勝負にもなっていない。俺は涼の兄でいた方がいい。俺が男として涼を抱きたいと思うのは身勝手なことなんだ。俺が涼を求めたとして、涼は拒まないだろうし、表面上は嬉しそうにするだろう。だが、涼自身は気付いていないかもしれないが、涼は敏を求めてる。すぐにはこの想いを消すことは出来ないかもしれない。欲望に負けそうになるかもしれない。でも、俺は兄でいると決めた。この想いは秘めたままで。

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