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第10話 不器用な恋心・1

 昨日、円城寺から連絡がきた。おかずを作りすぎたのでお裾分けをしたいとのことだ。あそこの家は円城寺家の三人の他に、涼の恋人の敏、向かいに住んでいる風都家の面倒を見ているため、多少作りすぎても食べてしまう。ということは、わざわざ食べる分より多く作ったということだ。円城寺はときどきこうしておかずを作ってくれることがあるが、その多くは謝罪だったり感謝を表すときだ。俺は何かしただろうか。

 円城寺家に車を止めると、向かいの風都家の次男のあとりが出てきた。綺麗な赤毛を後ろでちょんと結んでいる、ちょっとキツめだが綺麗な顔立ちの少年だ。


「あ、ユキちゃん。珍しいね。今日はどうしたの?」

「円城寺がおかずを作りすぎたから取りに来いっていうから来たんだ」

「この時間じゃ翔はいないよ」

「円城寺の奴がいなくても誰か一人くらいいるだろうと思ってな。誰もいなければ郊外を流して時間潰しをするつもりだった」

「ふうん、そうなんだ。おかずの件は輝に聞いてみれば分かるよ」

「あとりは円城寺家にいたのか」

「うん、放課後はだいたい円城寺家にいるよ。おやつも出るし、部活があるわけでもないし」


 あとりはそういって笑い、俺を円城寺家に導いた。相変わらず広い家で、掃除が行き届いている。リビングの方からは明るい笑い声が聞こえてきた。どうやら、あとりのいとこの水鳥と円城寺家の末の弟の輝がいるようだ。何だか騒がしくなりそうだな。げんなりしつつも、あとりと一緒に過ごすことはそうそうないので、少し楽しみだ。リビングでは水鳥と輝が勉強道具を広げていた。勉強が進んでいるかというと、そうでもなさそうに見えるが。輝は俺の姿を見ると立ち上がってキッチンにお茶を入れにいく。


「ああ、おかずの話なら聞いてるよ。けどさ、それを渡す前に僕たちの勉強を見てほしいんだけど」

「ユキちゃんに教えてもらうんなら確かだもんね」

「お願い出来るかなあ。俺一人で水鳥と輝の勉強見るの大変で。俺自身の勉強もあるし」

「仕方がないな。どこが分からない?」

「はーい、僕は数学全般が分かりません」

「水鳥はそれでいて物理が出来るんだから不思議だよね」

「数学は数学、物理は物理」

「おいおい、水鳥お前どっかの天才みたいないい方するな」


 輝が入れたての紅茶を運んできた。茶菓子はプレーンとココアのクッキーだ。たぶん、これは坂戸の作ったものだろう。あの男、でかい図体していながら趣味がお菓子作りで、よくいろいろな人に配っているのだ。円城寺家ではよく紅茶を飲むらしいので、しょっちゅう差し入れしていると聞く。紅茶で一息ついてから、勉強を開始する。


「うんと、ここなんだけど」

「何だ、もう受験勉強してるのか、あとり。まだ二年になったばかりだろ」

「自習してたら進んじゃったんだよ。それに、ユキちゃんだって俺くらいのときには受験勉強してたでしょ」

「まあな。水鳥は教えてほしいところはないのか?」

「うん、分からないところだらけということが分かったよ、今」

「そういいながら結局それなりに点数取ってくるから怖いんだよね、水鳥は」

「だって、輝に負けたくないもん」


 ライバル関係とはいいものだ。俺たちも高校のときは成績を競ったものだ。俺は結局一度も一番を取れなかったな。懐かしい。ふと、あとりの手が止まった。細く長い指でペンを回し、もう片方の手で前髪をかきあげる。不覚にもときめいてしまった。伏せ気味のまつげが長い。とにかく、綺麗なのである。この心の動きを水鳥や輝に読まれないようにしなくては。この二人は異様に鋭いのだ。


「ここの計算式これで合ってるのかな。自信がない」

「ああ、合ってるぞ。何だ、自信がないだけで出来てるじゃないか」

「ねえ、水鳥。この助動詞の意味なんだと思う?」

「おい、くれぐれも古文だけは俺に聞くなよ。英語数学理科だけにしてくれ」

「えー、英数理だけなの。英語は全員喋れるから、実質数学と理科しか聞けない。古文だって出来るくせに」

「出来なくはないが自信がない。あれはマミの専門だ。嘘を教えるわけにいかんからな」

「ユキちゃんは嘘は教えないでしょ」


 あとりはそういって笑うと紅茶を飲んでリラックスしていた。俺の頭は理数系に出来ているのだ。そりゃ受験勉強のときに古文もやったが、それももう十年くらい前の話で、今ではうろ覚えである。古文書まで読めるマミとは違うのだ。あとりは俺が理数系なのを分かっていて、数学と物理を中心に聞いてくる。水鳥と輝はお互いに参考書を片手に教え合っていた。俺はあとりに主に教えることが出来たが、これは罠か。あとりに教えさせようとしているのか。いや、そこまで気を遣ってくれるなら、いっそ二人でいなくなってくれ。そんなことは顔に出さず、俺は物理の問題を解いていくのだった。

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