俺はクッキーを食べながら紅茶を飲んだ。不味そうな顔をして食べていると三人にさんざん笑われてしまった。俺は昔からものを不味そうに食べるといわれている。お前のために飯を作りたくないと何回いわれたことか。まあ、そんなことはいい。勉強の方もだいぶ片づいてきたようで、多少はぴりぴりしていた空気がマイルドになった。そのとき、どこからかスマホの鳴る音が聞こえてくる。どうやら音の方向から察するに、あとりのスマホが鳴っているようだ。
「あとり、スマホが鳴ってるぞ」
「ほんとだ。何だろ。はいはい、ちょっと向こうで話してくるね」
あとりはそういって、スマホを持って廊下に出て行った。しかし退屈している暇はない。まだ水鳥の課題が終わっていないのだ。
「ユキちゃん、この問題ダメだ、ギブだよ。参考書見ても意味わかんないし」
「どれどれ。水鳥、これは代入する数字が間違ってるんだ。問題文をゆっくり読めば出来るはずだ」
「ただいま」
「あとり、何だったの?」
「夕羽斗からでさ、今から来てほしいって。何だか急ぎみたいだから行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
あとりは友人から連絡がきたらしく、荷物を手早く片づけるとお先にといって去っていった。せっかくあとりと過ごせたんだが、友人が急ぎの用事だというのだからしかがない。思わずため息を漏らしてしまった。すると、輝が紅茶のおかわりを入れに立ち上がった。水鳥はまだ先ほどの問題とにらめっこしている。そろそろおかずをもらって帰ろうかと思っていたのだが、紅茶を入れるならもう少しいなければならないだろう。
「ユキちゃん、アピールが足りないよ。全然足りないよ」
「アピールって、何のアピールだよ、輝」
「とぼけないでよ。あとりのことが好きだっていうアピールだよ。あとりは最近女の子と別れたばっかだからチャンスだよ」
「あとり、自分より顔の綺麗な男は嫌っていう理由でフラれたらしいんだよね。うちの可愛いいとこを慰めてあげてよ」
「何をいってるんだお前らは」
「え、ユキちゃんあとりのこと何とも思ってなかったの?」
「それは」
何とも思ってないなんてことはない。むしろ、何とも思っているから問題なわけで、あとりがフラれた話にも興味はある。だが、それを顔に出したらアウトだろう。この高校一年生コンビと同レベルでどうする。けど、フラれたのか。自分より顔が綺麗だからっていう理由は相当理不尽だ。あとりが落ち込んでなければいいんだが。などとあとりのことを思っていると、水鳥と輝が俺の顔を覗き込んできた。
「おいおい、あんまり大人をからかうなよ」
「大人ならさ、包容力ってヤツであとりのことを受け入れてあげてよ。まさか子ども相手だからどうのこうのとか、理不尽なこといわないでしょ」
「本当に好きなら、大事にするさ。年に関係なくな」
「それは今のところ本気で好きなわけじゃないってことかな。それとも、今の時点では自分の気持ちがはっきりしないってことかな。誤魔化さず正直に答えて」
「うん、現時点では何ともいえないな」
「そうなんだ。ユキちゃんってあとりのことが好きなんだと思ってた。輝もだと思うけど、見た感じ両想いに見えてたんだけどな」
水鳥はどこか残念そうにそういった。両想い。俺は勝手にあとりのことを想っているが、あとりはそうではないだろう。水鳥と輝の見立ては間違っていたということになる。あとりには最近まで恋人がいたんだし、まだ誰が好きとかそういうことはないんじゃなかろうか。それともあとりが誰かのことを好きなまま、女の子と付き合っていたというのか。そんな付き合い方ならフラれてもそうショックを受けないんじゃないかと思う。こつんとカップをソーサーにおく音が響いた。
「確かに僕も水鳥と同じ意見。ユキちゃんの目はあとりを追ってるし、あとりの目もそう。だけど、両想いに胡座をかいていると、誰かに持っていかれるよ。あとりはモテるんだから、ね、水鳥」
「うん、あとりはモテるよね。結構人気がすごいんだよ。男からも女の子からも」
「そうなのか」
「ふうん、これだけいっても焦んないんだ。急いでものにしないとあとりを僕のランキングに入れちゃうよ」
「輝、それはあとりが頑なに拒否すると思うよ」
「分かった分かった。ちゃんと考えるよ」
輝は恋人をランキングするという謎のシステムで付き合っている。それにあとりを入れたいイコール、あとりとどうこうしてもいいよということだ。それは勘弁願いたい。他の奴に取られるならまだしも、輝に取られるのは何だか納得いかない。これはきちんと考えないと、輝が本気になったらやっかいだ。あとりは押しに弱そうだし。俺は気持ちを伝えるべきなのか、抑えるべきなのか。どうしたらいいのだろう。