何だかこう心の中がもやっとしている。水鳥や輝の前では気持ちがまだはっきりしないなどとお茶を濁したが、あとりのことが気になって仕方がない。両想いに見えたなどといわれて、複雑なのである。俺はグラスを磨きながらため息を吐いた。そこへ友人の坂戸奏と高津真実がやってくる。ぐだぐだ考えて仕事にならなさそうなので呼んだのだが、こいつらを呼んでよかったのか。
「相変わらず仏頂面だな。それが客に対する態度か。せっかくのいい男が台無しだろ」
「いいんだよ、奏。ここに通う女の子たちはユキの仏頂面を拝みにくるんだから」
「なるほど、まあそれもそうだな。で、今日は何の用だ?」
「いや、特に何もない。たまにその面拝みたくてな」
「嘘ばっかり。僕は昨日も来たよ。何かあって呼んだんでしょ?」
「いいからいってみろよ」
「どうせあとりのことなんじゃないの。昨日も話聞いたけど、まだもやもやしてるの?」
そうだ、昨日マミに相談したばかりだった。何だろう、最近いろいろ失敗が多いな。俺はいつも通りに坂戸とマミにビールを出し、自分の分も注いだ。一口飲んでいつものおつまみのチーズの盛り合わせを出すと、坂戸は長い金色の髪を束ねた。こいつは何か食べるときは必ず髪を束ねるのである。一方の少女のような風貌のピンク色に髪を染めたマミはいきなりビールを飲み干して、二杯目を要求した。マミの二杯目のビールを注ぎながら、どう話を切り出そうか考える。
「うん、まあ。それが、あとりが彼女と別れたって聞いてな」
「ああ、自分より顔の綺麗な男は嫌っていわれたっていうあれだろ。この間円城寺家にお菓子届けに行ったときに聞いたよ」
「ありゃ、そんなフラれ方したの、それはトラウマものだね」
「確かにあとりは綺麗だし、ちょっと可愛いくらいの女の子だと並ぶのは勇気いるだろな」
「水鳥ちゃんも同じ顔してるのに、綺麗っていわれるのはあとりの方だよね」
「そうかな。水鳥だって綺麗だろ」
「どっちも綺麗だろうよ。そんなことより俺はどうしたらいいんだ?」
あとりがフラれたならチャンスじゃないかという声もある。だが、それは本当か。あとりは十歳以上も年上の男に興味を示すだろうか。そもそも、あとりは女の子と付き合っていたわけだ。興味があるのは女の子だろう。俺がいきなり好きだなどといったら、混乱するのではなかろうか。こうやっていつも頭の中ではぐだぐだ悩んでしまう。坂戸はビールを飲み、マミはグラスの縁を指でなぞっている。
「お前、円城寺には偉そうに説教してたくせに、どうすべきか分からないもないもんだ」
「あいつの場合は兄弟だからな。説教口調にもなるだろ。今の俺の状況とは全然違う」
「それをいうなら相手は子どもでしょ。説教案件なのは変わりないよ」
「結局のところ、ユキはどうしたいんだ。あとりのことが好きなのは確かなんだろ。どうすべきか悩んでいるんだから」
「ああ、あとりのことが好きだよ」
「好きならあとは押し倒すだけでしょってのは冗談としても、悠長なことはいってられないんじゃないの。あとりモテるでしょ」
そうなのだあとりはモテるらしいのだ。整った顔立ちをしているし、性格もいい。本当にいい子なのだ。だからなおさら傷つけたくはない。俺が変な行動をしてしまえば、あとりを傷つけるんじゃないか、そう思うと何も出来ない。怖いのだ、あとりを傷つけるのが。いや、そんなこといって自分が傷つくのが怖いのか。どちらにしろ、何かが怖い。だからなかなか行動を起こせないのだ。
「自分のことは相変わらずだな。気軽にドライブにでも誘ってみたらどうだ。ゆっくりと話をして、もしいい雰囲気になるようだったら、告白なり何なりすりゃいい」
「確かにそれはいいかもね。ただ、ユキが誘えるかどうかなんだけど。ユキのことだから、断られるかと思ったら誘えないんじゃないの。ガラスのハートだもの」
「誘えるさ。そのくらいは出来る」
「そうだなあ、郊外流すのは色気がないし、海とかどうだ。季節にはまだ早いが、景色見るだけでもいいだろ」
「そうだね。山はクマ出そうだし。海の方が安全」
「海か、いいな」
あとりを海に連れて行くのか。この時期だから水には入れないが、それでも楽しめそうだ。少し気分が上がった気がする。どうやって誘うかは問題なんだが。何といって誘えばいいのだろう。海でも行かないかといっては水鳥や輝もついてくる可能性がありそうだし。それは考えても仕方がないのか。とにかくあとりを誘わないことには話が始まらない、そういうことだろう。俺は坂戸とマミにビールを注ぎ、自分のビールを飲み干した。あとりは俺のこと嫌じゃないだろうか。それだけが心配だ。