日曜日、俺は坂戸のアドバイス通りあとりをドライブに誘った。嫌がられるかなとも思ったが、あとりは快諾してくれた。これが坂戸やマミならお弁当でも作っていくんだろうが、俺はどうも家事が苦手である。というわけで、ファストフード店のハンバーガーで我慢してもらうことにした。すっかり支度を整えてあとりを迎えに行くと、いつも通り綺麗で思わず見とれてしまう。あとりは笑顔で車に乗り込んできた。
「急に誘って悪かったな。忙しくなかったか?」
「大丈夫だよ。学生なんてヒマなものだからね。予定といえば水鳥と輝との勉強会くらいだったし」
「勉強の方はいいのか」
「いいよ、たまには息抜きも必要だし。俺の復習になるからいいといえばいいんだけど、あの二人に教えるの結構大変で。よかったら、今度教えに来てよ」
「ああ、機会があったら教えに行くよ。ただし、古典だけはカンベンな」
「それは水鳥と輝によくいっておくよ」
話を聞いていると、水鳥と輝との勉強会は結構頻繁に行われているらしい。もうすでに受験勉強をしているあとりだが、水鳥と輝に教えていたら自習のペースが速くなったのだという。水鳥と輝の勉強がどんどん進むので、つれてあとりの勉強のペースも上がっていったのだそうだ。俺も仲間と勉強をしてどんどん先に進んでいたから、その感覚は分かった。俺は楽しそうに学校の話をするあとりに飲み物を勧める。海はもうすぐそこだ。遠くにいっても仕方がないので近場にしたが、流石に近すぎたか。
「わあ、海が見えてきたよ。久し振りだなあ、海に来るの」
「海にはあんまり来ないのか?」
「うん、なかなか来ないね。翔がたまにドライブがてら海に連れて行ってくれることはあるけど、忙しい人だからほんとたまにだよ」
「ひたきさんはどうなんだ。免許持ってるだろ」
「いやいやいや、ひたきの運転する車なんて恐ろしくて乗れないよ。あれは地獄への直行便っていわれてるんだから」
「そうか、ひたきさんは運転が下手なのか」
「下手っていうか雑だね。急加速するし急ブレーキだし。乗っててくつろげないもの。そういえば、ユキちゃんと二人きりでドライブするの初めてかな」
初めてである。ドライブ自体は何度かしているが、いつも水鳥と輝がセットでついてくるのだ。二人きりでドライブをしてみたいと何度も思ったが、その勇気がなかった。あとりは車に乗っているのが好きだという。それでも年の離れた兄のひたきさんの車に乗るのだけは嫌なようで、その後もひたきさんの運転の雑さ加減を語っていた。そのあたりでようやく海のそばの公園に着いた。青い空に青い海。だが、まだ海遊びするには寒すぎる。俺たちは波打ち際を歩くことにした。
「なあ、あとり。楽しいか?」
「楽しいよ。ドライブは好きだけど、なかなか連れて行ってもらえないし、こういう機会滅多にないから感謝してるよ。どうしてそんなこと聞くの?」
「その、俺は口下手だろ。だから、あとりを楽しませられているか不安になってな」
「ユキちゃんってそんないうほど口下手だっけ?」
「そう自覚してるが」
「確かに、あまり興味のないことに関しては話を合わせたりするの苦手そうだけど、得意分野に関しては饒舌な方だと思うよ」
「饒舌とは初めていわれたな」
あとりは饒舌だよといって笑う。客商売している割に口下手なのがコンプレックスだったのだが、俺が思う以上に喋っているらしい。少し安心した。波の音が心地よく、海風は少し冷たい。どうせくるならもう少し暖かくなってからの方がよかったのかもしれない。夏なら水に足をつけて遊べたのだが。まあ、遊ぶってガラでもないが。あとりと戯れるなら楽しいだろうなと思う。
「そういえば、あとりは彼女にフラれたんだって?」
「あー、水鳥と輝でしょ、それいったの。本気でショック受けたから、みんなにはいわないでよっていってあるのに」
「残念ながら、少なくとも坂戸は知ってたぞ」
「ええ、何それ。奏が知ってるなら真昼も知ってるだろうし。何で俺の失恋話が広まってるの」
「で、立ち直ったのか?」
「まあね。新しい恋を探すよ」
ほら、やっぱり水鳥と輝の見立ては間違っていただろ。あとりは俺のことを特別に思っているわけじゃない。
「気になる人はいるのか」
「いる、かな?」
「そうか。新しい恋を大事にしろよ」
結局、想いを伝えることは出来なかった。気になる人がいると、俺の前でいうのだから、その対象は俺ではないんだろう。俺の想いは伝えられることなく心の奥底にしまわれていくんだ。だが、楽しそうに笑うあとりの顔を見ていると、それでもいいのかと思う。俺ではあとりをいつも笑顔になんて出来ないだろうから。
今度、暖かくなったらあとりと水鳥と輝を連れて、またここに来よう。