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第20話 君の居場所・1

 俺の趣味はお菓子作りである。普通に料理もするがお菓子を作っているときの方が圧倒的に楽しい。俺の作ったお菓子をみんな笑顔で食べてくれるからだ。その笑顔を見るのが楽しいのだ。お菓子を仏頂面で食うのはユキくらいだろう。あいつほど食わせがいのない男もいない。ちなみに今日はアップパイを焼いて、散歩がてら円城寺家に持ってきた。円城寺家はお茶をする習慣があるので、お茶菓子になるようなものはとても喜ばれる。


「おう、円城寺。アップルパイ焼いてきたんだ。お茶菓子にでもしてくれよ」

「あ、ああ。何かいつももらってばかりで悪いな。今度飯でも食いに来いよ。真昼も一緒にな」

「ああ、そうだな。たまにはみんなで飯を食うか。それにしても、何だかお前いつもと様子が違わないか。何かあったのか?」

「いや、特に何もない。気のせいだ。それより、みんなとお茶していかないか」

「今日はいいよ。家に帰ってのんびり次のお菓子について考える予定なんでな」

「そうか、残念だな」


 円城寺は特に何もないといっていたが、明らかに様子が変だった。動揺しているというか、目が泳いでいる。帰り際、みんなで集まってお茶をする様子を見た。相変わらず、みんな仲がいい。


「あれ、水鳥は今日はいないのか?」

「さっき、宿題が残ってるとかで向かいの家に帰ったよ」


 ふうん。一人メンバーが欠けるのは珍しいと思いながら、円城寺家を出た。のんびり歩いて帰ろうかと思い大きく伸びをしていると、向かいの家のドアから人影が出てくるのが見えた。あとりもひたきさんも円城寺家にいたし、水鳥だろう。こんな暗い中どこへ行くんだろうと思いついていく。声をかけようと思ったが、水鳥は周囲を警戒しているようで声をかけるのは躊躇われた。やがて、コンビニの前で男と会っている。何だかもめ始めたようで、思わず俺は男に声をかけた。


「もしもーし」

「何だよ」

「その子、俺の連れなんで手を放してくれないか?」

「待てよ。何なんだよ、お前。俺はこいつと大事な約束があるんだよ」

「こいつとは乱暴だな。名前も知らないような子と何を約束しているっていうんだ」

「それはお前も同じなんじゃねえのか」

「俺はこの子の保護者だ。警察に通報されたくなければ、今すぐにこの子を諦めて帰るんだな」

「ちっ、保護者付きかよ」


 男は最後まで態度が悪かった。本気で通報してやろうかと思ったが、素直に立ち去ったので、まあよしとしよう。で、水鳥なんだが。俯いて俺の顔を見ようとしない。知らない男と内緒で会っていたというのが後ろめたいのだろうか。あんな乱暴そうな男、怖かっただろうに。こんな危険な思いをしてまで遊びたいものなのか。遊びに関しては人のこといえないか。俺はとりあえず、水鳥の顔を覗き込んで頭をなでた。


「大丈夫か?」

「うん、大丈夫。ありがとう、助けてくれて」

「もしかして、余計なお世話だったか?」

「ううん、そんなことないよ。今の男、何か嫌だったから」

「知らない男か。ずいぶん危ない遊びしてるな。まあ、俺が説教することじゃないな。家に帰るなら送るよ。円城寺家がいいか?」

「どっちにも帰りたくない」

「そうか、今帰ったらひたきさんと円城寺に叱られるか」

「それは嫌だよ」


 そりゃ、叱られたくはないだろう。だが、どうしたものかな。このまま放置したら、別の男を探しかねないし。次の男がさっきよりやばいヤツという可能性もある。放置は出来ない。かといって、強引に連れて帰っても叱られるだけだ。それはそれで可哀想だな。水鳥は俯いたまま涙をこぼした。俺はその涙の意味が分からなくて戸惑う。仕方がないな。


「分かったよ。今日は何ていって出てきた?」

「今は部屋で勉強してることになってるよ。もしバレてもあとりが何とかしてくれるはず」

「おいおい、あとりに何を頼んでるんだよ」

「あとりなら上手くやってくれるから」

「遊ぶなら遊ぶで自分で責任とることも覚えろよ」

「で、行くとこがないのか。とりあえず、俺の家に来るか?」


 俺がそういうと、水鳥は小さく頷いた。いつもは元気いっぱいの水鳥がしょんぼりとしている。ただでさえ体の小さい水鳥が、より小さく感じた。俺はそんな水鳥の肩を抱いて歩き出す。水鳥の涙は止まらない。泣くほどあの男が怖かったのか。それとも、叱られるのが怖かったのか。もしかしたら、泣きたい理由が他にあるのかもしれない。俺はこの子の涙を止めてやれるのか。水鳥って、声も出さずに泣くんだな。それは初めて知ったことである。俺のマンションにつく頃には泣きやんでいたが、何だか気になって仕方がない。何が水鳥に涙を流させたのだろう。

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