マミは朝食をとっていなかったので、一緒に食事をとることにした。午前九時のことである。たまに他人の作る食事もいいねとマミは笑う。マミはユキの食事の世話は一生懸命するくせに、自分の食事は雑で朝は栄養ゼリーで済ます男だ。たぶん、きちんと朝食を取るのは久し振りだろう。朝から呼び出してしまったので食事くらい出さなければと思ったが、思った以上に喜んで食べているので安心した。こんな朝から来てもらったのは、マミに話したいことがあったからだ。俺はマミに昨日あったことをかいつまんで話した。
「なあ、どう思う?」
「どう思うっていわれてもね。実際に翔が水鳥ちゃんにどういったかは分からないけど、水鳥ちゃんが傷ついたなら翔が悪いよ」
「だよなあ、やっぱり」
「子ども相手に子どもだからっていっちゃいけないよ。それは禁句。水鳥ちゃんだってそんなの百も承知で告白してるんだからさ。子どもは子どもであることを結構気にしてるもんだよ」
「だよなあ、やっぱり」
「で、奏は何をそんなに悩んでいるの?」
「悩んでる。俺、悩んでるか?」
「僕にはそう見えるよ。眉間にしわ寄せちゃってさ」
そうか、俺は悩んでいたのか。って、何を悩んでいるんだ、俺。マミに聞いたら、他人の悩んでることまで知らないよといわれた。まあ、当然といえば当然である。俺は自分の悩んでることが分からないまま、甘めの卵焼きを頬張る。向かいではマミがひじきの煮物は久し振りだと歓喜していた。俺はお菓子作りは好きだが、料理はそう好きな方でもない。真昼がやらないからやっているようなものだ。しかし、こう喜ばれると料理もいいなと思える。
「で、水鳥ちゃんはどうしたの。泊まっていったんでしょ」
「マミに連絡入れる少し前に家に帰ったよ」
「聞くべきだと思うから、一応聞いておくね。まさかとは思うけど、水鳥ちゃんを抱いたりしてないよね」
「お前な、俺のことをどんな人間だと思ってるんだ。そんなヤツだと思うのか?」
「思うからいってるんだよ。奏は水鳥ちゃんがすり寄って抱いてって甘えてきたら迷わず抱くでしょ」
「悪いかよ」
「悪いっていうか、大人としての自覚に欠けるよね。傷心の水鳥ちゃんにあんなことやそんなことするとか、意味分かんないよ」
「何か嫌ないわれようだな」
「仕方がないでしょ。来るもの拒まずな奏が悪いよ」
確かに、いいのかなと一瞬だけ躊躇ったが、結局手を出したことに間違いはない。あんなに可愛く甘えられたら誰だって手を出すだろう。相手が失恋したばかりの子どもだったのが問題だっただけで。マミは呆れたように大きくため息を吐くと、もやしのナムルをつまんだ。マミのいう通り、大人としての自覚に欠けているんだろうか。そう思うと箸が進まない。
「日曜の朝っぱらから水鳥ちゃんのことでぐだぐだ悩んで呼び出すのやめてほしいよね」
「悩んでいる自覚はないよ」
「そうなの。僕には悩んでるようにしか見えないよ。僕はこれからユキの家に行って掃除したり、ごはん作ったりしなきゃいけないのに」
「相変わらずユキの世話してるんだな。それだけ好きならどうにかしたらどうだ?」
「僕のことはいいんだよ。今は奏のことでしょ。奏は水鳥ちゃんのことどうしたいわけ」
「危なっかしいから、遊ぶのやめてほしい」
「で、自分のとこに来るようにいっちゃったんだ」
「何で分かるんだよ」
マミはすべてお見通しらしく、小松菜のお浸しにしょうゆをかけると、分かりやすいんだよといった。マミとは幼稚園からの付き合いだから、行動パターンを読まれているのかもしれない。確かにいった。うちにくるようにと。水鳥が危ない目に遭うんじゃないかと心配だったから。あんな、知らない男に絡まれる水鳥をもう見たくないと思った。
「それじゃあ、奏は遊びをやめなきゃね」
「まあな、俺が留守にしていたら水鳥の行く場所がなくなるからな」
「ずいぶん、水鳥ちゃんのことが気に入ってるんだね」
「いつもお菓子をほめてくれるし、可愛いしな」
「ふうん。お菓子をほめてくれたくらいで、震える子猫を抱いたのかい。このケダモノ」
「うるせえな」
「奏が遊びの女の子たち捨てて、水鳥ちゃんを取るなんてね。びっくりだよ。そこまで惚れたんだ」
俺はにやにや笑うマミに何もいい返せなかった。俺が悩んでいるように見えたのは、ちょっとしたもやもやがあったから。その心のもやもやは、水鳥に対しての想いだったんだろう。マミは俺の得体の知れなかったもやもやの輪郭をはっきりさせてくれた。それだけでも、マミと話せてよかったというものだ。感謝をしていると伝えると、マミはこちらこそ朝ごはんありがとうといって、最後の一口を頬張った。