俺はその日、田島を家に呼んでいた。不可解な現象がずっと続いているのだ。不可解な現象、それはあとりがそばにいると動悸が止まらないというものだ。動悸意外にも症状がある。ただそれは、あとりがいるとき限定だから病気ではないんだろうあと思って、病院には行っていない。行ってはいないが、気にはなる。田島は医学部に行っているし、何かしら知識はあるだろう。そう思って呼んだのだ。玄関のドアを開けると田島の後ろに、同じく同級生の林田蒼がいた。
「田島、林田も一緒か。まあ座れよ」
「朝比奈、久し振り」
「何か相談事なんでしょ。俺一人じゃ頼りないかと思って林田も連れてきたよ」
「で、朝比奈。何を相談しようとしてたんだい。朝比奈が人に相談するの珍しいよね」
「それがな、妙にどきどきするんだ」
「動悸がするんだ。他に何か症状はある?」
「あとはぼーっとしたり、胸が痛かったりだな。いろいろなんだが」
「うーん。俺じゃあどうにもならないね。一回病院に行って検査した方がいいかも。何か大きな病気の前触れかも知れないし」
「うーん」
やっぱり病気なのか、俺。酒でも飲み過ぎただろうか。けど、病気っていう感じじゃないんだよな。病気なら常時起きたりするんだろうし。そうじゃないもんな。何故か動悸がするのはあとりがそばにいるときと、あとりのことを思い出しているときだ。可愛いなとか思うとどきどきしてくる。いくら何でも病気ではないだろう。俺は田島と林田に豆乳を出す。
「ねえ、田島。朝比奈がいいたいことはそういうことじゃないんじゃないかな。朝比奈だって体調が悪いと本気で思ってたら病院に行ってるよ」
「そうかあ。病気じゃなくてよかった」
「病気といえば病気かもよ。話聞いてる限り、僕は恋の病だと思ったけどね」
「恋の病、なのか?」
「特定の相手を前にするとどきどきしたり、苦しくなったりするんじゃないの?」
「そうなんだよ」
「何だあ、恋の病だったんだ」
「何だじゃねーよ。大変なんだよ。わけ分かんねーんだよ」
本当に大変なのだ。あとりのことを思い出すたびに、どきどきしたり胸が痛くなったり苦しくなったり。体調がジェットコースターだ。しかし、これが恋の病ってヤツだったのか。ということは、俺はあとりのことを好きだったのか。知らんかった。自覚ないもんなあ。可愛いとは思っていたけど、恋の病にかかるなんて誰が思うよ。だいたい、こんなことは初めてで恋の病になんて気づけなかった。
「ねえ、朝比奈。僕の素朴な疑問。恋の病、経験ないの?」
「ねーよ。こんなの初めてだよ。だから、どうしていいかわからなくて田島に助けを求めたんじゃないか」
「今まで、胸がときめくとかなかったの。あんなにいろんな人と付き合ってて?」
「いろいろ付き合っててもねーものはねーよ」
「じゃあ、初恋だね」
「初恋?」
「そう初恋」
「そっかあ、朝比奈って初恋まだだったんだ。何だか可愛いね」
「この俺が初恋なわけねーだろ」
「今までは本気の人がいなかったんじゃないかなあ。本気じゃなければ、いくらたくさんの人と付き合ったってときめかないだろうし、ね」
林田はそういうと豆乳を飲んでにっこりと微笑んだ。田島もまた微笑んでいる。俺はさっぱりわけが分からない。初恋まだだったのか、俺。確かに、こんな胸がどきどきするようなことはなかった。どんな美人が相手でも、綺麗だなあとか思ってもどきどきはしなかった。けど、あとりは可愛いと思うと胸が苦しくなる。あとりだけが特別なのだ。これが恋ってことなのか。
「朝比奈。大変だと思うけど頑張るんだよ」
「ああ、何で田島に蔑まれなきゃならねーんだよ、全く」
「朝比奈。田島は蔑んでいるんじゃなくて、応援しているんだと思うよ」
「なあ、お前らは初恋経験済みなわけだろ。いったい初恋ってどうすりゃいいんだよ」
「楽しめばいいと思うよ」
「田島ァ、楽しめねーよ。意味分かんねーんだって」
「楽しめないような相手を好きになったわけじゃないんでしょ。男か女か知らないけど普通の人を好きになったなら、田島のいう通り楽しむのが一番だと思うよ。考えすぎるのが一番よくない」
「楽しむ、なあ」
二人に楽しむように勧められたが、どう楽しんでいいのかが分からない。他もヤツらってこういう状況に毎度陥って、それを楽しんでいるというのか。意味分かんねー。楽しむ余裕はないが、あとりのことが好きだと分かった以上、落とすしかないだろう。しかし、落ちるか。心なしか、いつも怒られるか文句いわれてる気がするんだけど。それから二人は帰っていったが、口止めをするのを忘れていた。たぶん、田島から涼に漏れたのだろう。仲間内に俺の初恋話が広がっていた。相手の名前を出していなかったのが救いである。