今日はマミが忙しくてメシの支度が出来ないため、ユキがメシを食いに来ている。献立は雑穀ごはんにしじみの味噌汁、サバの塩焼きにほうれん草のお浸しに切り干し大根。俺の好物ばかりだ。ユキは俺に用もあったようで、酷い仏頂面で食卓についた。俺に文句があるのか、ただ単にメシを食うときのいつもの仏頂面なのかが分からない。
「ユキ、あとりのことで話ってなんだよ」
「おい、とりあえずお前ら二人ともメシを食う前に、その鬱陶しい髪を結べ」
奏はメシのとき、髪の長い人間は必ず髪を結ばせる。髪の長い奏本人が真っ先に結ぶので、誰も文句はいえない。俺とユキは仕方なく渡されたゴムで髪を結んだ。こうやって見ると、俺が赤で奏が金髪、ユキが青。信号機みてーな髪の色だ。
「とりあえず、初恋おめでとうな」
「うるせーよ。いきなり嫌味かよ」
「相手はあとりなんだろ。初恋っていうからには本気であとりのことが好きなのか」
「本気だよ」
「お前ら、メシを食うなら黙って食え」
「ちょっと待て、坂戸。メシは楽しく食うもんだろ」
「その表情で食ってて楽しいのかよ。だからお前にメシを食わせるのはつまらないんだ。それはいいとして、お前らするんだったら楽しい話にしろよっていうんだ。楽しい話なら俺も喜んで加わるから」
まあ、メシを食うときに仏頂面だったり、楽しくない話をしてもメシは美味くないわな。奏のいうことも分かる。どうせ作ったんなら美味しく食べてほしいだろうし、こっちだって美味しく食べたい。問題はユキってことだ。あとりについて話があるとかいってるけど、どこからその情報を得たんだ。俺が初恋だってことはバレてるが、相手があとりだということは誰にもいっていない。それとも、ハタから見てバレバレなのか。水鳥も意味ありげに笑ってたしなあ。
「お前、あとりを本当に幸せに出来るのか?」
「するよ。そのつもりだよ。けど、お前はさっきから上から目線で何なんだよ。何様のつもりだ?」
「俺様でも神様でもいいだろ。あとりの幸せを願っているとだけいっておく」
「何なんだよ、それ」
「いいから食えよ、二人とも。真昼、ユキはあとりのことを心配しているだけだ。それ以上でも以下でもない」
「心配なあ。俺があとりのことを好きだと心配になるもんか?」
「なる。あとりの幸せを願っているとはどういうことか分かるな」
「おい、二人ともおかわりはいらないのか?」
「このタイミングでそれかよ、奏」
「俺はおかわりするぞ」
「ユキはいるのな。真昼は」
俺は文句をいう気も失せて茶碗を差し出した。あとりのことを心配している、あとりの幸せを願っているとユキはいう。けど、それは何でだと考えた。もしかして、ユキはあとりのことが好きなのか。あとりの方もユキに懐いていたと思う。あとりはユキみたいなタイプが好みなんだろうか。いや、確か彼女と別れたと聞いた。ユキとは何ともないだろう。だいたい、ユキにはマミがいるじゃないか。ユキが仮にあとりを好きならマミは何だって話になる。
「聞いておきたいことがある。お前はあとりと付き合う気があるのか?」
「それはあるだろうよ、もちろん」
「お前今のままあとりと付き合うっていうなら、俺は全力で阻止する」
「真昼には悪いが、ユキの意見に俺も賛成だ。今の状態で付き合うっていうなら俺も止める」
「何でだよ」
「自分の胸に手を当てて考えてみろ。あとりと付き合う気なら、今の遊び相手全員と縁を切れよ。でないと絶対認めないからな」
「全員と縁を切るってどういうことだよ」
「俺もユキのいう通り、遊び相手とは縁を切るべきだと思う」
「あとりを泣かせたらただじゃおかないぞ」
こいつ、本当にあとりのこと好きだな。だからしつこくいうんだ。けど、何でだ。いつもみたいに付き合うんじゃだめなのか。俺は切り干し大根をかみしめる。あとりだけ会う回数を増やすとか、それじゃあダメなんだろうか。ダメなんだろうな。難しいんだな、付き合うって。
「分かっているのかいないのか」
「何しろ初めてだからな。作法が分からないんだろ」
「遊びのヤツらを切らないとあとりが悲しむ。そういうことか?」
「そうだ」
「それなら全員と縁を切ってやるよ。その上で告白すれば問題ないんだろうが」
「全員と切れないまま付き合ったらどうなるか、分かるな」
「ユキ、その辺は俺が監視しておくよ。心配するな」
兄に監視される俺。全く信用されていない。あとりを傷つけたくないので、俺は遊び相手と縁を切る決心をした。ここまでいわれたらやらなきゃならないだろう。そこで一つ疑問が。どこまでを遊び相手と呼ぶんだ。それがまず分からないんだが。とりあえず、よく会ってるヤツから順番に縁を切っていこう。あとりを諦める気はさらさらない。ユキがあとりのことを好きだとしても、あとりがユキに懐いていても。