僕とユキは同級生で円城寺のイトコの円城寺銀次郎の勤める店にやってきた。いわゆるゲイバーというお店になる。銀次郎は気のいいヤツで僕たちもときどき会いに来るのだ。店の中はいろいろと飾りたてられているが、ごてごてとは感じない。僕たちが席に着くと、緩くウエーブのかかった長い黒髪の美女が目の前に現れる。これが銀次郎という男である。銀次郎はにっこりと笑っておしぼりを差し出した。
「あらあ、ユッキーにマミちゃん。いらっしゃい。久し振りね、二人そろってお店に来るなんて。ユッキーは今日はお休み?」
「休みだ。家にいるとおじさんに呼び出されそうだから、ここに逃げてきた。いくら何でも飲んでるのに呼んだりはしないだろ」
「あらあら、ユッキーのおじさまも困った方ね。ユッキーがいないとお店が回らないのかしら」
「回らないこともないんだろうけど、最近はユキに任せっぱなしになってるよ。おじさんがまじめに店に出ることは滅多にないよね」
「それじゃあ、ユッキーは大変でしょう」
「まあ、慣れてはいるさ。ただ、流石に休みに呼び出されるのだけは勘弁してもらいたいよ」
「そうね。じゃあ、今日はゆっくりしていって」
銀次郎はそういうと、注文したビールをサーバーから注ぐ。泡とビールの対比が完璧である。つまみには生ハムとチーズを頼んだ。ユキの店に遊びに行くことはあっても、こうして二人で他の店に飲みに来るのは久し振りだった。おじさんが店に出ないからユキは出ずっぱりだし、休みの日は寝ていることが多い。疲れているんだろう。僕は何も出来ないから、掃除したり洗濯をしたりごはんを作りにいっている。銀次郎は生ハムとチーズを差し出すと、眉を八の字にした。
「ユッキー傷心なんでしょう。お仕事も辛いんじゃない?」
「傷心、なあ」
「だって、真昼君にあとりちゃん奪われちゃったんでしょう」
「奪われたね。まさかの真昼だよ。しかも、真昼はあれで初恋だったらしいし」
「あら、真昼君初恋だったの。遊んでる印象だから驚きね」
「遊び相手全員と別れさせたよ」
「真昼は浮気をしたらユキとあとりからボコボコにされるわけだよ」
「ユッキーもあとりちゃんも手加減なさそうね」
「手加減なんかしねえよ」
ユキはそういってビールを飲んだ。真昼はこれで浮気は出来ないだろう。ユキは手加減しないといっているし、あとりが手加減するようにも思えない。僕はユキの横顔を眺める。綺麗なんだよなあ。ものを食べて仏頂面にならなければ。結局、ユキはあとりのことは諦めたんだろうか。あとりと真昼のことに関わっている辺り、諦め切れていないような気もする。まさか諦めたのとも聞けないし。と思っていたら、銀次郎が核心に迫った。
「ユッキーはあとりちゃんのことは吹っ切れたの。それとも未練があるのかしら」
「吹っ切らないとマズいだろ。いつまでも引きずってはいられないさ」
「なんて、がっつり引きずっているように見えるけど?」
「マミちゃんのいうことも分かるわ。でも、ユッキー的には吹っ切れてるのね。じゃあ、新しい恋を探さなくちゃ」
「恋って探すもんか?」
「恋は人生の潤いよ。好きな人がいるだけで周りの景色が違って見えるものよ」
「それはユキも探した方がいいね、恋」
「恋はいいわよ、ユッキー」
銀次郎も恋する乙女である。恋の素晴らしさを語らせると、この上なく長くなる。僕はその場のノリでユキに新しい恋を探せなどといったが、本当は探してほしくはなかった。あとりを諦めたからって僕を見てくれるわけでなし、それくらいならあとりを見ていてくれと思う。変なヤツに取られるくらいなら、あとりを思ってうじうじしてくれている方が僕の心は楽だ。ユキは辛いのだろうけど。
「身近なところで手を打つっていう手もあるわよ。ユッキーとマミちゃんなんてお似合いだと思うけれど」
「何いってんの、銀次郎」
「あら、いいじゃない。だってユッキーもマミちゃんもフリーなんだもの。付き合いも長くて仲もいい。条件としては文句ないと思うんだけれど」
「そうか、確かにな。付き合うか、マミ」
「嫌だよ。ユキは僕のこと無料の家政婦くらいにしか思ってないんだから」
「まあまあ、マミちゃん。ユッキーがマミちゃんのこと無料の家政婦と思うような人でないことは分かってるでしょう。軽々しく付き合えばなんていったことは謝るわ」
「謝らなくていいよ。気にしてない」
驚いたのだ。突然、僕とユキが付き合う話になったから。確かに銀次郎のいう通り、付き合いも長いし仲もいい。けど、ユキのことを分かっているからこそ、僕を選ばないと思える。僕はユキの好みじゃない。ユキが何で僕を側に置くというのかといえば、世話をしてくれるからだろう。僕が恋人の座を求めたってダメなんだ。ユキは振り向いてくれない。