僕は聖鐘学園の校門の前に来ていた。今日はあとりに呼び出されたのだ。輝や水鳥ちゃんに呼ばれることはあっても、あとりに呼び出されることはめったにない。まだ仕事の途中だったが、何だろうと思ってきてみたわけだ。あとりはもう真昼と付き合っているわけだから、ユキのことで相談ということでもないだろうし。しばらく待っていると、学生の群れの中に一際綺麗な少年が姿を現した。あとりだ。あとりは車に乗り込み、僕は学校の迷惑にならないように速やかに発車した。
「どうしたの、あとり。放課後に呼び出すなんて珍しいじゃない」
「マミちゃん、ごめん。仕事中だった?」
「大丈夫だよ。ちょうど休憩してるところだったから。それより、どうかしたの?」
「真昼のヤツが浮気しやがったんだよ。それで腹が立っちゃって。気分転換にドライブに連れて行ってくれる人はいないかなあって」
「ああ、それで僕が選ばれたんだね」
「奏も翔も仕事中でしょ。だいたい、奏は水鳥のだし、翔は家のこともあるから忙しい。ひたきの運転なんて恐ろしくて乗れないし」
「ユキに頼めばいいじゃない」
「ユキちゃんかあ。まだ寝てるかなって。生活リズムが分からなくて」
僕も嫌なヤツである。わざわざ、ユキの名前を出すこともないだろうに。けど、ユキの名前を出したとき、一瞬目が泳いだような気がした。まさか、だよね。とりあえず、行き先はどこでもいいというから、適当に流すことにした。郊外のパン屋にでも向かおうか。あとりはユキちゃんねえと呟いてもじもじしている。たぶん、あとりがユキに頼まなかったのは生活リズムがどうこうということではないのだろう。
「ユキならもう起きてる時間だよ。だいたい、そろそろ身支度始める頃だと思うよ」
「起きたばかりだよね。何か頼みにくくて」
「なるほどね。ところで、真昼が浮気したんでしょ。相手は分かってるの?」
「目撃したからはっきりと分かるよ。すごい可愛らしい女の人で真由さんって呼んでた」
「ああ、真由って子ね。まだ別れてなかったんだ」
「マミちゃん知ってるの、真由さんって人のこと」
「確か、真昼のお気に入りだよ。お隣の新妻って聞いたけど」
「お隣の新妻ってことは、旦那さんいる人だよね。不倫じゃないか」
「不倫だから殴っていいよ。ユキに知らせたら殴ってくれると思うけど」
「ユキちゃんに迷惑はかけたくないよ」
ユキの話になるとトーンダウンする。これでユキのことが気になっていないということはないだろう。僕は交差点で左折した。僕のいつものドライブコースである。あとりは窓の外を眺めて大きくため息を吐いた。それは、真昼の浮気に対するため息なのか、ユキへの未練に対するため息なのか。分からない。分からないなら聞いてみるしかない。違ったらそれでいいんだし。
「もしかして、あとりはユキに未練があったりする?」
「ない、よ」
「正直に言ってごらんよ、誰も怒らないんだし」
「ある、かもしれない。ときどきユキちゃんのこと思い出すんだ。で、すっごい会いたくなる。年が離れてるから諦めたはずなのにね」
「今からでもユキのところへいったらどう?」
「受け入れてくれないって。それに俺はもう真昼のものなんだし」
「浮気は関係解消の理由になるよ」
「でも、真昼の夢も応援したいんだ」
「あとり本人どちらを好きなのか分からない状態なのかな。それで浮気のこともちゃんと怒れなくてもやっとしてるとか」
「そうかもしれない」
はっきりしないとはいえ、ユキとあとりは両思いみたいなものじゃないか。今回のことであとりが真昼に見切りをつけたら、ユキのところにいく可能性があるんじゃないか。そう思うと怖くなった。人のものになったユキを見たくない。僕のことを見てくれとはいえないけど、あとりのことは見ないでほしい。
「いろいろあるよ。心変わりすることもあるし、はっきりしなくて悩むこともある。普通だよ」
「こんなの俺だけじゃないかって不安なんだ。こんなのだらしないんじゃないかって」
「あとりがだらしないなら両方と付き合ってるよ。ちゃんといい子だから安心して」
「マミちゃん、ありがとう」
僕は自分が嫌になった。うわべばかり取り繕って、本気であとりのこと心配もしてないくせに。僕は嫌なヤツだ。結局、僕はあとりを慰めるフリをしながら、郊外のパン屋に行ったのだった。二人で大量にパンを買い込んで、食べながら帰る。あとりは帰りになると楽しそうに笑っていたけど、僕はどんよりである。あとりがまだユキに未練があると分かったのだ、どんよりもするだろう。満足げにパンを頬張るあとりの横で、複雑な気分で塩パンをかじっていた。どうしたものかなあ。僕も積極的にならないといけないんだろうか。けど、それは怖い。