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第30話 君の瞳に映る人・3

 円城寺家にはバールームがあり、ときどきそこで飲み会をする。今日は翔から飲みに来いとお呼びがかかったので円城寺家に赴いた。着いてみるとリビングには一足早く奏も来ていて、一緒に飲むようだ。今日は三人で飲むらしい。


「高津、来たか」


 翔が笑顔で僕と奏をバールームに案内する。バーカウンターのある落ち着いた色調の部屋なのだが、今日は様子が違った。部屋の壁に可愛らしい服がハンガーに掛けられてぶら下がっている。翔も奏も笑っているし、これで嫌な予感がしない方がおかしい。まさか、これは僕のための服ではなかろうか。


「高津高津。すごい可愛い服がいっぱいだぞ」

「真昼がマミのためにバイト時間の合間に作った服だ。着てみろよ、可愛いぞ」

「だから、フリフリの服はやめてっていってるじゃないか。もっと普段着にしやすい服にしてよね、全く」

「普段から着ればいいじゃないか。可愛くていいと思うぞ」

「翔は大の男がフリフリの可愛い服着るの変だと思わないの?」

「いや、そこは高津だから。高校の時からフリフリの服着てたろ」

「あのね、高校のときに着てたのはライブ用の衣装だよ。これは普段着として渡されてるんだよ」

「真昼のヤツなあ、あとりと付き合ってから創作意欲に火がついたみたいでな」

「真昼はすごいよな。こんな可愛い服作れるんだから」


 いやいや、創作意欲があろうがなかろうが、このフリフリはやりすぎだ。こんなの着たら、僕は女の子にしか見えないじゃないか。昔バンドをやっていたときは性別不詳キャラにしていたから、ノリでフリフリの服も着たけど、今はそうじゃない。真昼が服を作ってくれるのはありがたいし、可愛いデザインの服なのはまあいいとして、フリフリだけは勘弁してくれ。この服装で外を歩く身にもなれよ。って、慣れてきているところが怖いけど。


「あとりと付き合ってからって、早速浮気したじゃん」

「そうなのか?」

「あとりに殴られて反省中だ」

「何でもいいけど、僕スカートははかないよ」

「これが中にはくショートパンツだ」

「中にショートパンツはけばいいって問題じゃないんだよ。僕の尊厳の問題なんだよ」


 酒の入っている二人に着てくれとせがまれて、僕は渋々一番手前の大人しめのデザインのものに着替えた。翔と奏の要望で前を見せたり後ろを見せたりくるくる回る。ファッションショーかよ。僕の方もお酒が入ってノリで次の服を着てしまった。結局、五着あるうちの四着に袖を通した。けど、どうしても最後の服だけは着る気になれなかった。相当酒が入らないと着にくい。正気で着れるデザインではないのだ。


「ちょっとこれは可愛すぎるなあ。着にくいよ」

「俺らの前でだけと思ってきてみたらどうだ?」

「見てる分にはいいけど、着るのは勇気がいるよ。だってこれ、ワンピースじゃん」

「それを着てユキを誘惑すればいいだろ。あいつ可愛いもの好きだぞ」

「高津って小早川のことを?」

「いまさらだな。高校のときからだろ、気がつかなかったのか?」

「仲はいいと思ってたけど、そういうこととは思わなかったな。それなら小早川はフリーなんだし、告白してみたらどうだ。問題はないだろ」

「出来ないんだよ」


 翔のヤツ簡単にいってくれる。告白出来るんならとっくにしてるわ。ユキがあとりのことしか見てないんだ、告白なんか出来るわけないだろ。どう考えたって、玉砕決定じゃん。けど、もし可愛いものが好きなユキがこの服を着た僕に興味を持ったら。僕にもちょっとくらいチャンスがあるのだろうか。翔はワンピースを僕に渡し、着てみろよといった。ちょっとだけ、スカートだけははかないという心が揺らぐ。下にはくショートパンツもあるしなあ。でも、これを許したら僕の尊厳が。


「高津、告白云々はともかく、小早川にその服見せてやれよ。お前の衣装好きだったろ、あいつ」

「俺もその意見には賛成だぞ、マミ」

「けど、これじゃ女の子だよなあ」

「ユキはいまさらお前のワンピース姿見たところで変に思わねえよ」

「うん、それは分かってる。着たら褒めてくれると思う」

「じゃあ、俺たちの前で着なくてもいいから、小早川の前で着てやれよ」

「うん」


 ユキは今まで僕がどんな可愛い服を着ても褒めてくれていた。たぶん、このワンピースも褒めてくれると思う。可愛い服を着て告白したら、少しはユキの心が揺らぐだろうか。いや、それはないか。僕はフリフリの服に身を包んだまま、酒を飲み干した。それにしても完成度の高い服だ。こんなん作っているから留年するんだよ。翔は大して飲んでもいないのに、とろんとした目で僕を見て頭をなでた。一応、僕のことを考えてくれてるんだよな。最近沈んでたから、いい気分転換になった。ありがとう、翔と奏。

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