その日も僕はいつものようにユキのところに家事をしにいく。本当は顔を見るのが少し辛い。ユキの気持ちが分かっているから。でも、僕がいかないとユキの部屋は荒れるし、ご飯を食べずに飢えてしまう。それを思うといかないわけにはいかなかった。で、どうしようか迷ったけど、真昼の作った服をかばんに詰めて持ってきた。着てくれっていわれるかどうか分からないのに。ただ、ちょっとだけアピールしたかった。
「おう、マミ。いつも悪いな」
「洗濯物出して、散らかったもの片付けて。洗濯しながら掃除するから」
「分かった。しかし、今日は大荷物だな」
「真昼が服を作ってくれたから、ユキにも見せようと思って」
「へえ、今回はどんな服なんだ?」
「これだよ」
「これは可愛いな。あいつ服のセンスだけはいいんだよな」
「そうかな。僕にフリフリの服着せようとする男だよ?」
「いいじゃないか、似合うんだから。着てみろよ」
「もう奏と翔の前でファッションショーやったよ」
「俺抜きでやるなよ」
すねるユキ。僕は内心狙い通りになって嬉しかった。この服たちをユキの前で着たかったのだ。すぐに着替えてくるくる回ってみせると、ユキは喜んでくれた。そして最後の一着で僕の手が止まる。これを着たら少しは気にかけてくれるかなという思いもあるけど、ショートパンツがあるとはいえスカートをはくのは勇気がいった。可愛い服は着慣れているけど、ワンピースはどうだろう。やりすぎじゃないか。
「ああ、もう。僕の尊厳があ」
「どれも似合ってたけど、これだけは着ないのか?」
「これさあ、フリフリな上にワンピースなんだよ。勇気いるよ」
「これ、可愛いのにな。似合うと思うんだが、着てくれないのか?」
「もう、仕方がないな」
これを着たらユキはどんな反応をするのだろう。様子をうかがっていると、ユキは珍しく機嫌良さそうに笑った。どうやらこの服が気に入ったらしい。真昼、よくやった。スカートをはくことに対する抵抗よりも、ユキが喜ぶ嬉しさが勝る。
「うん、似合う。しばらくそれ着ていろよ」
「分かったよ。これを着ていればいいんだね」
僕は荷物の中からエプロンを取り出す。服が似合うって褒めてもらったし、洗濯と掃除と料理をしなければ。今日は服を見せに来たんじゃない。家事をしにきたのだ。とりあえず、洗濯物を洗濯機にぶち込んで掃除機をかける。そう広くないので掃除に時間はかからない。あとは、温めて食べられるおかずと、今日食べるものを作ればいい。
「何か食べたいものある?」
「マミの作るものは何でも美味しいから、任せる」
「そんなに褒めても何も出ないよ。じゃあ、今日はオムライスでいいかな。スープとサラダもつけるね」
「うん、頼む」
「おかずもいつも通り作って冷蔵庫に入れておくからね」
「ありがとうな。お前がいなかったら、俺は飢えて死んでるよ」
「僕がいなくたって、ユキの世話したい人は山ほどいるよ」
ユキは自分がモテるっていう自覚がないのだ。ユキのことを好きな人なんてほんといっぱいいるのだ。店の客だって、女性客はほとんどユキ目当てなんだし。ユキが鈍感だから気がつかないだけなのだ。ごはんの時間にはまだ早いので、明日明後日と食べる分のおかずを作っていく。僕がミートボールをタッパーに詰め始めたとき、ユキが後ろから抱きついてきた。一瞬、全身が硬直する。
「マミ」
「ユキ、今おかず詰めてるから下がってて」
「俺は邪魔か?」
「そんな風にいわれたら邪魔っていえないよ」
「いいか?」
「今日は仕事ないんだっけ?」
「ないことにした。今日は具合が悪いってことで」
「ちょっと待って。これが具合悪い人のすること?」
「今日じゃないとその服は着ないんだろ」
「着る機会は少ないかもってだけだよ。着ないとはいってない。ユキが着てくれっていうなら着るよ」
「お前、可愛いんだからもっと着ろよ」
そんなこんなで流されてしまった。ユキは意識してやっているのかいないのか。こんな風に褒められながら迫られたら、断れないって。結局、おかず作りが終わってすぐにそういうことになっちゃって、掃除機はかけていない。夜目が覚めて、出しっぱなしの掃除機が気になった。片付けようかなと思って体を起こしたとき、ユキがごにょごにょと寝言をいい出した。
「あとり、いくな。あとり」
言葉が出なかった。ユキは今あとりの夢を見てるんだ。僕の隣にいながら。ユキはどういうつもりで僕を抱くんだ。僕はあとりの代用品なのか。たぶん、ユキ自身にそういうつもりはないのだろう。でも、結果的にそういうことになってしまっている。辛いとか苦しいとか以前に、空しかった。僕はそっと着てきた服に着替えて、音を立てないように掃除機を片付け、荷物をまとめると静かにユキの家を出た。今は一緒にいたくない。見上げた空には月も星も見えなかった。