あとりの手作りチャーハンを堪能した私は満足していた。いつも、ここで翔君がお茶を入れてくれるのだけれど、今日はあとりがお茶を入れてくれる。手作りチャーハンだけでも感動なのに、お茶まで。ああ、私はこんなに幸せでいいのだろうか。けれど、あとりは私から離れて座る。何故なのだろう。私がこんなに愛おしいと思っているのに、あとりの方は全然私のことを気にかけてくれない。それどころかうざいといわれる。何故だ。
「あとりはどうして私のことを嫌がるのでしょうか」
「お前が必要以上に俺のそばに寄ってくるからだよ。気持ち悪いじゃないか」
「仲が悪いのとは違いそうだね。うちは仲がいいよ。輝とも一緒に寝るし」
「いいなあ、私もあとりと一緒に寝たいものです」
「気色悪いんだよ。涼たちは誰も嫌がってないからいいけど、俺は嫌だからな。人が嫌がることはよくないことなんだよ」
「照れてるの?」
「照れてねえよ。単に嫌なんだよ。この年になって兄と一緒に寝るとか、俺はごめんだね」
「そうかなあ。輝可愛いけど」
「涼のとこはいいんだよ」
要するに恥ずかしいということなのだろうか。私はそう思いつつなるべく自然にあとりのそばにすわるけれど、あとりはするりとティーカップを持ってソファの上に移動した。この行動は私を避けているようで少しショックである。高校生で兄と仲良くするのは恥ずかしいものなのか。高校生なんて体こそ大人に近いものの、まだ子どもじゃないか。子どもが大人に甘えるのは当然のことと思うけれど。
「私はもっとあとりに甘えてほしいですけどね」
「甘えるような年じゃねえっていってるだろ」
「あとりは何でも一人で悩むじゃないですか。たまには相談とかしてほしいわけですよ。もう少し頼ってほしいです」
「ひたきさんのそれって、兄としての本音でしょ。男としてはどうなの」
「可愛いあとりをなで回したい」
「殺すぞ」
「まあまあ、あとり。たまにはひたきさんに甘えてあげたら。お兄ちゃんってそれで安心するんだよ」
「え、嫌だよ。こいつ兄としてだけじゃなく、男としての考えもあるもん」
兄としてだけでいられないのが、あとりの不信感につながっているのだろうか。けれど、あとりは弟にしておくには惜しい。是非ともこの胸に抱いて眠りたい。そういう願望を持つのはいけないことだろうか。あとりによるといけないことみたいなので、それはなるべく表に出さないようにしている。私はあとりが入れてくれた紅茶を楽しむ。あとりが入れてくれるなら出涸らしのお茶だって高級品に感じるだろう。
「大丈夫だよ、あとり。ひたきさんは口ではいうけど、実際には何もしないから」
「そうかなあ」
「私は何もしないですよ。だからそばに来てください」
「あれは嘘吐いてる目だって、涼」
「そんなことないよ。人間いつどうなるか分かんないし、甘えるなら今だよ」
「涼君がそういうと重みが違いますね」
「そうだけど。でもひたきに甘えるっていうのは」
「甘えておかないと後悔するかもよ。少なくとも、俺と翔は後悔したよ。いつでも元気でそばにいるのは幻想だからね」
涼君の両親は数年前に事故で亡くなっている。うちは昔から両親が家にいないけれど、それとはわけが違う。本当にいないのだ。二度と会えないのだ。涼君はどんなに甘えたくても、両親には甘えられない。あとりにその言葉が響いたのか、表情が少し曇って困ったように俯き、それから涼君を見やる。涼君の目はいつになく真剣で、嘘偽りをいったのではないということが分かる。あとりはソファを降りて私の隣に座った。
「今日だけだからな」
「そうそう、あとり。素直にならなきゃね」
「じゃあ、今日はあとりの部屋に泊まりにいってもいいですか?」
「あ、ひたきさん。それあとりが嫌がるやつ」
「絶対に来るなよ。何があっても来るなよ。お前が横で寝ると俺が寝不足になるんだよ」
「私を意識して眠れないということですか?」
「お前、寝相が悪いんだよ」
「寝相がよかったら一緒に寝てもいいの?」
「よくねえよ」
「いいんだね。じゃあ、寝相をよくしないといけませんね」
「だから、よくねえっていってるだろ。今隣にいるだけで満足しろよ」
私は自分が寝相が悪いということを初めて知った。どうりで朝起きたら布団が真横になっていたり、ベッドの下に落ちたりしているわけだ。今度から気をつけよう。私の寝相がよくなればあとりも一緒に寝ることを許可してくれるかもしれない。そう思ったら、気分が高揚してくる。たくさんなでて、たくさん抱きしめて眠れたらいいのに。涼君には今夜無理矢理侵入しないようにと釘を刺されたけれど。私は隣に座るあとりの頭をなでた。涼君は穏やかな微笑みをたたえて、私たちを見つめていた。