翔の簡単おつまみが美味しい。俺は普段、飲むときにはあまり物を食べないカラ酒タイプなんだけど、もやしのピリ辛ナムルとか美味しくて仕方がない。しばらく喋って飲んで楽しんでいるけど、月菜は愛菜の憧れの人が翔と聞いてからやけ酒気味である。もしかして、愛菜が自分のことを好きでいてくれているとでも思っていたんだろうか。甘いな、月菜。愛菜は翔に憧れていて、月菜はそんな愛菜が好き。それじゃあ、銀次郎はどうなんだろうと思った。銀次郎は派手な外見の割に控えめで、交友関係も謎である。
「ねえ、銀次郎。聞いてもいいかな。今、付き合ってる人いるの?」
「残念だけど、今は恋人はいないのよ」
「好きな人もいないのか?」
「あらあ、翔まで。そんなに私のことが気になるのかしら」
「気になるんだろ。銀次郎は本心なかなか見せないからな。俺ですら、恋愛関係の話はしたことがないよ」
「へえ、銀次郎って月菜とも恋愛話ってしないんだ」
「だって、この子と恋愛の話をしても愛菜しかいわないもの、面白くないわ。どうせならどきどきしたいじゃない」
「じゃあ、俺とならどうかな。敏としかいわないから面白くない?」
こういう話が嫌いっていうことはないのだろう。苦手、いや違うな。心の中で勝手に想って満足するタイプなんじゃなかろうか。だとしたら、誰にもいわない。銀次郎はうーんと少し考え込む。話すべきかどうか考えているのだろう。俺は好みの味のもやしのナムルを頬張った。聞くだけ聞いておきたいと思ったけど、無理か。それぞれの恋人とか人間関係とかって面白いから、把握しておきたいタイプなんだけど、銀次郎は強敵だなあ。
「好きな人はいるわよ。好きっていうか憧れよね。眺めているだけで幸せみたいな」
「初耳だな。眺めているだけで幸せとか、中学生の女子かよ」
「あら失礼ね、月菜。恋する乙女といってくれないかしら」
「で、その乙女が恋しているのはどんな人?」
「えっと、大人だけど子どもっぽい面もあって、何も出来ない人ね。私は尽くすのが好きだから、何も出来ないくらいがちょうどいいわ」
「そうなのか。銀次郎、その人のどこに惚れたんだ?」
「顔ね」
「顔か」
「そう、顔よ。性格がどうのとか内面がどうのとかいろいろいうけど、結局第一印象は外見だもの」
まあ、それもそうかと思う。俺も敏の童顔に惚れたクチだから何ともいえない。ただ、銀次郎の口からは相手の名前までは出てきそうもないのがひたすらに残念だ。銀次郎ってどういう顔のタイプが好みなんだっけ。今まで銀次郎はどんな男と付き合ってきたのか。それが分かれば、好みのタイプの顔も分かるのになあ。けど、名前をいえないってことは俺か翔、もしくは二人ともの知ってる人なんじゃないかな。お客の佐藤さんとかならここでもいえるもんね。
「ところで、輝はどうしたの?」
「輝ならさっき遊びに行くって出て行ったぞ。たぶん、荘介のところじゃないかな」
「ああ、輝の新しい彼氏か」
「輝もやるわね。いろいろ彼氏がいるみたいじゃない。今は荘介君で落ち着いているのかしら」
「うん、今は荘介と遊ぶのが楽しいみたいだよ。相変わらず、他の男とも遊んでるけどね」
「あら、まだ他の男と遊んではいるのね。翔や涼からすると、少し落ち着いて欲しいところなんじゃないの」
「まあな。でも、輝自身が本気になれる相手を見つけないと難しいんだろうな」
輝自身が本気っていうなら、荘介は十分すぎるくらい本気だと思う。ただ、それ以外を切れないだけで。翔は荘介も遊びの一部と思ってるみたいだけど。輝、ああ見えて荘介と付き合うようになってから、すごく真面目になったように思う。なかなかそうは見えないんだけどね。
「しかしさあ、こんな話親の前では出来ないよな」
「月菜はね」
「あら、涼だって天国のおじさまやおばさまに敏君と同棲中って堂々とはいえないんじゃないかしら」
「うーん。どうだろね。こっそりいうかも」
「で、翔はどうなんだ。翔の話してないぞ」
「俺は今は仕事でいっぱいいっぱいだよ。恋愛している暇なんてないな」
「やあねえ、潤いが足りないわよ。恋は人生の潤いよ」
「ま、余裕が出来たらな」
翔は恋愛する余裕がないそうなので、俺がそばにいてあげようかな。思わず笑った俺の顔を見て、月菜がまさかなといった。月菜は割と鋭いから感づいたかな。俺と翔の関係。銀次郎は困ったように笑っている。しかし、天国の父さんや母さんに堂々といえるかどうか、か。今度、報告してみようかな。夢枕に父さんや母さんが立ったらどうしよう。母さんは理解はありそうだけど、怖いなあ。あの謎の関西弁で怒鳴られるの。懐かしい。今日、銀次郎や月菜と飲めてよかったな。楽しかった。