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第36話 サプライズ・1

 今日は進路調査票の提出日だ。調査票は放課後までに提出すればいいんだけど、クラスメイトは結構迷っている人も多いようだった。そりゃ、高等部に上がってすぐに大学決めろといわれたって、すぐには決まらない人もいるだろう。一方、僕たちはのんびりとお昼ご飯を食べていた。翔の作ったお弁当とパンと牛乳といういつものコースである。輝は弁当をつつきながら、進路調査票をひらひらさせる。


「水鳥、進路調査票提出した?」

「ああ、最初の進路調査って一年のこの時期だったっけ。俺たちもやったよな、夕羽斗」

「やったねえ。僕はやりたいことが特にないから結構悩んだよ。あとりも悩んだんだよねえ」

「悩んだな。高校に入るまで将来のことなんか考えたこともなかったから。大学って将来に大きく影響するだろ。いきなり現実突きつけられた感じだったな」

「あとりと夕羽斗は進路どう決めたの?」

「僕は適当だなあ。目に付いた学部書いておいたよ。今もやりたいこと決まってないんだよねえ」

「俺は好きな歴史の勉強が出来ればと思うよ。輝は?」

「僕は涼兄や荘介と同じ。医学部だよ」


 涼や荘介と同じ医学部か。輝は頭もいいし、あっさり受かるんだろうな、医学部。僕も成績は上位だけど、苦手な数学がどうしても足を引っ張る。理系の学部は当然無理だし、それが分かっているから興味もない。僕もちょっと前なら夕羽斗と一緒でやりたいことがなくて決められなかったのだろうけれど、今はやりたいことがある。前は考えもしなかった進路だ。僕はポケットから雑にたたんだ進路調査票を取り出す。


「水鳥はなんて書いたんだ?」

「僕はね、法学部だよ」

「あれ、この前まで大学どうしよっかなあとかいってなかった?」

「奏さんに憧れてってことかな」

「うん、奏が弁護士だから法学部選んだよ。でもさ、大学どうこうよりもカッコいい大人になりたいな。大学よりも大事じゃない?」

「ああ、それは分かるな。カッコいい大人がそばにいると、ああなりたいって思うよ」

「意外だな。水鳥のことだから絵描きになりたいんだと思ってた」

「絵を描くのは好きだけど、仕事にするのは難しそうだし、描くだけなら趣味でもいいし」


 僕の趣味は絵を描くことである。けど、絵は仕事にならないと思っていたので、進路には考えていなかった。仕事として頑張って描くよりも、趣味としてのんびりと楽しみたい。趣味を仕事にすると楽しくなくなると聞く。ひたきやマミちゃんがいっていたので、そうなのだろう。僕の目標は弁護士だ。奏みたくなりたい。何もやりたいことがなかった僕に、奏が僕に目標をくれたのだ。


「水鳥、どうしたの?」

「うん、僕に目標をくれた奏にお礼がしたいなって思って」

「なんだあ。それならいつも通り体でお礼すればいいじゃない。ご奉仕ご奉仕」

「夕羽斗、僕は珍しく真面目なんだよ。だいたい、体でお礼なんて特別感ないじゃん」

「うーん。それなら、サプライズで何かプレゼントするのはどう?」

「いいね。水鳥、それでいこうよ。奏の欲しいものとか知らない?」

「どうだろう。遠回しに聞いてみないと分からないかも」

「奏さんが一番欲しいのは水鳥じゃないのかなあ」

「夕羽斗、いったんそこから離れよう」


 あくまで体から離れないところが夕羽斗らしいや。たぶん、奏に何が欲しいって聞いたら何もいらないっていうだろうし、それでも何かっていったら僕というだろう。けど、それじゃあ僕の気が済まない。僕なんていつだってあげられるし、面白くもなんともない。僕にリボンかけてプレゼントするところを想像してみる。つまんない。かといって、あんまり高価なプレゼントも奏は喜ばない気がするし、どうすればいいんだろう。何が欲しいのか調査しておくべきだった。


「物はいろいろ持ってそうだから、思い出をプレゼントするのはどう?」

「思い出?」

「あ、そうだ。お菓子でも作ってプレゼントしなよ。思い出に残るよ」

「でも、奏は自分でお菓子作るんだよ。ド素人のお菓子喜ぶかな」

「水鳥が一生懸命作ったなら喜ぶんじゃないかなあ」

「でも、僕一人じゃ無理だよ」

「お菓子作りじゃ手伝ってあげられないな」

「マミちゃんに相談してみたら。器用だからお菓子の作り方くらい知ってるかも」


 なるほど、マミちゃんならいろんな料理作るし、お菓子作りくらい出来るかもしれない。マミちゃんのお菓子って食べたことないけど、きっと出来るはず。よし、少し希望が見えてきたぞ。けど、僕にお菓子作りなんて出来るんだろうか。基礎の基の字もしらないもんなあ。学校でもお菓子作りは習わないし。僕はメロンパンの袋を開けるとかぶりつく。甘くて美味しいお菓子が作れたらいいなあ。奏はお菓子を喜んでくれるだろうか。楽しみなような、不安なような。

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