日曜日、その日は朝からマミちゃんの家にいた。今日が計画の決行日なのである。一応、作り直す時間も考慮して朝から作業していた。材料の計量から始まって、バターを常温に戻して薄力粉もふるった。バターとお砂糖を混ぜて卵黄を加える。それに薄力粉を混ぜる。生地を寝かせている間にみかんの入ったヨーグルトゼリーを作る。あとは寝かせた生地を型で抜いて焼く。これだけのことが出来るようになるのに一週間かかった。
「出来たあ。作れたよ、僕」
「水鳥ちゃん、頑張ったね。クッキーもいい色に焼けたし、ゼリーもきちんと固まった。ちゃんと一人で作れたね」
「うん、マミちゃんの家だけじゃなく、帰ってからも練習したんだよ」
「家では成功した?」
「時間がかかっちゃったよ。出来たものはひたきのおやつにしたよ」
「ひたきさんは何て?」
「美味しいって。あの人味音痴だから」
「そっか。真昼から奏が家にいるって連絡が来てるから、送っていってあげるよ」
僕はマミちゃんの車で奏のマンションまで送ってもらった。マミちゃんは僕が車を降りると、頑張ってと笑ってくれる。僕は頑張るよと手を振った。真昼から鍵を借りていたので、エントランスを通過して部屋に直行する。クッキーもゼリーもいい出来だから、大丈夫。でも、チャイムを鳴らす手が震えた。
「あれ、どうしたんだ、水鳥。今日は連絡なく来たんだな。何かあったか?」
「ううん、何もないよ。ただ、奏に会いたくて」
「じゃあ、俺出かけてくるわ。二人でゆっくり楽しめよ」
真昼は僕と入れ違いに出て行った。真昼の鍵は僕が持っているんだけど、帰りどうする気なのかな。気を利かせて出て行ったことはありがたいと思うけど、ちょっと心配だ。
「邪魔者がいなくなったし、ゆっくりするか。ところでその箱は何だ?」
「これはその、あのね。奏にありがとうって伝えたくて作ったんだ」
「作った?」
「開けてみてよ。あんまり上手じゃないけど」
僕はテーブルの上に箱を二つ差し出した。この箱はマミちゃんが用意してくれたものである。奏は箱をいろいろな角度から眺めてから、まずはクッキーの方から開けた。奏は目を見開いて、もう一つのゼリーの箱も開ける。奏は分かりやすく驚いて、箱の中身と僕を何度も見比べた。
「クッキーにゼリーじゃないか。水鳥が作ったのか?」
「うん、マミちゃんに教えてもらったんだよ。最初はマミちゃんに手伝ってもらってたけど、今回はちゃんと僕一人で作ったよ」
「どうしよう。嬉しくておかしくなりそうだ」
「それなりには出来てると思うから、食べてみてよ」
「何だか食べるのがもったいないな」
「奏に食べさせたくて作ったんだよ。食べて食べて」
奏はまずクッキーを口にして、それからゼリーを口にした。どうしようどきどきする。美味しくなかったらどうしよう。味見したひたきは味音痴だし、マミちゃんは不味いっていう人じゃないし。僕自身も食べたけど、何かこう奏の作るものには及ばなかった。初心者の僕が奏の作るもの並みのものっていうのは無理があるんだけど。
「美味いな。クッキーはきちんとバターの味がしてサクサクだし、ゼリーの固さもちょうどいい。甘さもちょうどいいな」
「ああ、よかった」
「俺はどんなお礼をしたらいいんだ。こんな素敵なプレゼントをもらったんだ、お礼をしないとな」
「これは僕が人生の目標もらったお礼だから、何もいらないよ」
「人生の目標?」
「僕、法学部目指そうと思って。僕の人生の目標」
「そうか。それは嬉しいな」
「そうだ。僕、お礼にして欲しいことがあるかも」
僕がして欲しいこと。これはここ三日くらいずっと考えていたことだ。奏はたぶんプレゼントしたら、必ずお礼をしたがるだろう。そのときにはどう返そうか考えていたのだ。ものはもらいたくないし、何をいえば奏がより喜ぶか考えて、今朝ようやく結論が出た。僕は奏の腕に絡みついておねだりしてみる。
「奏と一緒にお菓子を作ってみたい。今回クッキーとゼリー作ってみて、結構楽しいなって思ったんだ。だから、一緒に作りたい」
「それは嬉しいな。水鳥と作るなら簡単なものからだよな。どうしよう、なんか嬉しくなってきたぞ。これって、俺が嬉しくなるだけじゃないか?」
「ぼくもどきどきするよ。二人で作るんだもん」
「たくさん作ってみんなに自慢しような」
「そうだね」
こうしてサプライズ作戦は見事に成功したのだった。奏はめちゃくちゃ喜んでくれて、クッキーとゼリーは結構量もあったので二人で食べた。味見してるときは物足りなく感じたけど、二人で食べるとすごく美味しく感じた。次は、奏と二人でお菓子を作るのだ。僕たちの作ったお菓子をみんなに食べてもらって、みんなで笑顔になるのだ。奏が嬉しそうにしているのが、僕は何より嬉しい。サプライズやってよかった。