目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第43話 親子関係・1

 昨日の夜、真昼から連絡があって、なるべく早い時間に来て欲しいとのことだった。せっかくの休日だしゆっくり寝ていたかったが、真昼の声は珍しく真剣で、仕方がなく早く起きた。朝ごはんを食べて身支度を整え、今から行くと真昼に連絡するけど応答はなし。どうしたんだろう。何かあったんだろうか。まだ眠っているとかならいいけど。俺は心配になったので、すぐに家を出て奏のマンションへ向かった。真昼は兄である奏のマンションに居候中の身なのである。


「あとり、今日は早いな。真昼に呼ばれたのか?」

「うん。何だか分からないけど早く来てくれって。で、真昼は」

「真昼ならバイトに励んでるはずだぞ。ミシンの音がしてるからな。呼んでくるか?」

「いや、バイトで忙しいなら待ってるよ」

「昨日からメシ食ってないから、そのうち腹が減ったって出てくるさ」

「真昼、ご飯食べてないの」

「それどころかたぶん寝てない。少し無理しすぎだな」

「それは心配だなあ。大学はいけてるの?」


 奏は分からんと首を振った。何か食べるかと聞かれたから、朝ごはん食べてきてるからと答えると、紅茶とお菓子が出てきた。この少し歪なクッキーは水鳥の作ったものだろうか。最近、奏と水鳥が二人でお菓子作りに励んでいるようなのだ。奏は満足げに歪なクッキーを食べている。これは俺の予想は当たりかな。二人で何か出来るっていいなあ。しばらく奏と話していると、真昼が作業部屋から出てきた。頭がぼさぼさになっている。


「腹減った。奏、メシ」

「真昼、おはよう。早く来いっていうから早く来たんだけど」

「悪い。呼ぶだけ呼んでバイトに没頭してた。本当に悪い」

「俺のことは気にしなくていいよ。それより、ちゃんとご飯食べて寝るようにしてよ。忙しいのは分かるけど、心配になるよ」

「あとりのいう通りだぞ。食うのと寝るのは基本中の基本だからな。ほらメシだ、ゆっくり食えよ」

「めっちゃ和食なんだね」

「真昼は和食が好きだから、うちは基本和食だよ」

「意外だなあ。カレーとかハンバーグとか好きそうなのに」

「それはそれで好きだぞ」


 焼き魚とほうれん草のお浸しにひじきの煮物、それに漬け物と卵。大根の味噌汁に雑穀米。およそ髪を真っ赤に染めた男が食べるとは思えないメニューである。それにしても、本当に寝ていないみたいで目の下にはうっすらクマが出来ている。そんなにバイトを頑張らなきゃいけないんだろうか。何だか心配になる。真昼は俺の心配をよそに卵かけごはんをかき込んだ。俺が心配したところで、無理するのをやめたりはしないんだろうけど。


「真昼、あとりがちゃんと大学行ってるのか心配してるぞ」

「行ってるよ。今年こそ卒業するんだからな」

「信じられないな。去年も同じこといってたよな」

「いってたけど、今年はやる気が違うんだって。大学を卒業しないと服飾の勉強が出来ないだろ」

「でも、こんなにバイトしてたんじゃ無理なんじゃないの?」

「それは俺も思うな。今のペースでバイトしてたら、勉強との両立が難しくなるぞ」

「もしかして、服飾の学校行くのにお金貯めてるとか」

「俺一人ではそこまで稼げねーよ。資金については考えがある」


 資金についての考えがあっても、まずは大学を卒業しなければ意味がない。でも、ふと思う。早く服飾の勉強をしたいなら、別に大学を卒業しなくても、中退してしまえばいいんじゃないかって。大学の卒業にこだわる理由は何なんだろう。それには真昼なりの理由があるんだろうけど、今のままでは体に負担がかかるよなあ。


「ところで、今日は何で早く呼んだの?」

「これからある人に会わなきゃならないんだが、一緒に行ってくれないかと思ってな」

「一緒に行くって。会わなきゃならない人って誰?」

「会うってあの人か。あとり、真昼の人生に関わることなんで、一緒に行ってやってくれないか」

「正直、サシで話したことあんまりなくてどうしたらいいか分からねーんだ。頼むよ」

「別にいいけど。人生に関わるようなことに、俺が関わっていいわけ?」

「あとりはもう俺の人生に関わってるよ。十時の約束だから、と」

「バカじゃないの、もう三十分も過ぎてるよ」


 俺は全く焦る様子のない真昼を見て呆れた。これからの人生に関わることなら、大事な人に会うんだろうに。それなのに、こんなに遅刻するなんて。ルーズっていうか、だらしないっていうか。とにかく、早く支度させて出かけなきゃ。しかし、そんな大事な人に俺なんかが会って本当にいいんだろうか。もし俺が粗相したら、真昼の夢が台無しになったりするんじゃないだろうか。何とか支度をした真昼とマンションを出たのは十一時になってから。約束は十時。怒られるんじゃないだろうか。俺はどこに連れて行かれるか分からず、ひたすら緊張していた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?