目的の場所までは徒歩で移動した。奏の車は使う予定があるようだし、目的地も近いとのことだ。十分くらい歩いて、着いたのはちょっとおしゃれなカフェだった。そこに誰がいるというのだろう。緊張が高まる。真昼は入り口で一旦立ち止まると辺りを見回して、店の奥に進んでいく。そこにいたのは四十代後半くらいのスーツ姿のおじさまだった。この人が真昼の人生に関わる大事な人なのだろうか。
「真昼君、久し振りだね。そちらは?」
「あ、あの。風都あとりといいます。俺はその、真昼の」
「恋人だよ」
「おやおや、この美人さんが真昼君の恋人なのかい。月夜さんに話したらひっくり返るね」
「あの、えっと。真昼、この方は?」
「自己紹介がまだだったね。私は朝比奈誠。真昼君の戸籍上の父親にあたるよ」
「あ、真昼のお父さんなんですね。失礼しました」
「気にしなくてもいいよ。真昼君とは戸籍上の親子っていうだけだから」
「それはどういう」
「父親と呼ばれたことがなくてね」
そういって真昼のお父さんはしょんぼりと肩をすくめた。一方、真昼は横を向いて目を合わせようとしない。真昼のお父さん、すごくいい人そうに見えるけど、何か問題があるのだろうか。いや、この様子を見る限り問題なのは真昼っぽい。相手が歩み寄ろうとしてるのに、真昼がそれを拒絶している。そんな風に見えた。真昼はお母さんが再婚するときに姓が坂戸から朝比奈に変わっている。だから、奏と真昼は兄弟なのに名字が違うのだ。で、月夜さんって人がたぶん真昼のお母さんだ。そこまでは把握出来た。
「今日は何か話があって私を呼んだのでしょう。月夜さんには話しにくいことかい?」
「真昼、黙ってないで話そうよ」
「朝比奈さん。実は今年大学を卒業出来そうなんだ。それで」
「服飾の学校に行く資金援助をして欲しいんだね。大学を卒業するという約束は守れるわけだ。じゃあ、一度だけお父さんと呼んでもらえるかな」
「お父さん、お願いします」
「本当に呼んでくれるとは思わなかったよ。それだけ本気なんだね。それじゃあ、資金援助のことは任せておいて。月夜さんも説得しよう」
「よかったね、真昼」
「けど、一度は月夜さんに会ってもらわないといけないよ」
「分かった」
真昼ってばお父さんのこと朝比奈さんって呼んでたのか。拗れてるなあ。いや、この話の感じだと拗れているのはお父さんとの仲よりお母さんとの仲っぽい。そうでなければ、お母さんに資金援助の相談をしているはずだ。お父さんがお母さんの説得をするっていってるところを見ると、お母さんは真昼の夢に反対しているのかな。
「でも、私は嬉しいよ。頼ってくれたことがね。資金援助なら坂戸さんに頼む手もあっただろうし」
「スジは通したかった。今の父親は朝比奈さんだから」
「そうか、そう思っていてくれるなら嬉しいよ。そうだ、月夜さんが奏君の恋人に会ったっていってたね」
「え、奏が母さんに水鳥を紹介してたのか。母さんは何て」
「仕方がないわねとしか。とても可愛い子だと聞いているよ」
「その奏の恋人、俺のイトコです」
「そうなのかい。男の子でびっくりしたみたいだよ」
「けど、それは奏だからで俺なら別れなさいの一言で終わりだよ」
「そんなことはないよ。真昼君が本気なら反対はしないよ」
奏、お母さんに水鳥を紹介していたのか。いつのまに。水鳥そんなこといってなかったな。しかし、真昼の言葉が気になる。奏はいいけど、真昼だったら別れなさいっていわれるとか。それは、お母さんの奏と真昼の扱いに差があるっていうことなのか。それとも、真昼がそう思いこんでいるだけなのか。
「今日は真昼君に会えてよかったよ。あとり君にもね。今度うちに遊びに来てくれると嬉しいな」
「はい、是非」
「あとり君は本当にいい子だね。よかったよ、真昼君の恋人がいい子で」
「忙しいから当分はいけないけど、それでもかまわないか」
「勉強に忙しいんだね。実は私も大学は四年で卒業出来なかったんだよ。月夜さんからは口止めされていたけどね」
「朝比奈さんが?」
「私は優等生ではなかったからね。真昼君は夢があるし頑張って欲しいよ。それじゃあ、そろそろ時間だからこの辺で。また会おうね」
「またお会いしたいです。そのときはゆっくりお話聞きたいです」
「それじゃ、そのうちに。朝比奈さん」
真昼の家って何だか複雑だなあ。けど、お父さんはいい人そうだ。真昼は全然認めていないみたいだけど。でもこれで、服飾の学校に行く資金は得られたわけだ。妙に大学の卒業にこだわるなと思ったら、資金援助を受けるための約束事だったのか。無事に大学を卒業して、服飾の学校に行けるといいなあと思う。その前に真昼のお母さんに会わなければならないのか。それはちょっと緊張するな。まだ先になるんだろうけど、心の準備はしておこう。