「あ、えと、これはですね」
鏡の前でポーズしたまま固まってた俺を見て、なんとなく察してくれたのだろう。
「まぁいい。俺の名前はクロエだ、新入り。師匠から案内を頼まれた。よろしくな」
クロエ先輩って言うのか……よし!覚えたぞ!
先輩も獣人の格好で、ゴールデンレトリバーのような垂れた耳とフサフサの尻尾がある。
金髪のショートカットで、女になった俺よりも背が小さい女の人だ。
「よろしくお願いします、クロエ先輩」
俺は何事もなかったかのように頭を下げる。
いや、うん、ナニモシテナイヨ、オレ、ポーズナンテトッテナイ。
「お、礼儀正しいじゃねーか。よろしくな」
あ、尻尾がフリフリしてる。機嫌いいんだ。
「さて、と。まずは自分の部屋からだな。何か荷物はあるのか?」
「服くらいしか……」
そりゃそうだ。荷物なんて持ってきてない。
あるとすれば、今脱いだ服――グリードで一番最初に貰った、あの青い服くらいだ。
「そうか。まぁ、ここじゃ一文無しで来るやつも多いしな。それ持ってついて来い」
「押忍!」
「? オス? なんだそれ?」
「え? あ、いや何でもないです」
あれ? こう言うノリじゃないのかな……?
「? 俺たちの滞在するここ、龍牙道場は知っての通り、弱い奴が本当に強くなりたいと思ったらたどり着く場所だ。
まずはこの長ぇ廊下だが、ここは魔法で師匠の部屋から見えるようになってる」
「他のところは見えてないんですか?」
「ああ、たぶんな……もっとも、俺たちを監視するってより、外からの侵入者とかを見るためだからな」
「あ、なるほど」
「どこの部屋に行くにもこの廊下を通るから、そういう意図があるってことは覚えとけ」
「はい」
「んで、最初に紹介するのがここ。大広間だ」
そう言ってクロエ先輩がドアを開けると、学校の体育館4つ分くらいの広さの大きな部屋が現れた。
壁にはぎっしりとドアが並び、そのうちの一つから俺たちが出てきたのだろう。
かなりの数の獣人たちが、それぞれドアに入ったり出たり、大広間の中で組み手をしてい……たのだが。
俺が入った瞬間、みんな動きを止め、シン……と静まり返った。
例えるなら、全校集会でザワザワしていた体育館が、校長先生の登壇で一瞬にして静まる、あの空気。
「あ……えーっと」
みんなが黙るのに、たぶん3分かかりました!
ってそんなこと考えてる場合じゃない!
うぅ、気まずい……なんて言えばいいんだろ。
そのとき、一人。一番近くにいた鳥の獣人がこちらに歩いてきた。
「お嬢さん」
「へ? 僕?」
明らかに俺なのだが、“お嬢さん”って呼ばれると、無意識に反応してしまう。
「はい、麗しいお方。貴方ほど美しく綺麗な獣人は見たことがありません」
「は、はぁ……」
「怖がらなくてもいいのですよ。これから先、私たちは同じ“強さ”を目指す、家族のようなもの。何か分からないことがあれば――」
そのまま鳥の獣人は俺の前で膝をつき、手を取ってきた。
……って、うおい! このパターンって、アレだろ!?
「今後とも宜しくお願いします」
そう言って、手の甲にキスをされた。
……いや、実際はくちばしの先が手の甲に当たって、ちょいチクっとしただけだが……
「よ、よろしくお願いします」
ひきつった笑顔になってしまう。
うわ、なんか、なんかこそばゆい……! 手、洗いたい。いや、洗っちゃダメか……?
そのキスを皮切りに、周りの獣人たちが集団でこちらに押し寄せてくる!
「おれも!」「わたしも!」「おらも!」「おいらも!」「わたしも!」
「え!? ちょ! ま!」
その人たちが近づいてきたとき、“バンッ!”と、俺のすぐ横から大きな音が響いた。
「うへ!?」
見ると、クロエ先輩が床を足で思いっきり踏み抜いていた。
その音で、獣人たちが足を止める。
「てめーら……」
まるで『ゴゴゴゴゴ……』って効果音が入りそうな雰囲気。
「誰が“新入り”に群がっていいって言ったァ……? 俺のときと対応が全ッ然ちげーじゃねえかぁぁああ!!!」
「や、やべっ! クロエさんが怒ったぞ! みんな逃げろ!」
「おせえぇ! 逃さねえええ!」
そこからクロエ先輩の百人組み手が始まった。
圧倒的な力で、次々と獣人たちをねじ伏せていくその姿――
俺はもう、目が釘付けになっていた。
クロエ先輩……かっけぇ。