圧倒的な組み手を見物して目を輝かせた後、クロエ先輩はストレス解消したようにスッキリした顔になり、俺の案内を再開していた。
すごかった! ほんと凄かったよ!
語彙力がないせいでそれしか言えないけど、見てて異世界に来たんだなぁって再確認したね! うん!
「それで、さっきのドアの位置は覚えたか?」
「あ、は、はい」
概ね説明すると、あの体育館みたいなのが中心と考えて、そこからいろんなところに派生していってる。
今は“女性寮”と書いてあったドアを通って来た。
「ここがお前の部屋だ。ベッドとトイレ、シャワーと、あとは鏡だが、なんか他にいるもんがあったら言え。女性代表の俺が買ってきてやる。一応、男性の代表はオリバルっていう奴だ。覚えとけ」
「はい! ごっつあんです!」
「? あとは基本自由だ。最初はどこから手をつけていいかわからないと思うから、部屋で待機しとけ。俺か他の誰かが呼びに来る」
「わかりました!」
「あと、これは個人的な意見だが、お前は男に襲ってくださいと言わんばかりの身体と匂いがするから、なんかあったら俺に言えよ? ま、俺はもう少しで免許皆伝だからその時までだけどな」
自慢げに胸を張って言ってくるが、免許皆伝なんて今までアニメとかテレビでしか聞いたことないので、どれくらいすごいか感覚がわからない。
「あ! 肝心なこと書いてなかったな。お前の名前」
「あ、ほんとですね、ハハ。僕の名前はアオイって言います」
「よろしくなアオイ。じゃあな」
そう言った後、クロエ先輩は部屋から出ていった。
扉に鍵がついていないのは、この寮がアットホームな感じなのだろう。
田舎のおじいちゃんおばあちゃんみたいな……まぁ、盗むもんなんて俺の部屋にはないんだがな!
「……」
鏡で自分を見る。
「慣れるもんだな……」
鏡の奥にいるのは【自分】。
この世界の俺の顔だ。
異世界に来た当初は、鏡に映っている自分を自分と思えなくて目を逸らしてたが、今は堂々と見れるまで慣れてしまった。
ネコミミと尻尾は違和感バリバリだけど……
「俺が女……ねぇ」
元の世界の俺からしたら、とんでもないことだよな。
それこそ大人になってだんだん和らいできたときに異世界に来たけど、女性恐怖症真っ只中のあの日の俺がなったら自殺してると思う。
克服できたわけじゃない。だから俺には女友達などいなかった。
「昔は店員が女ってだけで嫌悪感がすごかったっけ」
ベッドに横になり、天井を見る。
「あの不快感、嫌悪感……どこにいったんだろ……」
『何か』を忘れてしまってる気がする。
「なんだっけな」
その『何か』を思い出せない。
うーーーん、大事なことを忘れている……いや、うーーん。
「ま、いっか」
過去のことより未来のこと!
今からのことを考えよう。
俺はここで強くなる!
それから____それから……ユキちゃんを迎えに行って、大人しくゆっくり暮らしながら何かしよう。
「だー! なんか異世界に来たのに考えることが元の世界とあんまり変わらねぇ!
暮らすには何か職につかなきゃダメだろうし、くそー!」
うん、考えるのをやめよう。
今は今できることを頑張ってしよう……
そうして俺は目を閉じ、部屋に誰か入ってくるのを待った。