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第190話 出来た!できたよ!やった!


 《龍牙道場》




 「今日も一日、修行に各自励むように」


 その師範の言葉を聞き続けて、もう何日が過ぎたんだろう。


 未だに、何も取得できてない。

 さすがに心がポキっと……いや、バッキリ折れそうだよ……


 「正直、気合いでなんとかなると思ってました……」


 情けなくて、しっぽもぺたんと垂れ下がる。


 「あぁ……いつもの光景だ」


 「そうでもなかろう」


 「ぬわぁっ!? し、師匠っ!?」


 いつの間に! ていうか気配ゼロ!? 忍者!?


 「苦戦してるようじゃな」


 「……はいぃ……」


 「どれ、見ておく。やってみよ」


 「う、うす……」


 泉の前に立って、魔力を足裏に集中――のつもりなんだけど、足は当然のように水の中へズブリ。


 「……て、感じなんですけど……」


 「ふむ、此方に来てみよ」


 「は、はい……」


 師匠の前に行くと、隣に座れと指示されてそっと腰を下ろす。

 お尻に湿ってる感覚が来るけど慣れたね……


 「綺麗じゃろ?」


 「? あ、はい。すっごく……」


 「どんな風に見える?」


 どんな風、って……


 「えっと、泉は深くて綺麗な青です。でも近くで見ると、すっごく透明で……まるで鏡みたいです」


 「ホッホッホ。ここはな、まだ私が目が見えていた頃に見つけた場所である」


 「……えっ、じゃあ今は……?」


 「うむ。しかし、視界は見えぬが――“見える”のだ」


 「……?」


 やっぱり、師匠はスゴイ人だ。

 何言ってるか分からないけど何となく分かった。

 良くある他の機能で補うと言うやつだろう。



 「では、泉の反対側には何が見える?」


 「え? そんな、広くて遠すぎて……何も……」


 「見えておるじゃろ? 言ってみい」


 「えぇ~……んー、じゃあ……目のいい魔物があっちから私を狙ってたりして? あはは、冗談ですよ?」




 「正解じゃ」




 「うぇええっ!?!?」




 「……嘘じゃ」


 「なっ、もう……! びっくりさせないでくださいよ〜……」


 「何故、出来ないと思う?」


 「えっと……僕の魔力が少なくて……うまく操作もできないから……かな?」


 「違う。魔力が少ない門下生もおる。

 ――先ほどの問い、“見えていない”のに、答えを導き出したな?」


 「え、ええと……ただのノリというか、冗談で……」


 「それじゃ」




 「へ?」




 「“見えていないが、見えている”――それが大事なのじゃ」


 「はぁ、ますます難しいです……」


 「では問う。魔力の流れは見えておるか?」


 「いえ……見えません」


 「だが、魔力を操作しろと言われて、お前は“何か”をイメージしたはずじゃ」


 「う、うん……たしかに、なんとなく、ぼんやりですけど」


 「魔皮紙や魔方陣なら、魔力を近づけるだけで自動的に吸い取ってくれる。

 じゃが、ここでの修行は“魔力を形にする”。それには“虚構の現実”が必要なのじゃ」


 「虚構の現実……」


 「遠くに魔物がいると思ったが、実際はいない。

 だが、お前は“儂がいる”と言った時に、信じた。――それが、“虚構の現実”じゃ」


 「!」


 分かりやすい!


 「では、もう一度」


 「はい!」


 俺は泉の前に立ち、ゆっくり目を閉じる。


 魔力は、見えない。

 でも――あるって、信じてみる。




 (……大丈夫。僕にも……できる!)




 ____ポチャッ






 「ひゃっ……ぅぅ……冷たっ……」




 しっぽまでびしょ濡れ……でも、ちょっとだけ、足が浮いた気がする!




 「……もう一回っ!」




 集中して……イメージして……




 「え、あっ!? うわっ、おおおっ!!」




 少しだけ、ほんの少しだけ、足が地面から浮いた!

 そのまま、つるんと滑って尻もち――!


 「いったぁ……でも……できた! 今、ちょっとだけ浮いた……!」


 例えるなら……ローラースケート! 足の下に何かついてる感じ!

 これなら……水の上も行けるかも……!


 「ホッホッホ。やればできるじゃないか」


 「えへへ……ありがとうございますっ!」


 「うむ。小さな一歩じゃが、お前にとっては大きな一歩じゃ。これからも、がんばるのじゃぞ」


 「はいっ!」


 師匠はにっこり笑って、戻っていった。


 ほんの少しだけど出来た!!!!!!!!!


 この達成感、誰かに伝えたい! 誰か褒めてっ! いやマジで!


 「よーし! がんばるぞーっ!! おーっ!!!」



 《泉の向こう側》




 「ホッホッホ……励んでおる、励んでおる」




 師範は転移して、こっそり反対側からアオイを観察していた。




 「しかし……あの魔力の流れ……」




 目は見えないが、その代わりに“魔力の流れ”を見ることができる彼には、

 アオイの内側で“何か”がほんの一瞬、輝いたのが見えていた。




 「……まだまだ、儂も修行が足りぬということか」




 アオイの一瞬出した、不可解な現象。




 その力に、本人が気づくのは――まだ、もう少しだけ先の話だ。



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