《龍牙道場》
「今日も一日、修行に各自励むように」
その師範の言葉を聞き続けて、もう何日が過ぎたんだろう。
未だに、何も取得できてない。
さすがに心がポキっと……いや、バッキリ折れそうだよ……
「正直、気合いでなんとかなると思ってました……」
情けなくて、しっぽもぺたんと垂れ下がる。
「あぁ……いつもの光景だ」
「そうでもなかろう」
「ぬわぁっ!? し、師匠っ!?」
いつの間に! ていうか気配ゼロ!? 忍者!?
「苦戦してるようじゃな」
「……はいぃ……」
「どれ、見ておく。やってみよ」
「う、うす……」
泉の前に立って、魔力を足裏に集中――のつもりなんだけど、足は当然のように水の中へズブリ。
「……て、感じなんですけど……」
「ふむ、此方に来てみよ」
「は、はい……」
師匠の前に行くと、隣に座れと指示されてそっと腰を下ろす。
お尻に湿ってる感覚が来るけど慣れたね……
「綺麗じゃろ?」
「? あ、はい。すっごく……」
「どんな風に見える?」
どんな風、って……
「えっと、泉は深くて綺麗な青です。でも近くで見ると、すっごく透明で……まるで鏡みたいです」
「ホッホッホ。ここはな、まだ私が目が見えていた頃に見つけた場所である」
「……えっ、じゃあ今は……?」
「うむ。しかし、視界は見えぬが――“見える”のだ」
「……?」
やっぱり、師匠はスゴイ人だ。
何言ってるか分からないけど何となく分かった。
良くある他の機能で補うと言うやつだろう。
「では、泉の反対側には何が見える?」
「え? そんな、広くて遠すぎて……何も……」
「見えておるじゃろ? 言ってみい」
「えぇ~……んー、じゃあ……目のいい魔物があっちから私を狙ってたりして? あはは、冗談ですよ?」
「正解じゃ」
「うぇええっ!?!?」
「……嘘じゃ」
「なっ、もう……! びっくりさせないでくださいよ〜……」
「何故、出来ないと思う?」
「えっと……僕の魔力が少なくて……うまく操作もできないから……かな?」
「違う。魔力が少ない門下生もおる。
――先ほどの問い、“見えていない”のに、答えを導き出したな?」
「え、ええと……ただのノリというか、冗談で……」
「それじゃ」
「へ?」
「“見えていないが、見えている”――それが大事なのじゃ」
「はぁ、ますます難しいです……」
「では問う。魔力の流れは見えておるか?」
「いえ……見えません」
「だが、魔力を操作しろと言われて、お前は“何か”をイメージしたはずじゃ」
「う、うん……たしかに、なんとなく、ぼんやりですけど」
「魔皮紙や魔方陣なら、魔力を近づけるだけで自動的に吸い取ってくれる。
じゃが、ここでの修行は“魔力を形にする”。それには“虚構の現実”が必要なのじゃ」
「虚構の現実……」
「遠くに魔物がいると思ったが、実際はいない。
だが、お前は“儂がいる”と言った時に、信じた。――それが、“虚構の現実”じゃ」
「!」
分かりやすい!
「では、もう一度」
「はい!」
俺は泉の前に立ち、ゆっくり目を閉じる。
魔力は、見えない。
でも――あるって、信じてみる。
(……大丈夫。僕にも……できる!)
____ポチャッ
「ひゃっ……ぅぅ……冷たっ……」
しっぽまでびしょ濡れ……でも、ちょっとだけ、足が浮いた気がする!
「……もう一回っ!」
集中して……イメージして……
「え、あっ!? うわっ、おおおっ!!」
少しだけ、ほんの少しだけ、足が地面から浮いた!
そのまま、つるんと滑って尻もち――!
「いったぁ……でも……できた! 今、ちょっとだけ浮いた……!」
例えるなら……ローラースケート! 足の下に何かついてる感じ!
これなら……水の上も行けるかも……!
「ホッホッホ。やればできるじゃないか」
「えへへ……ありがとうございますっ!」
「うむ。小さな一歩じゃが、お前にとっては大きな一歩じゃ。これからも、がんばるのじゃぞ」
「はいっ!」
師匠はにっこり笑って、戻っていった。
ほんの少しだけど出来た!!!!!!!!!
この達成感、誰かに伝えたい! 誰か褒めてっ! いやマジで!
「よーし! がんばるぞーっ!! おーっ!!!」
⸻
《泉の向こう側》
「ホッホッホ……励んでおる、励んでおる」
師範は転移して、こっそり反対側からアオイを観察していた。
「しかし……あの魔力の流れ……」
目は見えないが、その代わりに“魔力の流れ”を見ることができる彼には、
アオイの内側で“何か”がほんの一瞬、輝いたのが見えていた。
「……まだまだ、儂も修行が足りぬということか」
アオイの一瞬出した、不可解な現象。
その力に、本人が気づくのは――まだ、もう少しだけ先の話だ。