《ミクラル城 医務室》
国家最高クラスの医療魔法設備が整ったこの部屋で、
一人の少女が、静かに、そして確実に命を手放そうとしていた。
「容態悪化ッ! 魔力循環、限界値を突破!」
「人工魔力注入! 最大濃度で――……反応なし!? そんな……!」
ベッドの上。
ユキの小さな身体は、まるで“抜け殻”のようだった。
呼吸は浅く、か細く、何かを吐き出すようなうめき声すら出ない。
「マギトレース、再起動不能! 神経伝達、途絶えました!」
「生体魔術の干渉範囲を広げろ! 今ならまだ……!」
「……おかぁ……さ……」
その言葉は、ほとんど音にならなかった。
ただ、唇の動きと微かな震えだけがそれを物語る。
――最後に呼んだ、名前だった。
体温は急激に下がっている。
肌は白く、冷たい。皮膚の色はもう、命のそれではなかった。
「魔力枯渇症状の進行が……異常です……!」
通常の魔力切れなら、意識障害はあっても命を落とすことはない。
だが――この少女の体は、違っていた。
「……ほとんどの身体機能が……魔力で動いている……まるで……」
「魔力で動く人形、みたいだ……」
医師たちの声が震えていた。
魔法に精通したプロの中ですら、説明ができない。
なぜ彼女がこんな身体になったのか、誰も答えを持たない。
「もう……動かない……臓器が……!」
「あぁ……心臓が、止まる……!」
――だめだ。
何をしても、ユキの身体は冷たくなっていく。
まるで、すべてが最初から“仕組まれていたかのように”。
「っ……誰か、何とかしてくれ……っ!」
叫ぶ声が、泣き叫ぶように響く。
だが、返ってくるのは無音。
――モニター音の停止。
――マギトレース、死亡判定。
静かだった。
無力だった。
魔法国家とまで言われたこの国の、最先端の魔術と才能を持った医師たちが、
ただ――沈黙の中に立ち尽くしていた。
「……ここまで、か……」
誰かが呟いた、そのとき――
扉が、ゆっくりと開いた。
「よく、ここまで繋ぎましたね~。……あとは任せて~」
それだけだった。
狐耳と、もふもふの尻尾を揺らしながら現れたその女は、
何も説明せず、何も問わず――
ただ、ユキのそばに立った。
「……あなたは……!?」
「たまこ、って呼ばれてます~。“六英雄”の1人、って言えば……伝わるかしら?」
医師たちの誰かが息を呑んだ。
その名は、かつて歴史書でしか見たことがなかった“伝説”。
だが、たまこは笑ったまま、ひとことだけ呟いた。
「それじゃ、いくわね~」
それが、“奇跡”の始まりだった。