「……ルコサ?」
ユキが名を呼んだその人物は、リビングに置かれたソファーで寝そべっていた。
全身真っ白な神父服をまといながらも、どこか気だるげで覇気がない。
20代ほどの若い男。だが“ただの青年”には見えなかった。
「……」
この男――危険だ。
そんな直感が、ヒロユキの脳裏をかすめる。
「やっほ〜、驚いた? 実際は鍵を開けて入ったんじゃなくて、この部屋に軸を合わせて転移してきたんだけどね。
ちょっとイタズラで玄関の鍵だけ開けといたよ。……焦る顔が見たくてさ」
「趣味が悪いですね……」
「転移〜? この家にできるの〜?」
「いえ、うちに転移ポータルなんてありません。
そもそも転移魔法って、初級や中級――いえ、上級でも防犯魔法が張られてる個人宅には入れないんです」
「……てことは、超級?」
「……」
「ふふっ、余計な詮索はやめたほうがいいよ。お互いにね……たまこさん」
「……ふ〜ん。私、まだ名前名乗ってないんだけど〜? 最近プライバシーがダダ漏れな気がするわ〜」
――たまこもそれ以上は追及しなかった。
「それで、そちらの女性は誰ですか?」
ちゃっかり皆にお茶を準備しているユキが話しかける。
……敵ではないと判断してるようだが、家に勝手に入ったことはもっと怒ってほしい。
「あぁ、この人は――」
ルコサが紹介しようとした瞬間、その女性がすっと前に出て自己紹介を始めた。
「私の名前は【ルダ】さね。このだらしない神父の“愛人”さね」
「……なるほど」
「うーん、全然違うけど……まあ話がこじれるからそれでいいや。言っとくけどババ――」
その瞬間、ルダの目が鋭く光る。
「……っ」
ルコサはごくりと唾を飲み込み、続きを飲み込んだ。
「言っとくけど、僕のストライクゾーンからは大外れになってるから」
「フン……まぁいいさね」
「それで、ルダさんのことも話すつもりはないんでしょうから、単刀直入に訊きます。
……何しに来たんですか? まさか、私たちの装備や武器を盗みに来たわけじゃないですよね?」
ユキは盆を抱えたまま、皆の前に一杯ずつお茶を置いていく。
……おもてなし精神は染みついているらしい。
「盗んだのは――これだよっ!」
ルコサはズボンのポケットから何かを取り出す。
青と白の、しましまパンツだった。
「「???」」
ヒロユキとたまこは、同時に首をかしげた。
「__っ!?!?!?」
だがユキだけは違った。
顔を真っ赤にしながら、手にしていたお盆を落とし、パンツを取り上げた。
「ななななななななななな!?!?!?!?!?」
「……ユキ、落ち着け」
「変態! 変態です! ヒロユキさん! すぐにギルドに通報を!!」
「あらあら〜、ユキさんは可愛いパンツ穿いてるのね〜?」
「ちちちち違いますっ!! 大人の下着は……その……恥ずかしいというか……モニョモニョ……」
「……?」
こちらを見ながらユキはモニョモニョと恥ずかしがっている。
小さい子のパンツを見ても特に何も思わないが――何かあるのだろう。
「ええい! 話をややこしくするんじゃないさね!!」
――ゴッ!!
ルダの拳が唸りを上げ、ルコサの腹に突き刺さった。
「ゲハッ!!」
骨の鳴る鈍い音が部屋に響く。
「私たちの来た目的は、これさね」
そう言って、ルダは懐から黒い何かを取り出し、無言で壁に投げつけた。
「……!?」
「これは……ジュンパクの……!」
「ん〜?」
「この忌々しい鎌と、その持ち主の居場所を教えに来たさね」
「えっ!?」
「ゲホッ……ゲホッ……そうそう。
僕たちはそれを伝えるために、わざわざ遠い遠いアバレーからまたここに戻ってきたんだよ。
しかもこの後、まだ仕事が山ほどあって、急いでるんだ」
……ならパンツ盗んでないで最初から本題に入れ
「本当にアナタ達は……いえ、やめましょう。
ジュンパクの居場所を教えてくれてありがとうございます。
情報代として、通報はやめておいてあげます――変態」
「ふっ、変態なんて誉め言葉だぜ☆__っと、君まで僕を殴ろうとしないで!?」
「さっさと居場所を言え♪」
――ユキの笑顔は、目が笑っていない。
「う、うん……彼? 彼女? 今は“龍牙道場”にいるよ」
「……!」
たまこがその言葉に目を見開く。
「どうしてその道場を知ってるのかな~?」
「さっき言ったよね? お互いに詮索しないって」
「……」
「まあ、確かにいじわるだったね。
じゃあ最後に――僕たちのこと、少しだけ教えてあげよう」
ルコサはゆっくりと、神父服の胸元を整えながら告げた。
「僕たちは“神の声”を聞き、君たち【勇者】を導く者だ」
そして――
空間に魔方陣が展開され、ルコサとルダの姿は一瞬で消えた。
「……何だったんだ……」
「ユキさん〜、知り合いでしょ〜? あとでゆっくり話してね〜?」
「え、えぇ……(ルコサさんは知ってましたが……ルダ……あの人はいったい……)」
____その日、たまこの荷物を整理して町で魔皮紙の補充をして、三人は一日だけ滞在した。
どうやら“龍牙道場”というのは、秘密の道場らしく――
一定の人物しか、場所すら知らないという。
明日、俺たちは“ジュンパク”を迎えに行くために、またアバレーへ戻ることになる。
……そして、もう一つ事件があったとするなら。
「あんの変態神がぁぁぁぁああああ!!!!!」
――ユキのパンツが、もう一枚無くなっていたらしい。