《とある森の中》
「アオイさんと……私の娘が、なぜ一緒に……」
グリード王国代表騎士・キールは、森の奥深くで小さな焚き火を囲みながら、静かに過去の出来事を反芻していた。
「それに――あの魔物。かつてアバレー王国には何度か訪れたが……見たことがない。新種か?」
アオイと別れた直後、黒い狼は何かに呼ばれるようにその場を立ち去った。
キールは急いでアオイを追ったが、自分が使う予定だった転移魔皮紙は、あの時アオイに渡してしまった。
追いつけるはずがなかった。
「……どういうことだ。娘の居場所は、本来ならば女王が知っているはず……」
キールが王を裏切る決断をした最後の一押し――それは、“娘の命”だった。
ゆえに、娘の情報は王宮には一切頼らず、独自に調査していたが……成果はゼロ。
そんな中で、あの出来事が起こったのだ。
「…………もう少し、この国で調べてみる必要がありそうだ」
呟きながら、携帯食糧を取り出す。
手のひらに乗ったそれは、直径五センチほどの球体。
口に入れると膜がぷちりと弾け、栄養ジェルが広がる。
「――うっ……やっぱりまずいな……」
金属っぽい匂いと、どろりとした舌触り。
栄養は満点だが、味覚への配慮は皆無だ。
「開発者を殴りたくなる味だな……」
それでも、体内にはしっかりとエネルギーが満ちてくる。
この国の過酷な環境では、貴重な補給源だった。
「……彼女たちは、確実にこの国のどこかにいる。
人間嫌いが多いこの国で情報を集めるのは骨が折れるが……確実に、“娘に近づいた”」
今、女王に問いただしたところで、真実ははぐらかされるだろう。
最悪、グリード王国への帰還を命じられる可能性すらある。
「……せめて、自分の姿を獣人に変える魔法があれば……
いや、それが可能ならこの国にスパイ天国ができてしまうか……」
小さく吐息をつきながら、キールは立ち上がる。
その手は、背に背負った剣へ――
「____来る!」
直後、奥の茂みから飛び出してきたのは、赤髪に獣の耳を持つ獣人の少女。
首元には、34番を示す奴隷刻印が刻まれていた。
「君は……!」
「――私を匿ってください!」