目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第204話 山亀、無理やり起こされる!


 《数時間前》




 アオイは道場で、決して好調とは言えないが、修行を一歩ずつ確実にこなしていた。




 「さすがに砂漠を横断する時は、死ぬかと思った……」




 初級の奥義を獲得する修行とはいえ、アオイにとってはまさに命がけの日々。

 特にあの“砂漠横断”では、脱水症状で死にかけた末に、ようやくクリアしたという地獄の体験もある。




 そして今、いよいよ初級のラスト修行。




 「待っててね、ユキちゃん……強くなるための一歩が、今――踏み込まれる! なーんて!」




 気合を入れて、魔力枯渇に耐える修行へ向かうためにアオイは転移した。






 「ここが……次の場所?」




 転移した先は、静かな山の中。

 前方には、ぽっかりと口を開けた大きな洞窟があった。




 「……入れってことだよね? 暗い洞窟って、ちょっと抵抗あるなぁ……

 でも入らないと進めないんだけど!」




 ブツブツ文句を言いながらも、アオイは洞窟の中へ歩みを進める。




 「ジメジメしてて、マイナスイオンたっぷりな空気だなぁ」




 進むにつれて、洞窟内の光は徐々に消え――完全な暗闇に包まれる。




 「うわぁ、懐中電灯ほしい……。とりあえず壁に手を当てながら進もう」




 誰もいないとわかっていても、何も見えないと心細さが勝つ。

 声を出して、暗闇の恐怖を紛らわせるアオイ。




 「なんか……鍾乳洞の中を歩いてるみたいだよね。

 光ないとマジで怖いし、こんな状態で襲われたら一発でこの世を去る……あれ? 僕、結構今やばい?」




 ちなみに、アオイたちが使っている【獣人化】の魔皮紙は、

 使い慣れると動物の感覚を最大限に活かせるが――アオイはまだその段階にない。




 「……歌でも歌おうかな……」








 「……むげ~~んだ~~いの~~ゆ~めの中の~」






 そんなこんなで進み続け、約10分後――




 「あ、光が!」




 その瞬間、洞窟の天井に埋め込まれた岩がふわりと光り出す。

 アオイを迎えるかのように、空間全体が照らされていった。




 「うわ……何これ……キモ……」




 光が満ちた先には、巨大な天然ドーム状の部屋。

 地面一面に、びっしりと“黒い薔薇”が生えそろっていた。




 「ふ、踏んじゃうけど……いいのかな?」




 仕方なく、アオイは薔薇を踏みながら部屋の中心へと進む。




 「……何だろ?」




 アオイの周囲の薔薇が、彼女を中心に花開き始める。

 まるで、そこに“何か”が反応しているかのように。




 部屋の中央には出口も入口もない――つまり、ここが修行の場所だ。




 「……待ってたら魔力が無くなるってことかな?

 この薔薇、非常食だったりして?」




 冗談まじりに呟きながら、その場でじっと待つ。






 ――10分経過。


 ――20分経過。




 だが、身体に特に変化はない。

 目に見えているのは、黒い薔薇の花びらが増え、舞い、落ち、また咲くという奇妙なサイクル。




 「……ヒトデの動きの早送り見てるみたい……」




 ついに立っているのがきつくなり、アオイは足元の薔薇を避けながら腰を下ろそうとした――






 ____その時だった。




 「えっ!? な、なに地震!?」




 突然の地鳴り。

 ぐらりと揺れ、アオイは尻もちをつく。その衝撃で胸も揺れる。




 「怖い怖い怖い怖い怖いっ!! なにこれ!? やばいって!!」




 立ち上がろうとするも、足が震えてうまく立てない。




 「こうなれば四足歩行で!」




 そして――最悪の事態が起こる。




 「っ!! うそでしょ!?」




 通ってきた洞窟の入口。

 そこが、崩れ落ちた岩で完全に塞がれてしまっていた。




 「閉じ込められた!? いや、ていうかこの部屋も危なくない!? 崩れたら終わりじゃん!?」






 アオイは青ざめた顔で、地震による落石の恐怖に怯えながら、ただ助けが来るのを待つしかなかった。




 ――しかし彼女は知らなかった。




 地震よりも、もっと恐ろしい“災害”の――

 その起動スイッチを、自らの手で押してしまったということを。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?