《数時間前》
アオイは道場で、決して好調とは言えないが、修行を一歩ずつ確実にこなしていた。
「さすがに砂漠を横断する時は、死ぬかと思った……」
初級の奥義を獲得する修行とはいえ、アオイにとってはまさに命がけの日々。
特にあの“砂漠横断”では、脱水症状で死にかけた末に、ようやくクリアしたという地獄の体験もある。
そして今、いよいよ初級のラスト修行。
「待っててね、ユキちゃん……強くなるための一歩が、今――踏み込まれる! なーんて!」
気合を入れて、魔力枯渇に耐える修行へ向かうためにアオイは転移した。
「ここが……次の場所?」
転移した先は、静かな山の中。
前方には、ぽっかりと口を開けた大きな洞窟があった。
「……入れってことだよね? 暗い洞窟って、ちょっと抵抗あるなぁ……
でも入らないと進めないんだけど!」
ブツブツ文句を言いながらも、アオイは洞窟の中へ歩みを進める。
「ジメジメしてて、マイナスイオンたっぷりな空気だなぁ」
進むにつれて、洞窟内の光は徐々に消え――完全な暗闇に包まれる。
「うわぁ、懐中電灯ほしい……。とりあえず壁に手を当てながら進もう」
誰もいないとわかっていても、何も見えないと心細さが勝つ。
声を出して、暗闇の恐怖を紛らわせるアオイ。
「なんか……鍾乳洞の中を歩いてるみたいだよね。
光ないとマジで怖いし、こんな状態で襲われたら一発でこの世を去る……あれ? 僕、結構今やばい?」
ちなみに、アオイたちが使っている【獣人化】の魔皮紙は、
使い慣れると動物の感覚を最大限に活かせるが――アオイはまだその段階にない。
「……歌でも歌おうかな……」
「……むげ~~んだ~~いの~~ゆ~めの中の~」
そんなこんなで進み続け、約10分後――
「あ、光が!」
その瞬間、洞窟の天井に埋め込まれた岩がふわりと光り出す。
アオイを迎えるかのように、空間全体が照らされていった。
「うわ……何これ……キモ……」
光が満ちた先には、巨大な天然ドーム状の部屋。
地面一面に、びっしりと“黒い薔薇”が生えそろっていた。
「ふ、踏んじゃうけど……いいのかな?」
仕方なく、アオイは薔薇を踏みながら部屋の中心へと進む。
「……何だろ?」
アオイの周囲の薔薇が、彼女を中心に花開き始める。
まるで、そこに“何か”が反応しているかのように。
部屋の中央には出口も入口もない――つまり、ここが修行の場所だ。
「……待ってたら魔力が無くなるってことかな?
この薔薇、非常食だったりして?」
冗談まじりに呟きながら、その場でじっと待つ。
――10分経過。
――20分経過。
だが、身体に特に変化はない。
目に見えているのは、黒い薔薇の花びらが増え、舞い、落ち、また咲くという奇妙なサイクル。
「……ヒトデの動きの早送り見てるみたい……」
ついに立っているのがきつくなり、アオイは足元の薔薇を避けながら腰を下ろそうとした――
____その時だった。
「えっ!? な、なに地震!?」
突然の地鳴り。
ぐらりと揺れ、アオイは尻もちをつく。その衝撃で胸も揺れる。
「怖い怖い怖い怖い怖いっ!! なにこれ!? やばいって!!」
立ち上がろうとするも、足が震えてうまく立てない。
「こうなれば四足歩行で!」
そして――最悪の事態が起こる。
「っ!! うそでしょ!?」
通ってきた洞窟の入口。
そこが、崩れ落ちた岩で完全に塞がれてしまっていた。
「閉じ込められた!? いや、ていうかこの部屋も危なくない!? 崩れたら終わりじゃん!?」
アオイは青ざめた顔で、地震による落石の恐怖に怯えながら、ただ助けが来るのを待つしかなかった。
――しかし彼女は知らなかった。
地震よりも、もっと恐ろしい“災害”の――
その起動スイッチを、自らの手で押してしまったということを。