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第228話 頭担当!

 「さぁ、準備できました。みなさんも場を離れて、此方に向かってきてると思います」


 ユキの言葉に、ジュンパクとアンナが無言でうなずく。


 3人は、山亀の進行方向にある砦の上に立っていた。

 見下ろせば、地響きを立ててゆっくりと接近してくる巨大な影。


 その手足には、すでに仲間たちの攻撃で深い傷が刻まれている。だが――




 「あの亀って、痛覚ってあるのかな?ミーが亀の立場なら、手がボロボロで痛すぎてキレると思うけど」


 ジュンパクが無邪気にそう言って、眉をひそめる。


 「再生するからこそ……痛覚を“切っている”のかもしれませんね」


 「はぁ……それにしても、本当にうまくいくのかしら」


 「上手くいかなかったら、その時はその時です」




 ユキは砦の中央、巨大な魔導兵器の起動装置の前に立ち、ぐっと拳を握りしめた。

 3人の前には、魔力を充填した重厚な装置が静かに待機している。




 その名も――【撃・山亀クラッシャー】


 ……ちなみにこの命名をしたのは、他でもないユキである。


 それを聞いた時のアンナとジュンパクの顔は、何も言わずとも想像がつく。


  先程よりはややペースを落としながらも、山亀は確実に迫ってきていた。

 一歩、また一歩……その巨体が砦の真下に近づくたび、大地が唸るように揺れる。




 「うわー……段々近づいていましたけど、この大きさは圧巻ですね……」




 ユキがぽつりと呟く。

 その目は、巨大な山のような敵を見据えていた。

 今は何も動かさない。ただ、その瞬間のためだけに“完璧なタイミング”を待つ。


 それがユキの役目。絶対に失敗は許されない。




 「ミー……ちょっとプレッシャーで胸がはち切れそう」


 ジュンパクが珍しく弱音を吐いた。


 「あんたが押すわけじゃないけどね、って言いたいけど……気持ちはわかるわ。

 私も……目の前のあの巨体……いや、山を見てると、今すぐ逃げ出したい気分よ」




 アンナが小さく息を吐く。冷静な彼女でさえ、目の前の化け物には恐怖を隠せない。




 「しかし、ここでこれを成功させて時間を稼がなければ――全て終わりです」




 ユキの言葉に、ふたりが静かにうなずく。




 砦の高さはおよそ600メートル。

 横に広がるその壁面は、全長2キロ超。そこにびっしりと刻まれているのは、複雑な魔方陣と魔皮紙で構成された巨大な仕掛けだ。




 構造は緻密で、美しく、そして異常。

 ここに貼り込まれた魔方陣群を、たった一日で設計・展開したのは――




 ジュンパク、アカネ、そしてユキ。




 もはやこれは、世界初の偉業だろう。

 記録にも、記憶にも、絶対に残る“異常な準備”だった。


  「ほんと……まるで、元からこの魔法を知っていたかの様ね、ユキ」


 「ユキの姉貴は魔法の天才だからね!」


 「そうです!私はお母さん譲りの天才なんです!」


 「流石ユキ姉貴!」




 えっへん、と胸を張ってドヤ顔を決めるユキ。

 ジュンパクがそれに合わせて、パチパチと小さな手拍子を送る。




 「さぁ!山亀の頭が入ってきましたね」




 ユキが指をさす。

 その視線の先には――巨大な亀の“顔”。

 クチバシのように尖ったその頭部が、砦のてっぺんとちょうど同じ高さに達していた。


 その迫力に、砦の空気が一瞬、張りつめる。




 「さぁ、チキンレース勝負です!」




 一歩。

 また一歩。


 亀の顔が迫るたび、足元が震える。


 ジュンパクたちから見れば、自分たちの何倍もある顔が徐々に近づいてくるのだ。




 「「「……」」」




 沈黙。

 ただ風の音と、巨大な足音だけが鳴り響く。


 ユキの頬を、つぅ……と一筋の水が流れた。

 周囲の雨は魔皮紙によって防がれている。これは――ユキ自身の汗だ。




 三人は黙って、その恐怖を押し殺すように、山亀の巨大な顔を見据えた。






 そして――






 ついにその瞬間が訪れた!






 「行きます!ポチッとな!」




 ユキがスイッチを押す。




 次の瞬間――




 砦全体に刻まれた巨大な魔方陣、そして壁にびっしりと貼られた魔皮紙が一斉に発光!


  ――ガゴオオオオオオン!!!




 轟音が砦全体を揺らした。

 その瞬間、砦の正面から三本のとてつもなく巨大な光の槍が放たれる!




 槍は回転しながら飛翔し、凄まじい速度で山亀の首元を貫く。




 一本は首と胴体の境目へ――

 もう一本は右翼と首の間に――

 そして最後の一本は左翼と首の間に――!




 「――ドオォォン!!」


 凄まじい破壊音とともに、光の槍は風穴を開けながら山亀の体内へと突き刺さっていった!






 「ブオオオォォォオオオオオオオ――!!」




 山亀が上げたのは、まるで大型船が汽笛を鳴らして出航する時のような重く低い咆哮。

 その巨体を震わせ、後ろへと逃れようとする――


 しかし。




 槍には“返し”がついていた。




 内部にめり込んだ槍が抜けないように構造化されており、山亀はそのまま完全にその場に固定された。




 「みなさん!成功です!」




 ユキが顔を輝かせながら叫ぶ。




 「これから山亀は、みやさんの言った通り――

 このダメージを治すために、ここで“自己再生”を始めると思います!」


 {やるじゃねーか!ユキ!右翼組は全速力で世界樹に向かってる!}


 「はい!クロエさん、ありがとうございます!」




 通信越しのクロエの声に、ユキの目がぱっと輝く。




 {やりましたね!ユキさん!私たち左翼組も、今撤退して向かってます!}


 「はい!アカネさんも気を付けて!私たちもすぐに向かいます!」




 次々と届く報告に、ユキは胸の内で小さくガッツポーズを作る。




 そして――




 ユキはポーチの中から、あらかじめ魔力を込めて準備していた特別な通信用魔皮紙を取り出した。

 これが最後の部隊への通信。

 最も重要な、最後の一手――














 「このダメージ量なら、かなり自己再生に時間がかかるはず!

 私たちは計画通り、世界樹で準備を進めます!」






 【ヒロイン救出作戦】――スタートです!









 「頼みましたよ__お二人さん」







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