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第245話 『女神』と魔王!


 「……やったな、アオイ」




 『――そうね。本当に、“やっと”よ♪』




 「……!?」




 その瞬間、空気が変わった。


 エスはすぐにそれを察知する。




 「……女神か」




 『あらっ、わかるようになったのね? えらいえらい♪』




 声の主――“アオイの声”のままに、女神は微笑んだ。


 そして、ふわりとエスの頭に手を伸ばし――




 優しく、子どもを撫でるように、その頭の装備をなでる。


 ……深くて、慈しみに満ちた動き。


 それは、まさしく“愛”そのもののような、偽りの優しさ。




 「っ……!」




 エスはその手を、思い切り振り払った。




 「黙れ……! その顔で、声で……俺を惑わすな!」




 女神はくすっと笑う。




 『あらら、ざんねーん? 今のは“アオイちゃん”からの愛情だったのよ?』




 「……っ!」




 「なぜ……出てきた」




 『それはもちろん――』




 女神は、ぬるりと笑うと。


 手のひらに、先ほどアオイが使った“光る糸”を現した。




 『この力……“神の目”と“縛り”の魔法よ』


 『見た瞬間、すべてを絡めとる――とても素敵で、狂ってて、最高な力じゃない?』


  『これだけは――“神の力”だから、私は出せないの』




 女神は、嬉しそうに瞳を細めた。




 『でも……フフッ……キャハハハハハハハ!!』






 笑う。

 笑う。笑う、笑う、笑う、笑う、笑う。




 頬が裂けるほどの笑顔。

 目が潤むほどの歓喜。

 全身で、世界を壊すように――彼女は、笑った。




 『ついに! ついに手に入れたのよ! この“力”を!!』






 その時――


 空気に、微かに震える“声”が混じった。






 「た……すけ……て」






 『ん?』




 女神は笑いを止め、ピタリと動きを止めた。






 「……て……」






 聞こえる――小さな、小さな声。




 音の主に視線を向ける。






 そこは、かつて“山亀”が倒れていた場所。

 臓器や破裂した甲羅の破片が、地面一帯に散らばっている。




 そして――


 その中にある、ひときわ大きな“腹甲の塊”。


 その下から、微かに声が漏れていた。



 少女の声だった。


 『――エス』


 呼びかける女神の声に、エスは無言のまま歩み寄る。




 そして、腹甲の大きな破片を――

 静かに、だが確実に――両断した。




 ズバァンッ――!




 泥と臓器の塊が割れて、崩れ落ちる。






 その下にあったのは――




 白い髪を泥で汚し、全身を押し潰された“少女”。


 骨という骨が折れ、あちこちから血が噴き出し――まるで、血の花の中に埋まっているかのようだった。






 『あら……あなたは――』




 みや、だった。






 『キャハッ! 見て見てエスっ! ぺっちゃんこよ!』




 女神は、飛び跳ねるように笑う。


 『運良く泥の中に沈んでたから、死んでないんだけどねぇ? でもほとんど潰れちゃってる!』




 パチン、と指を鳴らして“観察タイム”を始めるように覗き込む。




 『女の子よねぇ? 顔だけは潰れてないって……どうやったのかな? 魔法? 運? ねぇ、どっちだと思う?』






 「…………」




 エスは何も答えなかった。






 『あっ、もしかしてぇ~?』




 女神はアオイの声で、悪魔のように笑う。




 『“愛しのリュウト様”が来てくれるって信じてたのかな~? 助けてくれるって? ざ~んねんでしたあっ!』




 笑い声は響き、雨の中にすら馴染まない異質な音となって空に弾けた。






 『ほらほら、苦しそうだよ? ねぇエス?』




 女神はスマホの形を模した魔法の光を空中に浮かべる。




 『元の世界じゃ“スマホ”っていうんでしょ? “Twitter”に配信してみたーい!』




 『『異世界ペちゃんこ少女!顔だけ無事です』ってタイトルにしよっか? 伸びるかな?』






 地獄だった。


 この女神の“可愛い声”で吐かれる言葉は、どれも地獄そのものだった。






 「…………」


 エスは死んでいく者に興味がないのか、何も言わない。



 『でも私は――やっさし~いからぁ?』


 女神は腰をかしげながら、首を揺らす。


 『もう一回、聞いて“あげる”のよ~? 何して欲しいか……言ってみて?』


 まるで赤ちゃんに言葉を促すような甘い声。


 『あなたの“願い”はなんですか~? キャハハッ♪』




 みやの息は、もうほとんど尽きかけていた。


 潰れた身体は、ほんの僅かに痙攣しているだけ。

 喉は詰まり、声は枯れて――それでも、目を、開けた。




 「たす……け……て」




 命を燃やすようなその言葉。


 すがるような眼差しは、手を合わせられない代わりのまるで最後の祈り。






 『うんうん♪』




 女神は――満面の笑みで頷いた。


 その瞳は慈愛に満ち、まるで天使のようだった。




 そして――




 優しく、手を伸ばして――
















 その目に――指を、突っ込んだ。







 「が……ぁ……ぁ……?」




 みやの声が、かすかに漏れる。


 それでも、まだ、生きていた。


 まだ、意識が――あった。




 『キャハハハハッ♪』




 女神は、底抜けに楽しそうに笑う。




 『“助ける”けど、“いじめない”なんて言ってないもーん?』




 『助けてもらうんなら、私も楽しまなきゃ損でしょ~?』




 『あっ! じゃあさっ――これで“死ななかったら”本当に助けてあげる!どう?フェアでしょ♪』






 そう言って――




 女神は、みやの目に指を――深く、ねっとりと押し込んだ。






 ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ――






 綺麗な指が、白目と黒目の奥をかき回すように“遊ぶ”。


 眼球を押しつぶし、掴み、捻り――


 それは、まるで“ビー玉”で戯れている少女のようだった。




 『ほらほらぁ♪ 動いてるうちが華だよ~? あ、あはっ!まだ反応ある!まだ生きてるぅ~!』






 ――そして、最後に。






 ぶちっ










 音を立てて。


 彼女は、眼球を――引きちぎった。








 「________!!!!!!」








 声にならない叫び。


 喉が千切れそうなほどの絶叫が、腹の奥からあふれた。




 みやの身体が、大きく――ひときわ大きく痙攣し。






 それきり――




 動かなくなった。













 __だが。






 『すごいすごいっ♪ まだ生きてるぅ! すっごーい! もうすぐ死ぬと思うけど――あなたの勝ち、よ♪』






 女神は、ぐちゃぐちゃになった“眼球”をつまみ上げる。


 まるで、ワインのおつまみを口にするかのように、

 優雅な手つきで――それを口に運び。






 くちゅっ……ぐちゅ……くち……






 ゆっくりと、咀嚼し――飲み込んだ。






 そして、女神は空を仰ぎ、楽しげに詠唱する。






 『女神を楽しませた、魔王――“みや”の身体は全て元通りになり』


 『その身体に残っていた封印も、呪いもぜ~んぶ』


 『超絶キュートで世界一可愛い、ア・オ・イ・ちゃ~んに解かれ!』


 『――復活するのであった♪』






 「…………」







 みやの身体が、静かに……修復されていく。




 折れた骨が音を立てて繋がり、潰れた内臓が戻り、引きちぎられた目が――


 完璧なまでに、美しく、元通りになった。






 そして――


 ゆっくりと、みやは身体を起こし。




 「ありがとうございますっ……女神様っ……!」




 その場で――ひざまずいた。




 まるで忠誠を誓う騎士のように。

 自分の純白の髪を泥につけながら。

 心からの感謝と、敬意を込めて。






 その表情には――屈辱も、疑念も、なかった。


  『どういたしましてぇ♪』


 女神は、にこりと天使のように笑う。


 『ねぇあなた、私のこと――ずっと探してたんでしょ?』


 『なんで? ねぇ、ストーカー? 気持ち悪ぅ~い♪』




 その言葉に、みやは顔を上げなかった。


 泥についた髪を揺らしながら、ただただ震える。


 ――恐怖だった。


 下手に何か言えば、また目を潰される。

 それ以上の“何か”をされる。




 「は……いっ」


 みやは震える声で答える。




 「私は、昔……人間たちに裏切られて……クバル村の、教会の地下に……封印されていました……っ」




 『うんうん♪』




 「し、しかし……ゆ、勇者リュウトに……封印を解かれて……私は共に冒険を――」




 『ん~~~~~?』




 女神が小首をかしげる。


 その目が、笑っているのに――何も笑っていなかった。




 『話が長いなぁ~? 短くなる~?』






 ぞくっ――






 みやの背中に、冷たい悪寒が走る。


 即座に、脂汗が頬を伝う。




 「すっ、すいません! すいませんっ……!」




 『謝るのはいいけど~?』


 女神は、しゃがんで目の前に顔を近づけた。


 『“誰に”謝ってるか、ちゃんとわかってるよね?』






 『お姉さん、優しいからさぁ?』



  「私を出し抜いた……今のグリードを納めている“魔王”の居場所を……お聞きしたいのですっ!」




 みやは必死に訴えるように問いかける。




 『ふーん、なるほどぉ?』




 女神は小さく頷いたあと、口元に指を当てて――にっこり。




 『――わかんない♪』




 「えっ……?」




 突然の返答に、みやは一瞬言葉を失った。




 『それを知ってるのはね……そうだなぁ~……“私のお母さん”とでも、言うべき存在かな?』




 「っ!?」


 「お母……さん……?」






 『そう、この世界に“元から”存在していた“女神”よ』






 「女神様が……二人、いる……?」




 『そ』




 女神は軽く片手を上げて、無邪気に言う。




 『四聖獣も。あなたたち魔王も。ぜ~んぶ作ったのは、その“本物の女神”』




 「な、なら……あなたは……っ!」




 『――それは、ひ・み・つ♪』




 唐突に、声のトーンが切り替わる。


 女神の視線が、まっすぐみやに刺さる。




 『――さぁ、1つ選びなさい』




 「えっ……な、何を……?」


 『――あなたを復活させるとき、ね?』


 女神は無邪気に笑いながら、軽く指を振る。


 『私は、あなたに“ある仕掛け”を施したの』






 その声は、まるで内緒話をするように甘かった。




 『それが発動したら……もう、惨くて、残忍で……ふふっ、見てる方もね?』


 『気持ち悪くなっちゃうくらい“ヒドいこと”されて――そのまま、死んじゃう♪』






 みやの顔が、みるみる青ざめる。


 脳裏に焼き付いた“目を潰された瞬間”がフラッシュバックし、喉の奥から込み上げる吐き気を必死で抑える。


 でも、女神はおかまいなし。




 『――ねー? 私も、そんなことしたくないの』




 にこっ、と優しく微笑む。




 『だから……これから“私の力”になってくれない? お願いっ♪』




 その瞳は可愛らしくウィンクしていたけれど――

 みやには、それが“地獄の契約”にしか見えなかった。


 断れるはずがない。

 断れば――また“あれ以上”の何かが起こる。




 「は……いっ……」




 声は、かすれていた。






 『やった~っ♪』




 ぱちぱちと手を叩いて喜ぶ女神。




 『じゃあまずは……その手の中に握ってたモノ、見せてくれる?』




 「っ……!?」




 みやは、反射的に手を閉じようとした。


 だが……無理だった。


 女神の視線は、それを許さなかった。




 震える手を、ゆっくり開く――




 そこには、一つの指輪が乗っていた。






 『わぁ~……キレイっ!』




 女神は、それを嬉しそうに手に取る。




 「そ、それは……リュウトから……!」




 『――黙ってて?』




 「……は、い……」






 女神は、にこりと微笑んだまま、その指輪を指の先でくるくると回す。


 『クリスタルドラゴンの鱗を加工して作った指輪かなぁ?』




 片目を細め、舌を少しだけ出して小さく笑う。




 『リュウトくんも、おしゃれなことするなぁ♪ 流石“勇者”。……あーあ、でも私のことを好きなくせに、他の女の子にこんなことするなんて……』




 『ハーレム体質ってやつ? 勇者の宿命? やだなぁ~女の子って、誰かの“一番”になりたくなっちゃうものなのに、ねぇ?』






 みやは……何も言えなかった。






 『ま、いいや。――これ、貰っていくね♪』




 指輪を懐にしまいながら、にっこり。



 もう用済みとばかりに、女神はその場でくるりと踵を返した。


 その後ろに、無言のままエスも続いていく。






 『さて――まずは、“今起こったこと”、全部隠さなきゃ』




 歩きながら、女神は小声でエスに語る。




 『みんなが戻ってきたら、ちゃちゃっと記憶をいじって、神様も、お母様もごまかすの』




 『あなたも、いつも通り話を合わせて。必要なときにはまた此方に来なさい?』




 「……了解」






 女神は満足げに頷きながら、歩みを止めた。






 そして――




 『さてと……』






 空を見上げ、両手を広げる。




 『――みんな~♪ ちょっとだけお別れだけど、またすぐ会えるよぉ♪』












 その瞬間。






 世界が――光で、塗りつぶされた。




 空に広がるのは、大陸一つを飲み込むほどの巨大な“魔法陣”。


 空間は軋み、光と魔力が奔流となって渦を巻く。




 この一瞬で、“神の改ざん”が始まる。




 この世の理が、塗り変わる――


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