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第286話 トラブル発生

 そして、


 バキィン――!


 爆ぜるような音とともに、板が砕けた。


 「――ッ!」


 次の瞬間、激しく水が漏れ出す。


 「みんな!塞いで!」


 俺が叫んでも遅かった。

 水流は勢いを増し、他の板も押し流していく。


 {おおーっと!アドベンチャー科、ここでトラブル発生だ!どうやらプールの壁が壊れた模様!現在の魔皮紙の温度は60℃を突破!さらに上がっているぞ!このまま耐えきれるのか!?}


 冷水が失われた瞬間、肌に突き刺さるような熱気。

 滝のように汗が吹き出し、頭がクラクラしてくる。


 「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 すひまるさんが肩を震わせながら何度も繰り返す。

 その前に――女リーダーが、無言で歩み寄り――




 パァンッ!




 乾いた音が響いた。


 頬に、くっきりと赤い手形。


 「……あんた、本当に……ふざけないで!」


 「ひっ……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……!」


 「謝ればいいってもんじゃないわよ!わかってるの!?」


 「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……っ」


 ――この光景。


 ……昔の俺に、似ている。


 女の子に囲まれ、何度も頭を下げて――それでも、何も変わらなかった俺。

 あの頃の記憶が、ずぶ濡れのスクール水着の内側まで滲み込んでくるような錯覚を覚える。


 そこへ、《アルティメット》のリーダーも近づき、


 「そうでござるよ、本当に……やってくれたでござるな」


 「ごめんなさい……ごめんなさい……!」




 ――やめてくれ、その目。


 俺を刺したあの視線、そっくりなんだ。


 「ごめんなさいじゃ済まされないでござるよ?どう責任を取るつもりでござるか!」


 「許して……わたし、そんなつもりじゃ……」


 「お、おい……それくらいに……」


 「筋肉しか取り柄のないあんたは黙ってなさいよ!」


 「……お、おう」


 熱気だけじゃない。

 イライラがみんなの理性を削っている。


 {現在、温度は70℃を超えました!皆さん、マジック科をご覧ください!次のステップへと動き出しております!おっとここで一人、限界を迎えて脱落――どうやら魔力切れのようです!}


 放送の声は、あえて俺たちを映さず話題をそらしてくれていた。

 優しさなのか、それとも配慮なのか。




 「ごめんなさい……ごめんなさい……」




 それでも止まらない謝罪の言葉。

 そして――


 「まだ言うか、この下級が……!」


 パチィン、と言いかけた言葉と一緒に、女リーダーの腕が振り上がる――




 「そこまでだ!」




 俺は、叫んでいた。

 気がついたら、女リーダーの前に立っていた。


 「っ!? アオイちゃん……?」


 「事故だよ? わからないの? すひまるさんがわざとやったって証拠、あるの?」


 声が、怒りで震える。


 「それをウダウダウダウダ……もう、ウダリータかっ!」


 「ウダ……え?」


 「……勝てばいいんでしょ? 勝てば!」


 みんなの視線が集まる中、熱気と怒りと羞恥で、頭の中がグラグラする。


 「で、でも、こんなの無理でござるよ……もう限界……」


 ――限界?


 「それはお前の限界だ!」


 振り返って、俺は叫ぶ。


 「俺は限界じゃ無い!俺がなんとかする!」


 一人称なんか、どうでもいい。



 「アオイ……ちゃん?」


 「アオイさん……」


 「みんな、俺から離れるな。すひまるさん、もういいよ……後は、俺に任せろ」




 ――怒りを鎮めて、目を閉じる。




 呼吸を整え、力を抜いて、魔力を深く沈めていく――


 「ぬぬぬぬ!? アオイから耳と尻尾が生えてきたのじゃ!?」




 そして――




 「ふぅ……初級奥義適応




 周囲に立ちのぼる魔力の気配が、一気に膨れあがる。

 俺を中心に、魔力がアドベンチャー科の仲間全員を飲み込む。

 外からは見えない。だが、確かに“包んでいる”。


 目に見える変化といえば――


 俺の頭にネコミミ。腰にはふわふわの尻尾が二本。




 ……説明、どうしよう。




 「な、なぬぬぬでござるよ!?涼しいでござる!」


 「アオイちゃん!? その格好……まさか、獣人なの!?」


 「え、えと、集中力を上げるための“変身魔法”だよ、この格好になると集中できるの」




 ――もちろん、嘘である。




 本当は、俺の“修行”の姿。

 この姿になると魔力をコントロールできるようになる。

 師匠からは、「もし人に見られたら“変身魔法で付けてるだけ”って言え」と教えられていた。


 ――これで、やれる。


 「もしもの時のためにつけてて良かったぁ……」


 「どうなっておるのじゃ?これ」


 「ひぅっ!?」


 ルカが突然、俺の尻尾を――わしづかみにしてきたああぁぁぁ!!


 うにぁぁぁあ!?!?


 「ひゃあっ、ひゃ……なしてぇ……!」


 変なとこまでゾワゾワする!魔力の流れがブレブレになるっ……!


 「また暑くなってきたでござるよ!?」


 「りゅ、りゅかぁ……や、やめてぇへぇ……」


 「ふふん?じゃあ……離すのじゃ」


 「んふぅっ!?」


 ルカが無邪気に尻尾をぱっと手放すと、身体がビクンと跳ねた。


 「は、はぁ……っ」


 あ、危なかった……魔力操作、崩れかけた……つか、正直……ちょっとイきそうだった(性欲的な意味で)


 「また戻ったでござる」


 「……これは、本当はズルかもしれないけど」


 俺はそっと、すひまるさんの方へ歩いていき、女リーダーの人と目を合わせる。


 「たぶん、この勝負はこれで勝てる。でもね……やったことを見過ごすほど僕は甘くないよ」


 女リーダーは、さっきの自分の言葉を思い出したのか、気まずそうに俺を見ていた。


 「な、なに?……私もこいつに叩かれればいいわけ?」


 それを聞いて、すひまるさんの肩がビクンと震える。……やっぱり、ああいうのが苦手な、優しい子なんだ。


 だけど、やられたからってやり返すことに意味なんてない。


 いつだって――答えはシンプルなんだ。


 「ううん、違うよ。あなたは、この勝負に……みんなと勝ちたかっただけ。すひまるさんも同じ。勝ちたい気持ちが空回りしてただけなんだよ」


 「どうすればいいのよ……私は」


 「簡単だよ、すひまるさんは謝ってる。だから、後は許すだけなんだよ」


 「…………」


 「ここはひとまず、握手で“和解”。終わらせよ?」


 「……わかったわよ」


 女リーダーは少し不満げな顔をしながらも、すひまるさんの手を取る。


 そう、これだけでいいのだ、無理に謝らなくていい……お互いが“その場で終わらせる”っていうのは――本当に、誰にでもできそうで難しいことなんだ。


──


 そして、タイムリミット30分。


 {……なんと!これは奇跡か!?炎天下を制し、寒冷を耐え、トラブルすらチーム力で超えてみせた!そして最後はスクール水着で獣人のコスプレごちそうさまでした!《我慢比べ》、優勝はアドベンチャー科です!!!}


 「「「「やったぁぁあああぁぁああ!!」」」」


 歓喜の声が、灼熱の空に響いた。


 心も身体も熱くて、ちょっぴり汗ばんだ肌の先に残るもの――


 それは、チームで掴んだ確かな“勝利”だった。




 ――これで残すは、最後の競技。《騎馬戦》だけ。

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