そして、
バキィン――!
爆ぜるような音とともに、板が砕けた。
「――ッ!」
次の瞬間、激しく水が漏れ出す。
「みんな!塞いで!」
俺が叫んでも遅かった。
水流は勢いを増し、他の板も押し流していく。
{おおーっと!アドベンチャー科、ここでトラブル発生だ!どうやらプールの壁が壊れた模様!現在の魔皮紙の温度は60℃を突破!さらに上がっているぞ!このまま耐えきれるのか!?}
冷水が失われた瞬間、肌に突き刺さるような熱気。
滝のように汗が吹き出し、頭がクラクラしてくる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
すひまるさんが肩を震わせながら何度も繰り返す。
その前に――女リーダーが、無言で歩み寄り――
パァンッ!
乾いた音が響いた。
頬に、くっきりと赤い手形。
「……あんた、本当に……ふざけないで!」
「ひっ……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「謝ればいいってもんじゃないわよ!わかってるの!?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……っ」
――この光景。
……昔の俺に、似ている。
女の子に囲まれ、何度も頭を下げて――それでも、何も変わらなかった俺。
あの頃の記憶が、ずぶ濡れのスクール水着の内側まで滲み込んでくるような錯覚を覚える。
そこへ、《アルティメット》のリーダーも近づき、
「そうでござるよ、本当に……やってくれたでござるな」
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
――やめてくれ、その目。
俺を刺したあの視線、そっくりなんだ。
「ごめんなさいじゃ済まされないでござるよ?どう責任を取るつもりでござるか!」
「許して……わたし、そんなつもりじゃ……」
「お、おい……それくらいに……」
「筋肉しか取り柄のないあんたは黙ってなさいよ!」
「……お、おう」
熱気だけじゃない。
イライラがみんなの理性を削っている。
{現在、温度は70℃を超えました!皆さん、マジック科をご覧ください!次のステップへと動き出しております!おっとここで一人、限界を迎えて脱落――どうやら魔力切れのようです!}
放送の声は、あえて俺たちを映さず話題をそらしてくれていた。
優しさなのか、それとも配慮なのか。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
それでも止まらない謝罪の言葉。
そして――
「まだ言うか、この下級が……!」
パチィン、と言いかけた言葉と一緒に、女リーダーの腕が振り上がる――
「そこまでだ!」
俺は、叫んでいた。
気がついたら、女リーダーの前に立っていた。
「っ!? アオイちゃん……?」
「事故だよ? わからないの? すひまるさんがわざとやったって証拠、あるの?」
声が、怒りで震える。
「それをウダウダウダウダ……もう、ウダリータかっ!」
「ウダ……え?」
「……勝てばいいんでしょ? 勝てば!」
みんなの視線が集まる中、熱気と怒りと羞恥で、頭の中がグラグラする。
「で、でも、こんなの無理でござるよ……もう限界……」
――限界?
「それはお前の限界だ!」
振り返って、俺は叫ぶ。
「俺は限界じゃ無い!俺がなんとかする!」
一人称なんか、どうでもいい。
「アオイ……ちゃん?」
「アオイさん……」
「みんな、俺から離れるな。すひまるさん、もういいよ……後は、俺に任せろ」
――怒りを鎮めて、目を閉じる。
呼吸を整え、力を抜いて、魔力を深く沈めていく――
「ぬぬぬぬ!? アオイから耳と尻尾が生えてきたのじゃ!?」
そして――
「ふぅ……
周囲に立ちのぼる魔力の気配が、一気に膨れあがる。
俺を中心に、魔力がアドベンチャー科の仲間全員を飲み込む。
外からは見えない。だが、確かに“包んでいる”。
目に見える変化といえば――
俺の頭にネコミミ。腰にはふわふわの尻尾が二本。
……説明、どうしよう。
「な、なぬぬぬでござるよ!?涼しいでござる!」
「アオイちゃん!? その格好……まさか、獣人なの!?」
「え、えと、集中力を上げるための“変身魔法”だよ、この格好になると集中できるの」
――もちろん、嘘である。
本当は、俺の“修行”の姿。
この姿になると魔力をコントロールできるようになる。
師匠からは、「もし人に見られたら“変身魔法で付けてるだけ”って言え」と教えられていた。
――これで、やれる。
「もしもの時のためにつけてて良かったぁ……」
「どうなっておるのじゃ?これ」
「ひぅっ!?」
ルカが突然、俺の尻尾を――わしづかみにしてきたああぁぁぁ!!
うにぁぁぁあ!?!?
「ひゃあっ、ひゃ……なしてぇ……!」
変なとこまでゾワゾワする!魔力の流れがブレブレになるっ……!
「また暑くなってきたでござるよ!?」
「りゅ、りゅかぁ……や、やめてぇへぇ……」
「ふふん?じゃあ……離すのじゃ」
「んふぅっ!?」
ルカが無邪気に尻尾をぱっと手放すと、身体がビクンと跳ねた。
「は、はぁ……っ」
あ、危なかった……魔力操作、崩れかけた……つか、正直……ちょっとイきそうだった(性欲的な意味で)
「また戻ったでござる」
「……これは、本当はズルかもしれないけど」
俺はそっと、すひまるさんの方へ歩いていき、女リーダーの人と目を合わせる。
「たぶん、この勝負はこれで勝てる。でもね……やったことを見過ごすほど僕は甘くないよ」
女リーダーは、さっきの自分の言葉を思い出したのか、気まずそうに俺を見ていた。
「な、なに?……私もこいつに叩かれればいいわけ?」
それを聞いて、すひまるさんの肩がビクンと震える。……やっぱり、ああいうのが苦手な、優しい子なんだ。
だけど、やられたからってやり返すことに意味なんてない。
いつだって――答えはシンプルなんだ。
「ううん、違うよ。あなたは、この勝負に……みんなと勝ちたかっただけ。すひまるさんも同じ。勝ちたい気持ちが空回りしてただけなんだよ」
「どうすればいいのよ……私は」
「簡単だよ、すひまるさんは謝ってる。だから、後は許すだけなんだよ」
「…………」
「ここはひとまず、握手で“和解”。終わらせよ?」
「……わかったわよ」
女リーダーは少し不満げな顔をしながらも、すひまるさんの手を取る。
そう、これだけでいいのだ、無理に謝らなくていい……お互いが“その場で終わらせる”っていうのは――本当に、誰にでもできそうで難しいことなんだ。
──
そして、タイムリミット30分。
{……なんと!これは奇跡か!?炎天下を制し、寒冷を耐え、トラブルすらチーム力で超えてみせた!そして最後はスクール水着で獣人のコスプレごちそうさまでした!《我慢比べ》、優勝はアドベンチャー科です!!!}
「「「「やったぁぁあああぁぁああ!!」」」」
歓喜の声が、灼熱の空に響いた。
心も身体も熱くて、ちょっぴり汗ばんだ肌の先に残るもの――
それは、チームで掴んだ確かな“勝利”だった。
――これで残すは、最後の競技。《騎馬戦》だけ。