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第301話 上手に焼けましたー!

 ユキはもといたトイレの中で我に返った。


 「……あれ?」


 「ユキちゃんーまだー?」


 外からはドーロの声が聞こえてくる。


 「はいですー、今でるですー!」


 ユキは聴覚強化イヤホンを外して魔皮紙に戻し、ポケットにしまおうとした――そのとき。


 「あれ?こんなの……入ってましたです?」


 手の中にあったのは、いつの間にか紛れ込んでいた一枚の魔皮紙。


 そこには、可愛らしい文字で【たからのちず】と書かれていた。

 けれど、開いてみても中は真っ白で、何も描かれていない。


 「……いつの間に、こんなものが……」


 小さく首を傾げたユキだったが、


 「もういっちゃうわよー!」


 「ま、待ってですー!」


 ドーロの呼びかけにあわてて返事をし、ユキはそのまま駆け出す。

 宝の地図を胸ポケットにしまったまま、ドーロと一緒に歩き出し――

 他の子供たちと、また笑顔で合流した。


 「音楽に合わせて、ちょうどいいときにあげるでござるよ!」


 「うん!」


 アドベンチャー科一年の教室は、活気に包まれていた。

 壁にはそれぞれの武器や装備がずらりと並び、教室の四ヶ所にはアオイ特製の《肉焼き機》が鎮座している。セットされたのは、大人の腕ほどもある立派な骨付き肉。


 肉焼き機の前には、子供たちが列をなして並び……


 《てんてれーててて、てんてれーててて、ててて、ててて、ててて、ててて、たたたたタン!》


 おなじみの某ハンターゲームのBGMが流れる。

 これはアオイがそのゲームをもとに発案し、現実で再現した仕掛けだった。


 ちなみにこの《肉焼き機》、アドベンチャー科の仲間たちがルコサに頼んで特注で作ってもらったもの。


 「えいっ!」


 ミイがリズムに合わせて肉を持ち上げると……


 「上手にやけましたでござる!」


 教室からパチパチと拍手が沸き上がる。

 焼きあがった肉をミイが受け取って、満面の笑みで掲げた。


 「やったー!」


 「次の人、どうぞでござるよー!」


 そんな賑わいの中、ユキとドーロが教室に到着する。


 「あ、ユキちゃん!」


 「ミイちゃん!なんですか、そのお肉は!?です!」


 「これね!ここのお兄ちゃんとお姉ちゃん達がくれるの!ユキちゃんも行ってきなよー」


 「はいですー!」


 ユキはぱたぱたと走って、最後尾に並んでいく。

 一方のドーロは、近くのウマヅラを見つけて駆け寄った。


 「ドーロ、えらく時間がかかったな?」


 「うんー、ユキちゃんお腹壊してるみたいー」


 「大丈夫か?」


 「本人は大丈夫っていってるからねー、でも帰ったら子供達に手洗いとうがいをー」


 二人がそんな話をしている中、ユキの番がやってきた。


 「はい、どうぞ。あら、可愛いわね」


 「わー!すごいお肉です!」


 ユキの担当になったのは、《ストロングウーマン》こと女リーダー。

 彼女はにこやかに、まだ焼けていない骨付き肉をユキに手渡す。


 「このお肉の骨をね、ここに差して?」


 「はいです!」


 カチャッ。ユキは嬉しそうに《肉焼き機》へ肉をセットする。


 女リーダーは、すぐ隣で準備していたルカに目配せ。


 「ポチッとなのじゃ」


 ルカがスイッチを押すと、耳慣れた音楽が教室に流れはじめた。


 《てんてれーててて、てんてれーててて、ててて、ててて、ててて、ててて、たたたたタン!》


 「この音楽が鳴ってる間は、くるくるお肉を回してね?」


 「はいですー!」


 ユキは一生懸命に肉を回す。真剣な眼差しでタイミングを見極め――


 「今よ!」


 「ほいです!」


 ジュワッと音がして、黄金色の香ばしい香りが立ちのぼる。


 「ふふっ、ウルトラ上手に焼けましたーってやつね」


 焼きあがったお肉はふっくらと柔らかく、肉汁が滴る極上の一品だった。


 「やったです!お姉さん、ありがとうです!」


 「どういたしまして」


 にっこりと微笑む女リーダーに、ユキもニコッと笑い返す。


 「ふへへ……」


 女リーダーがそっとユキの頭を撫でると、ユキはうれしそうに「ありがとうですー!」と元気にお肉を持ってミイのもとへと駆けていった。


 「…………次の子、どうぞー」


 その瞬間、女リーダーの笑顔に一瞬だけ翳りが走ったが――誰も気づかない。




 【何も変わらない、はずのストーリー。】


 【だが、“知ってしまったこと”は、確実に心の奥に影を落とす】


 【真実を知った者は、もうかつてと同じ世界には戻れない――】







 【今までの話も違う目で見ると違うかもしれない】

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