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第312話 セミマル

 「こ、ここが……わ、私の家です」


 すひまるちゃんが不安げに扉を開ける。


 俺たちはさっきの施設から離脱し、ここまで逃げてきた。


 すひまるちゃんの身体をチェックして、怪しいものが何もないことを確認した俺とルカは、とりあえず、あそこに長く留まるのは危険だと判断。


 そして――


 「こっちのルートなら、見つからないと思う……」


 すひまるちゃんの言葉通り、彼女は自分でも盗みに通っていたという裏ルートを案内してくれた。


 そのおかげで、吸血鬼たちの目を避けながら、なんとかここまでたどり着くことができた。


 「お邪魔しまーす」


 「ひとまず、他の吸血鬼に助けを求めなかったぶん、少しだけ信じてやるのじゃ」


 そう言って、ルカはすひまるちゃんを警戒しつつ家の中へと足を踏み入れる。


 すひまるちゃんの家は、七畳ほどの1DK、壁は剥がれかけていて、窓にはカーテン代わりの布。

 まるで俺たちの世界にあるボロアパートみたいな雰囲気だったけど……なんか、こっちのほうが落ち着くな。


 でも、それよりずっと気になってることがあった。


 「ねえ、あの……明かりって、どこ?」


 ここまでの道もそうだった。街灯はなく、月明かりもない。

 部屋に入っても、魔法で光を灯す様子すらない。


 「ご、ごめんなさい……わ、私たち吸血鬼は、明かりをつけないんです。暗闇でも目が利くので……」


 「……そうなんだ。えっと、先に言っておくけど、僕、ほとんど見えてないから、何か踏んだり蹴ったりしても怒らないでね?」


 目が少しずつ慣れてきたけど、家具の輪郭がぼんやりわかる程度だった。


 「それと……さすがに状況が展開しすぎて、僕の脳がパンク寸前なんだけど」


 「うむ……ワシも、聞きたいことが山ほどあるのじゃ」


 「は、はい……その前に、少しだけ……いいですか?」


 「ん?」


 すひまるちゃんは押し入れのふすまをスッ……と開けると——


 「おねーちゃん、おねーちゃん!」


 中から飛び出してきたのは、バスケットボールくらいの大きさの、もふもふした丸っこい生き物。

 ふわふわの体を全力でぶつけながら、すひまるちゃんに抱きついて、そのままぎゅっとぬいぐるみにされていた。


 「ただいま、セミマル」


 「そ、その子は……?」


 「わ、私の……弟です……」


 「えっ!?……弟!?」


 あれ?え?今、弟って言った?この毛玉が?


 「そ、その、驚くと思いますが……私も子供の頃は、こんな感じでした……」


 「ぅー!この吸血鬼たち、だれーっ!」


 ……なんか警戒されてるけど、ちょっと待って、動きも鳴き声も、ぬいぐるみの域超えててめちゃくちゃ可愛いんだが。


 「おーよしよし、僕は吸血鬼じゃないよー? 怖くないよ〜?」


 「!? 吸血鬼じゃないの?」


 「セ、セミマル……ほら、これ」


 すひまるちゃんが懐から取り出したのは、例の輸血パック。

 そのままストローをプスッと刺すと——


 「わー!ごはんだー!」


 ぴょこぴょこと揺れながら、セミマルはストローに吸い付き、むしゃむしゃ……というか、ちゅーちゅーと血を飲み始めた。


 「あ、あの……アオイさん、ルカさん……この子がごはんを食べ終わるまで、少しだけ待ってもらえませんか……?」


 「ふむ、構わぬのじゃ」


 「うん、全然いいよ……」


 そう言って俺とルカが見ていると、セミマルは飲みながらチラチラこちらを見て、恥ずかしそうにすひまるちゃんの影に身を寄せていく。

 小さな体でぴとっと寄り添いながらちゅーちゅー吸ってる姿は、もう可愛すぎて罪。


 ——かわえぇのぅ。


 数分したら「ケプッ」と飲み干したのですひまるちゃんは「ちょっといい子に寝ててね」とまた押し入れに戻してしまった。



 「じゃぁ、状況整理、いいかな?二人とも」


 「のじゃ」


 「は、はい......」









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