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第311話 利用する

 「(すひまるちゃん!?)」


 「(すひまるのじゃ!?」


 ベルトコンベアーを流れてくる輸血パックをキョロキョロしながら鞄に詰めるすひまるちゃんはどこからどうみても泥棒だった。


 「(ど、どうしよ)」


 「(これはチャンスなのじゃ)」


 「(チャンス?)」


 俺とルカはヒソヒソとバレないようにベルトコンベアーで隠れながら話す。


 「(奴の行動、むしろ仲間の吸血鬼に見られたらヤバイのじゃろう)」


 「(そうだね......あれはどっからどうみたも泥棒)」


 「(お主、奴の気をそらせるか?そして隙を作って欲しいのじゃ、その後はワシに任せるのじゃ!)」


 「(それだけなら......わかった!)」


 俺は頑張って気のそらし方を考えたが、やっぱり普段通りが一番ってことで、すひまるちゃんの背後にそっと忍び寄って。


 「わっ!」


 「きゃひっ!?」


 軽く驚かせるつもりだった。それなのに――


 「ひ、ひぇ……!」


 すひまるちゃんは小さい悲鳴をあげた後、バッグを下敷きにして尻餅をついた。


 「あ、あ......」


 「え、あ、ちょ、ごめん!?」


 鞄の中の輸血パックが割れ、中身が、じわ……っとすひまるちゃんのスカートを真っ赤に濡らす。


 「…………」


 「う、ぅぅ……っ、や、やだ……!」


 すひまるちゃんはスカートの裾を必死に押さえて、小刻みに震えながら泣き始めた。


 「え、あの……その……マジでごめん」


 っていうか、これって……本当にパックの中身だよな? 

 血……だよな? 中身が赤黒いし、そういう設定だし。うん、間違いなくそう。 


 ……だよな?(二回目)


 漏らしたとかじゃないよな? 

 違うよな? 


 いや、違うって信じさせてくれ頼むから。


 現場!なんか気まずい空気です!助けてー!


 「何をしていたのじゃ? すひまるよ」


 静寂を裂いて現れたのは、ぱいぱいのチクチクを片腕で隠しつつも堂々とした足取りの、半裸のルカだった。


 「ひ、ひぃっ……ルカさん……!」


 すひまるちゃんがビクッと震え、地面に尻餅をついたまま声を震わせる。


 「どうやら、驚きすぎて腰を抜かしたようじゃの。流石アオイじゃ、隙どころか行動不能にしてしまうとは」


 (いや、完全に事故です……ただの偶然……!)


 「さて――」


 ルカは宙に手をかざし、そこから青く輝く剣をスッと出現させる。


 「【クリスタルブレード】、切れ味は保証済みなのじゃ。殺される理由は……わかっておるな?」


 「ひ、ひぃぃ……っ、ハッ、ハッ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ!」


 すひまるちゃんは過呼吸気味に、涙を垂れ流しながら何度も謝る。その姿はもう、見てられないレベルの怯えっぷりだった。


 (ちょっと、ルカ……さすがに本気すぎ……ってか、怖いってば……)


 「え、えっと、ルカ? こうして謝ってるし、ほら……」


 「甘いのじゃアオイ」


 えぇ……


 「こやつは、転移してきたときにワシらを殺そうとしてた吸血鬼側の一人。謝罪では帳消しにはならぬのじゃ」


 ルカの【クリスタルブレード】がすひまるちゃんの首筋に触れ、薄く皮膚を裂いて血が一筋、つうっと流れ落ちる。


 (ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!! このままだと目の前で首ちょんぱ!見せられるコース!)


 「ちょっ、ちょっと待って! こ、ここですひまるちゃんを殺しても何も変わんないよ! その……ほら、捕虜とか、情報源とか、使い道あるかもしれないし!」


 「……ふむ、なるほど。たしかに、名案なのじゃ」


 「よし、じゃ、じゃあそれ片付けて! もう怖いから!」


 ルカは剣をひと振りし、スッと消してくれる。




 「それなら、とりあえずこやつが仲間に連絡できぬよう、持ち物をすべて調べるのじゃ。アオイ」


 「えっ……!?」


 ちらりと視線を向けると、すひまるは観念したように両手を頭の上にあげていた。完全に、されるがままのポーズである。


 (……つまり、“身体を見ろ”ってことなんだよな、これ)


 「そ、それって……僕がやるの?」


 「当たり前なのじゃ。こやつが妙な動きをしたら――その瞬間に斬る」


 (やめてよおぉぉぉおおお!?)


 脳内で警報が鳴り響く。

 い、一応ここにいるのは“女三人”だけど、中身が男な俺にとっては地獄の業火級の羞恥イベントなんですけど……!


 「そ、そうだよね……じゃ、じゃあ、失礼して……」


 気まずさで唇がひきつる。罪悪感で胃がキュッと縮む。


 「ん……」


 すひまるちゃんは床に座ったまま、じっとしている。

 俺はおそるおそる服の上から手を伸ばし、まずは首元、次いで胸、脇腹、そしてお腹へと手を滑らせていく。


 (うぐぅ……ごめん、すひまるちゃん……頼むから今だけは、俺を女として見てくれ……!)


 「な、なにも隠してないみたい……」


 「何を言っておる。触っただけではわからぬのじゃ。魔皮紙は、うすっぺらくて軽い。服の裏にでも隠せるのじゃ」


 「えぇ……それって……まさか……」


 「服を脱がせて、裏まで確認するのじゃ」


 (……)


 すひまるちゃんは言われるがまま、自分で服の裾に手をかけた。


 「貴様は動くな! のじゃ!」


 「ひゃいっ!? ご、ごめんなさい!」


 ルカが再び出した【クリスタルブレード】が、すひまるちゃんの喉元にぴたりと突きつけられる。涙目で再び手を上げるすひまるちゃん。


 「アオイ。やるのじゃ」


 (にゃぁぁぁああああああああ!!!!!)


 なにか大切な倫理観が、崩れ落ちる音がする。


 「は、はいっ!」


 俺は女……そう、今は女なんだ……! 身体も女、見た目も女、つまりこれは合法ッ……合法なんだぁ!!




 ──罪悪感に潰されそうになりながら、俺はすひまるちゃんの全身をくまなく調べあげた。






 ……ごめん。ほんとごめん。


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