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第310話 輸血パック泥棒

 「これは人間……なのじゃ?」


 淡く光る培養カプセルの中には、眠らされた人間たちが静かに浮かんでいた。

 どれも首筋から伸びた管が赤い液体を絶え間なく送り出している。


 ルカはアオイを姫様抱っこしたまま、ゆっくりとその空間を進んでいく。


 「…………なるほどのぉ」


 管の先を辿れば、血液は無数の輸血パックに分配され、ベルトコンベアのような魔導搬送装置でどこかへと運ばれていた。


 「吸血鬼……昔は知能も低く、ただの凶暴な魔物に過ぎんかったのじゃが。ここまで進化していたとは……まったく、歳をとるのも悪くないのぉ。ワシはほとんど眠っておったが」


 その口調とは裏腹に、ルカの目は鋭く周囲を観察していた。魔物の気配も吸血鬼の気配も――今のところは感じない。


 「さて、どうするかのじゃ」


 そっとアオイを壁際に下ろす。アオイはまだ泡を吹いたまま白目で沈黙している。


 ルカは自分の胸元に目をやる。制服の上半身部分は、先ほど無理矢理羽を展開した際に弾け飛び、既に跡形もない。


 「……魔皮紙も、あの場に落としてきたか。困ったのじゃ」


 ミクラルに戻るには、転移魔法陣しかない。だがその座標を固定していた道具を、既に失ってしまっている。


 「飛びに飛んでも果てが見えぬ……ワシでも、方向の感覚が狂うほどじゃ。出るにしても、目印がなければ厳しいのじゃ……」


 視線を落とし、まだ目を覚まさぬアオイを見る。


 「せめて、あやつらに連絡さえ取れれば……のじゃ」


 アオイがわずかに眉をしかめて、目を覚ました。


 「ん、ん……」


 「起きたのじゃ?」


 「う、うん……おはよう……どういう状況?」


 寝ぼけた顔で状況を把握しきれていないアオイに、ルカは冷静に告げた。


 「騙されたのじゃ」


 「誰に……?」


 「クラスの連中になのじゃ」


 「えっ!?」


 アオイは一気に目を見開く。混乱と驚きが入り混じった顔だ。


 「順を追って話すのじゃ。今なら時間だけはたっぷりあるのじゃ」


 「……うん」


 「違和感を覚えたのは、《なんでも箱》であの女と買い物に行った翌日なのじゃ。女パーティーのメンバー全員から、血の匂いが漂い始めた」


 「……」


 アオイは黙って耳を傾ける。その表情からは、不安と緊張が静かににじみ出ていた。


 「もちろん、冒険者を目指す者として怪我などで臭っていたと思っていたのじゃが……体育祭、文化祭、そしてその翌日……だんだんと増えていったのじゃ」


 「そ、その、血の匂いがしたら……ダメなの?」


 「……最初は確証がなかったのじゃ。しかし、この施設を見て、さらに同じ臭いをしていて確信に変わった」


 ルカは培養カプセルの列を指差しながら、静かに言葉を紡ぐ。


 「奴らの正体は——“吸血鬼”なのじゃ」


 「っ!!!!!」


 アオイが反射的に口元を押さえる。息を呑む音が、小さく響いた。


 「知っていたのじゃ?」


 「す、少し……ね……」


 「流石は異世界から来た【勇者】なのじゃ」


 「え!?ど、どうしてそれを……?」


 「時が来たら話すのじゃ。ただ一つ言えるのは——ワシは、お主の味方なのじゃ」


 「……わ、わかった。ありがと、ルカ……で、これから、どうすれば……?」


 「そうじゃな。とりあえずは——」


 そのときだった。ギイ……と扉の開く音。


 「隠れるのじゃ!」


 「わ、わかった!」


 二人は物陰に身を隠す。足音が近づいてくる……コツ、コツ、コツ。


 扉の向こうから入ってきたのは、一人の人物。


 無言で輸血パックをバッグに詰めていくその姿は、まるで泥棒のようでありながら、どこか慣れた動作だった。


 そして──


 「「……すひまる!?」」


 アオイとルカは、同時に目を見開く。


 肌の色こそ異なるが——輸血パックを盗んでいたのは、紛れもなく“すひまる”だった。

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