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第314話 食料調達係

 「こ、ここが……人間界……」


 《食料調達係》に任命されて、私は初めて人間の国へ足を踏み入れた。

 それは本来、私たちのような“下級”が訪れることなど決してない場所――


 だけど今、私の目の前には。


 (し、新鮮な人間……)


 街を歩けば、そこらじゅうに“獲物”がいる。

 香りが強くて、肌のすぐ近くに血の気配があって……思わずヨダレが出そうになる。


 「ど、どうしよう……」


 だけど――私は来るとき、何も教えてもらっていなかった。

 どこへ行き、何をし、どう“調達”するのか……わからない。


 さらに……


 「あ、暑い……気持ち悪い……」


 太陽の光が、皮膚を焼く。

 ジリジリと、体が溶けていくようで、ただ立っているだけで吐き気がする。


 (これが……“日光”……)


 重たい頭をかかえて、ふらふらと歩道をよろめいていたその時だった。


 「お姉さん、大丈夫かい?」


 ふと顔を上げると、そこには心配そうにこちらを覗き込む男の人が立っていた。


 「は、はい……」


 「熱中症か? 俺の家が近いから、ちょっと寄っていきな?」


 優しい人間だ。

 そう思い、私はついていきました。


 家に入ると、彼は背後で“カチャ”と鍵を閉めました。


 隠す様に鍵を閉める理由はあるのでしょうか?


 「おい、お前ら。こいつ、どう思うよ?」


 家の奥から現れた、男たちが三人。

 私をジロジロと見て、にやにやと笑っています。


 「おー、いいじゃん。ムチムチで色気あるし、いかにもって感じじゃん。どこで拾ってきたんだ?」


 「そこらで一人でフラついてたからさ、声かけたらホイホイついてきやがったんだよ。ハッハッハ!」


 私は状況が飲み込めませんでした。


 「あ、あの……」


 「んだよ?」


 「ど、どういうことですか……?」


 「“どういうことか”だってよ、ハハッ。お前ら、教えてやれよ」


 男たちは私の服に手をかけ、引っ張りました。

 ビリッ……と、嫌な音がして、私は服を脱がされ裸になる。


 「あ……っ!」


 彼らが私と“交尾”をしたい事は理解しました。


 でも、そんなことよりも!


 「服を……破らないで!」


 私が人間の姿になって、初めて買った服。

 【スコーピオル】の裏通りで、貧乏な私が――必死に貯めたお金で、やっと手に入れた。

 大切な、大切な大切な大切な大切な大切な、たった一つの、私の宝物。


 それを――勝手に、汚されて、破かれて。





 「な、なんだこいつ!」





 私達吸血鬼が人間に変身した際になれる姿。

 【オルビアル】――紫の肌に漆黒の翼、尻尾の先には毒針。

 それが上級吸血鬼としての“本来の姿”。


 私はゆっくりとその姿に変わりながら、目の前の男たちに言った。


 「す、少しだけ……眠っててくださいね」


 「ひ、ひぃ!」


 「ぎゃっ……!」


 「ば、ばけものぉ……!」


 叫び、逃げ惑う。

 けれど無駄――私の針がほんの少し触れるだけで、彼らは順番に崩れるように床へと倒れていった。


 ……なんて、弱い。


 毒をほんのり入れてあげるだけで、すぐに眠ってくれるんですもの。


 最後に残ったのは、私の服を破いた張本人。


 「お、お前は……何者なんだ!」


 「あなたが知る必要ありません……“食料”さん」


 怯えた目をしたその男の喉元へ、尻尾の針をやさしく――それでいて容赦なく刺す。


 その瞬間、男は瞳を見開いたまま、力なく崩れ落ちた。


 静寂が戻る。


 「私の......服......」


 破れてしまって上半身裸になってしまいました、悲しかったです......


 しばらくその場に座り込み、呆然としたまま時間が過ぎていた。


 ……そのときだった。


 ひらり、と空中から何かが舞い降りてきて、私の前に落ちる。


 「……魔皮紙?」


 それは見慣れた魔導素材。けれど、表面がゆらめいたかと思うと、淡い光を放ち始め、映像が浮かび上がった。


 {ふーん、もう仕事してるの?やるじゃない}


 そこに映っていたのは、美しいけれど冷たい笑みを浮かべた女の人だった。


 「あなたは……?」


 {私はあなたの上司よ。ほかにも“部下”はたくさんいるわ}


 「は、はい……」


 画面の中の女はまるで笑うように目を細めると、言葉を続けた。


 {《食料調達係》として、ちゃんと働いてね?まずは“リスト”を送るわ}


 「リスト……ですか?」


 {そう。あなたたちの任務は、そのリストに載っている“条件”――年齢、体格、性別、血液質――を満たした“食料”を選び、ここに送ること}


 「…………」


 {送り方はあとで教えるわ。だから……いい子でがんばってね?}


 「は、はい……」


____


______


________


 「それで私は……リストに従って、人間を襲っていました……。そして、次のターゲットは……若くて、肉体が引き締まった人間……だったので……その……あのスクールに、入学して……」


 「…………うん、君が仕事として仕方なくやってるのは理解した。でも……人間として、僕は君に同情できないよ」


 「は、はい……」


 「それで、どうして僕らは“食料”じゃなくて、“殺される”対象になってるの?」


 「それは……」


 その瞬間。


 すひまるの言葉が、ぷつりと途切れた。


 ……いや、違う。


 言葉どころか、すべてが、止まった。


 「すひまる……さん? ルカ……? どうしたの……ルカ!」


 振り返っても、ルカもまた、指先ひとつ動かさず、彫像のように固まっていた。


 空気が……凍るような感覚。


 呼吸の音、風の気配、床の軋みすらも消えた。


 世界から“動き”という概念が、ごっそり削り取られたような静寂。


 ……まるで、世界そのものの【時】が止まったみたい。


 「な、なにこれ……!? なんなの……!?」


 心臓が跳ねた。


 本能が言っている。


 【奴】が“来る”。“近づいてくる”。


 ……そう、【身体】が勝手に理解していた。


 俺は、セミマルが眠る押し入れへと、反射で身を滑り込ませた。


 セミマルも止まっている。


 音が消えた世界。鼓動の音さえも、今は遠くで鳴っているようだ。


 そして。


 ガチャリ。


 止まっているはずの玄関の扉が、ゆっくりと、まるで時間の支配者のように開かれた。


 ――来た。


 そこに立っていた【誰か】は、ただひとこと。

















 「ふむ、ここに『女神』が居ると思ったが……居るのは、部下だけか」










 来たのはアオイ達が転移してきた時__王座に座っていた吸血鬼の王だった。

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