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第315話 生死の選択

 男は『女神』という言葉を呟いた……


 『女神』——この世界では絶対悪の象徴。

 俺にとっても、それは切り離せない因縁そのもの。

 この世界に転移して、最初に命を狙われた理由……つまり。


 「(『女神』だから殺すってこと!?またこのパターンかよ!)」


 つくづく、この世界では『女神』というだけで嫌われるらしい。

 いや、違う……“明確に”憎悪されていると言っていい。


 「仕方ない。殺すのはあとにして、まずは情報を引き出すか」


 「(じょ、情報……!?)」


 【何か】はそう告げると、静寂の世界に風が戻った。

 まるで、止まっていた時が動き出すかのように——。


 「それは魔王様が──」


 「ほう?俺が何だ?」


 「!?」


 「のじゃ!?」


 部屋の奥に響いた声に、すひまるとルカの二人が揃って跳ねるように驚く。

 どうやら、押し入れに隠れていた俺たちの存在には気づいていないらしい……本当に?


 「そう驚くな。すひまると言ったか?……前にもこんなことがあっただろう」


 「ま、魔王様!!?」


 声の主が名乗るまでもなく、ルカとすひまるの反応がすべてを物語っていた。

 ……えっ、マジで今のが【魔王】!?


 「き、貴様!いつから居たのじゃ!」


 「ふん、ついさっきだ。それにしても……魔力で補強された超高層ビルを二棟も破壊するとは、よくもやってくれたな」


 「貴様らがしつこく追い回すのが悪いのじゃ。吸血鬼など、昔はそこらの魔物に喰われるだけの存在だったくせに、良くもまぁここまで偉そうになったものじゃの」


 「ほぅ……まるで我らを昔から知っているような口ぶりだな?その妙な話し方さえなければ、もっと普通に見えるというのに」


 「う、うるさいのじゃ!こっちも好きでこうなった訳ではないのじゃ!」


 (え?その語尾、癖じゃなかったの!?)


 軽口を交わす二人の間に、ギラリと鋭い空気が差し込んだ。


 「それで……正直に答えろ。『女神』はどこに居る?」


 薄いふすま越しに伝わる――ぞわり、と背筋を撫でるような殺気。

 やばい、本当にヤバい!!


 その瞬間。


 「……むにゃ……おねえちゃん?」


 殺気に当てられセミマルは起きてしまい。

 暗闇で寝ぼけ眼で俺を見て目が合う。


 やばい__


 「じゃない!」


 セミマルが驚いた拍子に押し入れを飛び出し、反対側の襖から飛び出した。


 (あっ!)


 その瞬間、俺の姿が──すひまるの目にだけ、はっきりと見えた。


 「セ、セミマル!?」


 すひまるは慌ててセミマルを抱き上げ、その頭を撫でる。


 「おねーちゃん!おねーちゃん!あのね!」


 セミマルは状況を説明しようとしたが__


 「セミマル、後で聞くから……ね?」


 「う、ぅん……」


 魔王から放たれていた濃密な殺意は、まるで水を差されたように霧散した。


 「ふむ……」


 場が落ち着いたところで、男――いや【魔王】の視線がすひまるに向く。


 「その下級吸血鬼はお前の家族か?」


 「は、はい……」


 「親は?」


 「わ、私は……親は知りません……物心ついた時には弟と捨てられていて……」


 「そうか。すひまる」


 「は、はい!なんでしょう魔王様!」


 「お前は、偶然とはいえ人間の身体を得た。だが、身分は下級吸血鬼のままだ。……ただし、今回の働きは実に素晴らしかった」


 「は、はい……ありがとうございます!」


 「そこで、褒美としてお前とその家族に“上級吸血鬼”の位を与えよう」


 「ほ、本当ですか!? あ、ありがとうございます!」


 「ありがとうございますー!」


 すひまるは嬉しさで今にも泣き出しそうに震えながら感謝し、セミマルもそれを真似してぺこりと頭を下げた。

 (くぅ……ほのぼのしてるけど、これ魔王面前だからな!?)


 だが次の瞬間――空気が変わる。


 「では、“上級吸血鬼”となるお前に最後の問いだ……『女神』はどこに行った?」


 「!?」


 「(!?!?)」


 ま、まずい……っ!!

 俺の姿は、すひまるちゃんに見られている!


 「っ!【クリスタルブレード】!」


 ルカが即座に剣を展開、魔王へと斬りかかろうと──


 「おっと。お前は黙っていろ」


 その声と同時に、ルカの身体がピタッと不自然に固まった。

 片手で剣を構えたまま、まるで凍りついたように。


 「こ、これは......」


 「気にするな、今こいつは時間が止まっているのだ」


 ハッキリと言った。

 オタク要素のある俺にはすぐに理解できる、魔王は何らかの方法で【時間を止めれる】のだ。


 「それで、先程の質問の答えを聞かせてもらう」


 「............」


 ど、どうする!ここでバラされると何も俺は対抗する力を持っていない!

 そして、今手元には魔皮紙も何もない!


 すひまるちゃんがふと、ふすまの隙間に目を向ける。──目が合った。


 そして、すひまるちゃんは言った。


 少しだけ、息を吸って。



















 「わかりません」











 と






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